第十四話 初めての
「ロマニ、さん……?」
俺には彼の取った行動の意味が、理解出来なかった。
アニはロマニさんを殺そうとしていた相手。ならば、どうして彼が彼女をかばうのだろうか。俺にはその理由がてんで思いつかなかった。
それでも彼がアニをかばい、その身に剣を受けたのは事実。どうして――
「――ロマニさんっ!?」
俺は気が付けば【人間】の姿に
そして膝をつき、突き刺さった傷口を見る。幸いなことに、【人間】の急所と呼ばれる箇所は外れているらしい。だけれども、俺の放った攻撃で、【家族】を傷つけてしまった。
その事実が、何故だろう。俺の胸を締め付けた。
「悪いなぁ、坊主。これは俺の我が
呼吸荒く、その姿を見つめて動揺していることしか出来ない俺。
そんな俺に、ロマニさんは頭に手を置いてニッと笑いながら、そう言った。そうしておもむろに立ち上がる彼を、俺は見上げていることしか出来ない。ただ呆然と、ゆっくりと歩み出したその背中を見つめていることしか出来なかった。
「俺は……【家族】を
「え、それって……」
徐々に遠くなっていくその背中。
その言葉の意味は、俺には理解できなかった。
だって俺はまだまだ【人間】ではなくて【スライム】――いいや。【魔王】だったから。だから、彼の言葉の重みを理解することは出来なかった。【家族】という存在の、その繋がりの強さを理解しても、だ。
そんな俺を置いて、無言のまま彼は進んでいく。
その足跡の後に赤い道を、作りながら。
「よう、アニの嬢ちゃん。改めて、十三年振り、だな……」
「くっ……」
やがて、ロマニさんはそう雪上に座るアニに語りかけた。
それを受けた彼女は、スライムまみれになった身体を隠すようにしながら目を逸らす。悔しげに唇を噛み、しかし何も言い返さないでいた。
だけど、それでも構わないのか、彼は満足そうにこう話した。
「あの時の借りは、これでチャラにしてくれや。頬の傷、あの時のだろ……?」
「………………」
「俺の憶測だが、あの仮面に逆らって――それで、やったんだろ? 自分で」
「――――――っ」
アニの表情が、驚きのそれに変わる。
ロマニさんはそんな彼女の前に片膝をついて、傷だらけの手で、その頬に刻まれた傷跡をなぞった。ほんの少しだけ抵抗を見せたアニであったが、しかし、すぐに大人しくなる。
そして、呆然としながら彼のことを見上げていた。
「こんな、美人さんの顔に傷を付けちまったんだ。この程度で許される訳はねぇけどな……まぁ、これで――」
「――――――っ!?」
その時だった。ロマニさんがおもむろに傾いたのは。
どさり、と。大きなその身体が雪上に倒れた。そして、彼の周囲は赤く、紅く染め上げられていく。その量は甚大だ。一目に危険な状態であると分かるほどのモノであった。
放っておけば、命は失われる。それは明らかであった。
「ロマニさんッ!!」
俺は跳ね起きるようにして立ち上がり、彼の元へ駆けつける。
そこに敵であるアニがいることも気にせずに、彼の名を呼び続けた。だが、返事はない。揺すっても、叩いても、彼からの応答はなかった。それは、今が一刻も争う時であることを示していた。
しかし、俺に出来るのはそれだけ。傷を癒す【
俺は自らの傷は修復できても、他の誰かを癒すことは出来ない。
そう。俺には、ロマニさんは救えない。
だとすれば、もうこのまま――
「――どけ! 私がやる!」
終わりか、と。
そう、思った瞬間だった。
アニが、血相を変えて俺に向かってそう叫んだのは。
「えっ――」
「――いいから、そこをどけ! 傷を癒す【能力】であれば、心得ている!」
唖然とする俺を、突き飛ばすように押し退けた彼女の声。
その声は今までのような淡々とした、感情のこもっていないモノではなかった。それはまるで、彼女の本心を示しているかのよう。厳しい口調ながらも、温かみのある響きだった。俺は尻餅をつく形で、その場から離れる。
だがすぐに膝をついて、その様子を見守った。
ただ静かに、ロマニさんの傷が癒えることを祈って。
何故だろうか。彼女は彼を殺そうとしていた、そのはずなのに。
何故だろうか。先ほどまで俺と彼女は命のやり取りをしていたのに。
何故だろうか。この時、この瞬間だけは――彼女を信じてもいいと思えるのは。
「――【
淡い青の光がロマニさんを包み込む。
【治癒】の【能力】が、彼の傷を癒していった。
流れ出していた血が、次第に引いていく。そして剣を引き抜くと、みるみる内にその傷口が閉じていく。あぁそれは、まるで――奇跡を目の当たりにしているようだった。【人間】の信じるところの、いわゆる【女神】がそれを成すかのように。
そして、幾分かの時が流れた後――
「――ん、んんっ!」
「ロマニさんっ!?」
ロマニさんが、意識を取り戻した。
まさしく息を吹き返したかのように、彼は仰向けになって目を開く。
「あぁ……」
そして、こうポツリと漏らした――
「――向こうで、妻に言われたよ。クリムはどうするんだって、な」――と。
言って、苦笑いにも似た、何とも表現できない微笑みを浮かべるロマニさん。
彼はまた、俺の頭をわしわしと、強引に撫でた。
俺は、そんな彼の笑顔を見て――
「おう。スライの坊主――お前、泣いてんのか」
「えっ……?」
――そう言われて初めて、自身の頬に涙が伝っているのを理解した――
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