コインロッカー

小野 大介

本文

 会社の同僚と酒を飲み交わしていたときに、妙な告白をされた。

「俺さぁ、手が見えるんだよねぇ」

「手?」

「コインロッカーあんじゃん。あそこからさぁ、手が出てるんだよ」

 急に何を言い出すんだと、少々戸惑った。どうせ酔いの戯言だろうと思ったが、なんとなく面白そうなので、続きを聞いてみることにした。

 で、整理すると、彼には不思議な力があって、コインロッカーから出ている人の手が見えるらしい。幼い頃から見えるのだそうだ。

 その手は誰かが借りているコインロッカーからしか出ないらしく、それぞれに個性があり、老若男女、細いのや太いの、指輪をしていたり、傷があったり、タトゥがあったりと様々らしい。

 彼が借りても手は出るらしく、やはり自分にそっくりだったそうだ。

 察するに、その手はコインロッカーを借りている人の念や想いのようなものが具現化したものじゃないだろうか。

 そうじゃないかとたずねてみたところ、彼は否定も肯定もせず、小首を傾げた。

「その手を見るとさ、どんな奴が借りてるのか大体わかるんだよ。でもさぁ、時々どうしてもわからないのがあるんだよなぁ……」

「へぇ、どんなの?」

 興味本位で聞き返してみた。……が、失敗だった。

「血まみれなんだろうなぁ、真っ赤なんだよ。徐々に黒ずんでいくんだよねぇ」

「へ、へぇ……」

「俺の親指よりもちっちゃいんだよねぇ。コインロッカーベイビーだっけ? きっとアレだったんだろうなぁ……」

「……」

「骨だけってのもあったな。ほら、理科室にある骨格標本。あんな感じのヤツ。ちょっと肉が付いているのもあったっけ、ハハッ」

「………………そ、そうなんだ。怖いな……」

 酒が不味くなった。ほろ酔いだったけど、気分的にはすっかり醒めてしまった。

 これ以上聞くのはなんとなく良くない気がして、話題を変えるか、それかもうお開きにして帰ろうかと迷っていたところ、彼が思い出したように口を開いた。

「あっ、そういえばさぁ、一つ、わけわかんねぇのあったぜ。サイズの大きいのあんじゃん、コインロッカーの一番下のとこ。あれに一杯一杯ぐらいの太い腕が突き出してるのを見たことあったよ。毛むくじゃらでさぁ、筋肉質でえらくごっつくて、血管もびっしりと浮き上がっていて、それで紫なんだよね、肌の色が。爪が鋭くてさぁ、初めて見たときはさすがに驚いたなぁ」

 止める間が無かった。

「き、気味が悪いな……」

「ああ、ほんとだよなぁ。しかもよぉ、そいつだけは何故か動いてたんだよ。なんかイキイキしてた気がする」

「なんだよそれ……それって、どこのコインロッカーなん?」

「えーっと……あれぇ、どこだったっけなぁ? 見たのって確か子供の頃で……あ、そういえば、手が見えるようになったのってアイツを見てからだったんじゃ……」

 そう言うと、彼は一人悩み始めた。

 それからしばらく待ったけど、彼はもう喋らなくなり、酒も飲まなくなった。目は虚ろで、どこを見ているかもわからない。物思いに更けているというよりは、気が抜けたようだった。鬱病になって会社を辞めた先輩がいたが、雰囲気が似ている気がした。

 いつまで経ってもそんな調子だから、さすがに居づらくなり、「あの、ごめん、そろそろ帰るわ。明日も早いし……」とだけ声をかけ、僕は店を後にした。


 あの夜を最後に、彼とは会っていない。会社にも来なくなった。上司によれば、いくら電話をかけても出ず、家を訪ねてもいつも留守らしい。離れて暮らす彼の家族も、連絡が付かなくなったことを心配して家を訪ねたが、やはりおらず、これは何かしらの事件にでも巻き込まれたんじゃないかと、警察に捜索届を提出したそうだ。

 家族も含め、誰も彼の行方を知らない。……だが、僕には心当たりがあった。

 実は、彼から一通のメールが届いていたんだ。届いたのはあの夜の翌朝のことだった。件名には『見つけた』とあり、画像が添付されていた。

 それがどんなものだったのかだけど、それはわからない。何故なら、僕はそのメールや画像を、確認することなくすぐに消去したからだ。

 見てはいけない気がした。

 嫌な予感がしたんだ。


 あれ以来、僕はコインロッカーを使わない。


【完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コインロッカー 小野 大介 @rusyerufausuto1733

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ