第7話 7と9のSplit

 僕は先月まで中学生だったからよくわからないんだけど、高校生というのは帰り道に駅前のファーストフード店へ寄るのがマナーらしい。少なくとも九杭先輩の習慣ではあるようで、先輩は慣れた足取りで僕を店まで連れてきた。レジに並んで店員と談笑すらしている。店員と親しくするくらいは頻繁に通っているのだろう。

 僕がオレンジジュースを、先輩がコーラとポテトを注文すると飲み物だけがすぐに出てきた。「ポテトは揚がり次第お持ちいたします」と言う店員を背に、僕たちは窓際のテーブルに向かい合って座った。

「じゃあハッチーの初寄り道を祝して」

「あぁ、ありがとうございます……」

 祝するべきものなのかわからなかったけど、先輩がカップを持ち上げるのに合わせて僕もカップを手に取り、お互いにぶつけた。音はたたず、カップが柔らかく変形する。

「でもいいんですか? こんなに人がいっぱいいるところじゃ誰かに聞かれそうですけど」

「こういうところの方が聞かれにくいのよ。雑音ばっかで私らの声なんて聞こえないでしょ?」

 九杭先輩はそう言ってストローを咥えた。コーラが白いストローをせりあがっていく。確かに周りは学校帰りの高校生でごった返していてうるさい。それに各々の会話に夢中で誰も僕たちに興味を持っているようには見えなかった。

「そうですね。隣の席には誰もいませんし、話をするなら今でしょう……で、先輩。僕に話って何ですか?」

 学校で先輩と遭遇してから既に一時間近くが経っていた。無駄に校舎を走ったりしたけど、ようやく本題に入れる。

「あのさぁハッチー」

 先輩はカップを置いて、急に真剣そうな口調で切り出し始めた。真っ直ぐに見つめられて僕は落ち着かなくなり、それを誤魔化すためにストローを咥えてジュースを啜った。

「付き合ってくれない?」

「ぶっ」

 全く予想していない言葉に僕は驚き、ジュースを逆流させてしまった。幸いカップには蓋がついていたのでまき散らすような無様なことにはならなかったが、勢いで液体が気道へ入ってしまいむせた。

「けほっ、けほっ……どういうことですか?」

「はぁ……想像はしてたけどマジで鈍いわ、ハッチーって」

 僕はどうやらまずいことを言ったようで、先輩はがっくりと肩を落として俯いた。けれど僕としてはそんなことを気にしている場合ではない。

「付き合うって、付き合うってことですか?」

「何言ってんの?」

 動揺して意味の分からないことを口走る僕。先輩には完全に呆れられている。

「いやその……あれですよね。僕が先輩の彼氏になるとかそういう」

「それ以外にあんの?」

「そりゃ、そうですけど……」

 僕はジュースを飲んでカラカラになった喉を潤す。

「先輩って付き合ってませんでしたっけ? 野球部の阿部って人と」

「あああれ、捨てた」

「ぶっ」

 先輩の物言いに僕はもう一度ジュースを吹いてしまった。昔の彼氏を捨てたなどと、これから付き合おうと思っている人間に言うべきではないと思うのだけど。

「どうしてですか……」

「あんな往生際の悪い男のどこがいいの? 馬鹿らしくなっちゃった」

「はぁ……確かに負けを認めようとはしなかったですけどね」

「よねぇ。マジであり得ないわ」

 すると阿部はギャンブルに負けて部室を失い、彼女も失ったことになるのか。全てが自業自得とはいえ少々可哀そうな気もしてきた。しかし、あまりギャンブルに入れ込み過ぎるとすべてを失うという教訓としてはいい出来なのかもしれない。

「で、どうすんのハッチー。私と付き合うの?付き合わないの?」

「ちょっ、ちょっと待ってください……」

 僕は手に持ったカップを目の前の机にスムーズに置けないくらいにしどろもどろになって、無様に空で手をばたばたと動かした。一応、ちょっと待ってのジェスチャーをしているつもりなのだけど、ボディランゲージとしての出来は最悪だった。

 そこそこ美人な先輩に告白されて答えを詰め寄られるという状況は素直に嬉しいと感じるべきなのだろうけど、直前に「元カレは捨てた」などという不穏な言葉を聞いてしまうと単純に喜びにくいものだった。しかも僕は女性に告白された経験なんてない。こういう状況で返すべき言葉のボキャブラリーの準備もなかった。

「男なんだからすぐに答えてよ」

「それは性別関係あるんですかね……そんな急に言われましても」

 定期試験でも二週間は余裕があるぞと思いながら、ありもしない救いを求めて目を泳がせる。初めて入るファーストフード店で都合よく救援など降ってくるわけもなく、僕らの席からほのかに漂う修羅場の空気を感じ取って興味深そうに伺ってくる違う学校の制服を着た高校生しか周りにはいなかった。これならあとで新聞記事にされるリスクを冒してでも石崎に同席してもらえばよかった。いや、石崎がこの問題に対する答えを持っているとは到底思えないけど。

「な、なんでですか?」

「え?」

 こうなると選択肢は一つしかない。決断を済ませ答えに適した語彙を見つけるまで、あるいはうやむやに出来る何かが起こるまで、時間を稼ぐのだ。

「なんで九杭先輩は僕と付き合おうと思ったんですか? ほら僕……だいたい予想してると思いますけど今まで告白とかされたことないんで」

「そりゃあ、女ってのは強い男に惹かれるもんだからよ」

「強い、ですか……」

「そう。この場合は『ギャンブルに強い』ってことだけど」

「でも僕、まだ二回しか勝ってませんよ。勝率で言えば三分の二です」

「いいの。ハッチーは絶対強いから。私の勘が言ってる」

「勘って……」

 非合理的な根拠の代表例のお出ましだ。こういう理屈に出くわすと、僕は二の句が継げなくなる。つまり、ほんのわずかな時間稼ぎタイム終了のお知らせだ。だいたい、告白の返事にすら困る人間がこの話題で時間を稼ぐほど話を膨らませられるわけがなかった。

「やっぱり私なんかには興味ないのかなー。あんなに可愛い先輩が傍にいたらねぇ。私なんかよりあの人と付き合いたいかぁ」

 九杭先輩はこちらをしらじらしい眼で見ながら、そんなことを言ってくる。半分からかっているような口調だが、もう半分には落胆の色がはっきりと聞こえた。

「誰のことを言ってるんですか? 㐂島先輩ですか?」

「私みたいな軽薄そうな女よりあの人の方が男には受けがいいのかな。優しそうだし、尽してくれそうだもんねぇ」

「さっきから何の話なんですか?」

 勝手に結論を出そうとする九杭先輩を僕は制止する。テンションが移り気で、あっちへ行ったりこっちへ行ったりする人だ、この人は。今まで僕の周囲にいた女性はかんなみたいに元気一本調子なタイプばかりだったから、こういうタイプの対処方法はまだ学習していないぞ。

「僕はそんな目で㐂島先輩のこと見てないですからね?」

「じゃあ私と付き合ってくれるの?」

「いや、あの、それは……」

 僕の不用意な一言に九杭先輩が食いついた。この人一瞬のフレーズへの反応が鋭すぎるだろ。

 眼前に迫る先輩を避けるために、僕はもう一度視線を宙に躍らせた。この問答を終わらせるには僕は明確な返事をするしかないのだろうか。うん、と言えばこの人と付き合うことになる。もう首を縦に振ってしまおうかと考えたとき、部室に始めてやって来たときの九杭先輩と阿部の姿が脳裏に浮かんだ。九杭先輩、阿部の腕に絡みつくようにしていたっけ。ダメだ。あんなの衆人環視の中でやるような人とうまくいく気がしない。無理無理。

 かと言って断ったらこの場で先輩が何をするかも分かったものではない。答えを迫られているだけのこの状況ですら収集をつけられなくなっている僕だ。もし泣かれでもしたら、手の打ちようがなくなって僕も泣いてしまうかもしれない。

 打つ手のない状況。しかし救いは求める人へ現れるのだ。意外なところから。雀の涙程度の時間稼ぎは無駄にはならなかった。

「お待たせいたしました!ポテトです!」

 香ばしい油の香りがする方を向くと、そこには㐂島先輩がいた。店の制服を着て、満面の笑みを浮かべながら。


「……あっ!」

 三人の時間が一瞬止まっていた。それを破ったのは㐂島先輩の声だった。

「ハッチー! どうしてこんなところに?」

「それはこっちのセリフですよ! 先輩こそどうしてこんなところに……しかもなんですその恰好は?」

 思いがけない乱入者に、僕は驚くと同時に嬉しくも思った。ちらりと九杭先輩の方を伺うと、露骨に嫌そうな顔をしている。自分の告白シーンを、よりにもよって恋敵ともみなせる人物に邪魔されては面白くもないだろう。

「バイトだよ。ほら、張り紙したでしょ?」

「ああそうでしたね……じゃあ先輩のバイト先って、ここだったんですか?」

「うん。いらっしゃいませー!」

 サイズが大きいのか少し歪んでいた赤のバイザーを被りなおしながら、先輩がおどけて言った。茶色を基調にした制服がよく似合っている。僕らの会話を聞いて、九杭先輩の顔がもっと険しくなっていった。

「ところで、ハッチーはどうして野球部のマネージャーちゃんと一緒にいるのかな?」

「うっ、それは……」

 無邪気なはずの先輩の言葉が、さっきまでの会話の内容もあってか、その無邪気さゆえにかえって含みを持ったものに聞こえてしまう。浮気現場を突き止められた男の気分だ。この中の誰とも付き合っていないのに!

「あーそれはですね。今日あのあとたまたま九杭先輩と会いまして……」

「ハッチーに告白しようとしてたんですよ」

「えぇ!」

 何故か挑むような口調になって九杭先輩が言った。㐂島先輩のことを睨み付けてすらいる。一方の㐂島先輩は九杭先輩の心中を一切悟らず、大げさに見えるリアクションで驚いた。普段のこの人を知っている人間には素の反応だとわかるけど、九杭先輩の目にはわざとらしく映っているかもしれない。

「そうなのハッチー!?で、どうするの? イエス? ノー?」

「あ、あの……」

 なんでこの人は火に油を注ぐような発言を!もはや人を殺めたことのありそうな人間の目になっている九杭先輩を尻目に僕は慌てた。一方が無自覚に煽っている一触即発ほど精神衛生に悪いものはない。

「ば、バイト! 先輩バイトはいいんですかお店も混んできてますよ!」

「あ、そうだった。お仕事お仕事……じゃあねハッチー。また結果聞かせてね!」

 なんとか先輩をこの場から引きはがしたものの、先輩は去り際に手榴弾を放り投げるような発言をしていった。嵐の去った僕らの席には不穏な空気と揚げたてのポテトだけが残された。

「…………」

「そんな目で見られても……」

 九杭先輩は僕のことを睨み付けてくる。㐂島先輩の突然の襲来に関しては僕は一切責任を負っていないので、僕に怒りをぶつけられても困る。

「で、どうすんの? イエス? ノー?」

 畜生、話が元に戻った。いやさっきまでおどけた調子が一応こもっていた九杭先輩に、はっきりと怒りの炎が灯ってしまったから状況は悪くなっている。女心と秋の空とはよく言ったものだけど、あんな爆弾低気圧が襲来すれば秋の空じゃなくても急変するだろう。

 九杭先輩にしたって今更イエスと僕が言っても振りかねない形相だけど、先輩も言い出した手前ひるがえすことも出来なくなっているのだろう。流石鳥羽高校で最も不幸な女。登場だけで誰も得しない状況を作り上げて自分だけ逃げていった。

 泣きたい。

「おお八葉じゃないか。奇遇だな」

 しかし神は私を見捨てなかった。面倒くさがりながらも家族そろって毎週日曜日のミサをサボらなかった甲斐があったというものだ(八葉家はキリスト教徒の家系である)。火中の栗を拾うがごとく脈絡なく颯爽と現れた人物は、山笠先輩だった。

「山笠先輩! たす……じゃなくて、奇遇ですねこんなところで」

 助かったという言葉を辛うじて飲み込みつつ、僕は山笠先輩に手を振った。九杭先輩はついに無表情になってしまっていた。怒りが一周して無に帰着したのだろうか。

「八葉は何やっているんだ? この……野球部のマネージャーだな? ……と」

「おいおい弥生ちゃんよ。そんなこと聞いちゃあ野暮ってもんじゃないかな?」

 山笠先輩はもう一人の女子生徒を引き連れていた。先輩に負けないくらい背の高い、細い眼が綺麗な人だ。先輩のことを名前で呼んだことから、同学年なのだろうと思われた。

「こんな夜更けに男と女が二人きりで……もうわかるでしょ?」

「まだ夕方だぞ、スー」

 スーと呼ばれた女子生徒は、明らかにふざけているとわかる口調で続けた。僕の頭の中でアラームが鳴り響く。危険だ。九十九先生と同じ匂いがする。自ら火に油を注いで楽しむタイプだ。救いと窮地が同時にやってきた。

「ずばり! 愛の告白だろう? どうだ?」

「さっきまで側で聞いてたんだ。妙な空気になってきたから割って入った方がいいかと思って」

「聞くのは野暮なのに自分で言っちゃうのは野暮じゃないんですか?」

「邪魔しないで欲しいんだけど……」

 スー先輩の言葉に三者三様、思い思いのツッコミが飛んだ。指摘を受けるとスー先輩は「辛辣だなー!」と心底楽しそうに言う。羨ましいメンタルだ。その心臓に生えているだろう毛を僕にも半分わけて欲しい。

「じゃあこの気まずい空気を察して助けに来てくれたんですね、先輩方は」

「そうだな。おいマネージャー、個人のやり取りに口を出したくないが、あまり後輩を困らせるなよ。まだ入学したばかりなんだから」

「そうそう。入学から日の浅い後輩を喰おうなんてふしだらはこの風紀委員長が許さないって」

「スーは少し黙っていてくれ。話がこじれる」

 絶対に話をこじらせようとしているスー先輩を制止しながら、山笠先輩が九杭先輩に対峙した。九杭先輩も、話を打ち切るいい機会だと思ったのか「わかったわよ……」と小声で振り絞るように言うと立ち上がり「覚えてろ!」と負け犬の典型的なセリフを投げつけて店を去ってしまった。

 なんか、悪いことをしたような気がする。

「あーあー、女を泣かせるったぁ聞いてた以上の悪人だね八葉永人は」

「泣かせたのは主にお前だろう」

 九杭先輩の背中を見つめながら、もう二人の先輩が口々に言った。この二人にはそんなに罪悪感はないらしい。

「すまんな八葉。どうも話を面倒な方向に曲げてしまったようだ」

 山笠先輩が僕の向かいに座りながら謝った。何故かスー先輩は僕の隣の席に陣取った。何を考えているかよくわからない人らしい。あるいは何も考えていないのか。

「いえ、むしろ助かりましたよ。どうしていいかわからなかったところでして……ところでこの人は?」

「三年四組、女子剣道部部長、志(し)帥(すい)スーさ! よろしく! スーは愛媛の媛って書くんだけど面倒ならカタカナでかまわないんだぜ」

 スー先輩はペラペラと喋りながら笑ってウインクして僕のことを見てくる。表情豊かで、顔面が忙しい人だ。僕が真似したら間違いなく表情筋をつる。

「それって日本語の読みじゃなさそうですよね。中国語ですか?」

「おーそうだよ。よくわかったね。私の母が中国人なんだ」

 スーが中国語だと思ったのはイー、アル、サン、スーのイメージからだ。どうやら正しかったようだ。

「気をつけろ八葉。スーは騒ぎを大きくすることにかけては鳥羽高校随一だ。新聞部といい勝負だよまったく」

「あ、大体わかります」

「失礼なことを言うんじゃないよ二人とも。私がいつ騒ぎを大きくしたというんだい?」

 今だよ、という言葉はポテトと一緒に飲み込んだ。少ししょっぱかった。

「……九杭先輩のことを抜きにしても最近大変なことになってまして。廊下を三歩歩いたらギャンブルの誘いが来るような状況なんですよ。これじゃ僕、落ち着いて高校生活を送れませんって」

「ああ、聞いている。それで奈々や他の生徒から逃げて廊下を爆走したんだろう?廊下は走ってはダメだぞ」

「欽ちゃん走りならいいのかな」

「しかし一人の人間にこうもギャンブルの申し込みが集中するという事態は珍しいからな……」

 山笠先輩は見事にスー先輩の言葉を無視した。いつものことなのかスー先輩はコメディードラマのアメリカ人のように大げさに肩をすくめる。個人的見解を述べれば、欽ちゃん走りは名称にあるとおり走行に含まれると思う。世代じゃないからどんな動きなのかさっぱりわからないけど。

「早くどうにかしないと鳥羽高校のシステムにも関わってくる。そもそもギャンブルで物事を決するというのはもめ事をスムーズに解決するための手段であって、誰が一番賭け事が強いかを決める目的じゃないんだよ」

「でも、周りの人はそうは思っていないみたいですよ。形だけでも相手をしないとほとぼりは冷めないのでは……」

「ギャンブルって基本一対一だろう? 大変だねぇ。学校の全員を相手していたら八葉君が卒業するまで終わらないかも」

「うーん……」

「じゃあハッチーとギャンブル出来る人をギャンブルで決めたらいいんじゃない?」

 山笠先輩が腕を組んで考え込んでいると、さっきも聞いた声がした。㐂島先輩だ。山笠先輩たちは㐂島先輩がここで働いていることを知っているのか、特段驚く様子もなく「あぁ、奈々か」と小さく反応するだけだった。

「バイトはいいのか?」

「ちょっと休憩だって。お客さんも減ってきたし」

 山笠先輩に答えながら、㐂島先輩が隣に座った。確かに、周りにあれだけいた客はいつの間にかほとんどはけてがらがらになってしまっていた。僕と九杭先輩の険悪な雰囲気が原因でないことをこっそり祈った。

「ギャンブルでギャンブルをする人を決める……ってどういうことですか?」

「予選みたいなものだよ、ハッチー。例えば……そう、私にゲームで勝ったらハッチーへの挑戦権獲得! みたいな」

「いいアイデアだね。鳥羽最弱の奈々が相手をしたら予選の意味がなくなるけどさぁ」

「別に誰かが相手をしなければならないというわけではないだろう。サイコロで決められた数を出せばいいということにすれば」

 先輩たちが口々にアイデアを出しながら、ポテトをつまむ。九杭先輩が結局一口も食べなかったポテトは、彼女の邪魔をした三人によってあっという間に駆逐されていった。

「いいですね、サイコロの案は。一つの数字を選ぶなら確率は六分の一だからだいぶ減らせますよ」

「百面ダイスならもっと減らせるぞ」

「妙なサイコロを使ったら文句が出るだけだろう。六面のやつでいい」

「じゃあ決まりだね! ハッチー主催のギャンブル大会!」

「え、これ僕が主催なんですか?」

「準備は風紀委員会でやるから安心しろ、八葉。みんなを落ち着かせて本来の高校生活を送らせるのも仕事の内だ」

「でも八葉君が主催っていう体にしないと。派手に盛り上がらないでしょ」

「派手に盛り上げなくてもいいですけど……まあでもある程度は盛り上がってくれないといけないのか。あとは本選のギャンブルを何にするかですけど」

「それに関してはアイデアがあるから任せて欲しい。こういうときに役立つ、簡単で大勢で出来るゲームの用意もある」

「あ、ギャンブルって一対一じゃなくていいんですね」

 胸を張る山笠先輩に僕が尋ねた。最初にやったルーレットの印象が強かったけど、そういえば理事長は二人を同時に相手していたっけ。

「ゲームのプレイヤーが納得すれば百人とでもできるよ。やった奴はいないと思うけど」

「それなら予選を抜ける人間が何人でも問題ないね」

「問題は、さぁ……」

 スー先輩がにやにやと笑う。会ってまだ数分しか経っていないが、悪いことを考えている顔なのは僕にでもわかる。

「八葉君が何を賭けるのか、ってことだよなぁ」

「僕が、ですか。やっぱりそうなりますよね……この前の山笠先輩みたいにジュースじゃだめですか?」

「ダメダメ。そんなんじゃ燃えないよ」

 スー先輩が大げさに手を振って僕の願望を否定する。

「じゃあ何がいいかなぁ……」

「まさか㐂島先輩みたく『負けたら勝った人間の言うことを何でも聞く』とは言えませんしね」

「なに?奈々はそんなこと言ったのか?」

 山笠先輩が急に気色ばんだ。余計なことを言ってしまったようだ。僕と㐂島先輩は山笠先輩の勢いから逃れようと、少し距離をとる。

「ダメだろう、そういうことを軽々しく言っては。何をされるか分かったもんじゃない」

「だ、大丈夫だよハッチーなら。変なことしないって、たぶん」

「まあそうだろうね。そういう度胸なさそうだもんね」

「二方向から失礼なことを言われている気がします」

「八葉なら……そうか」

「納得しないでくださいよ! いや変なことはしないですけどね?」

 そういえば、㐂島先輩とのあの約束は結局宙ぶらりんになったままだった。突然「なんでも言うことを聞く」などと言われても、やっぱり困る。スー先輩のように根性なしとみられるのも癪だが、本当に変なことをするのもまずいだろう。山笠先輩に殺されかねない。

「じゃあ条件つきっていうのはどうだい。例えば……部活の雑用を一つ手伝うとか」

「それはいいな。たまにはスーもまともなことを言うじゃないか」

「私はまともなことしか言わないよ」

「いいですね、そのアイデア」

「いいよ。それにしよう!」

 憮然として抗議するスー先輩を、アイデアは採用しつつも全員無視した。

「じゃあ決まりだな。この方向でゲームを準備しておくから、来週の水曜日にやろうか」

「わかりました。お願いしますね」

 ジュースも飲んだし、ポテトも全てなくなった。そろそろ帰ろうかと席を立つと、山笠先輩が「あ、ちょっと待て」と僕を制した。

「なんですか?」

「思い出したことがあった。次に学校で会った時に伝えないといけないと思っていたんだが、どうせだし今でいいだろう」

「伝えること……ですか」

「うん」

 山笠先輩も立ち上がって、言葉を続けた。

「月曜日の放課後に理事長室へ来るように、という理事長からのお達しだ」

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