3.untouchable

 翌日、昼休み。雨が降っていたので部室で昼食を摂ることにし、それならいっそ彼女と一緒に食べればいいのではないか、ということで、弁当を持って文芸部室に突入した俺たち。


「ぅぁ……ェ……」

 白石は昨日と同じ場所に同じ姿勢で座って、昨日と変わらない反応を見せる。机の上にあるパソコンの配置も昼食の内容も、昨日と全く同じに見える。

「一緒にご飯食べてもいい?」

 真由子が訊いた。

「え…………あ……うん、いい、よ……ふふ」

 三人で昼食を取りながら、真由子は白石とコミュニケーションを図る。時折電波な方向に逸れていく白石の発言もちゃんと汲み取って話を繋げていく。思えば真由子が俺以外の誰かとここまで会話している様を見るのは初めてかもしれない。悠歩先輩や智佳先輩とはなんだかんだ言っても先輩と後輩という関係で、それまで先輩という存在と関わってこなかった真由子はかなり控えめに接していたし、部活の仲間にしてもまだまだ部員という関係止まりに思える。新鮮な光景だった。

「あ……そうだ……ねえ、あの、たな、田中さん……本、本、持って……きた……」

 白石が、足元に置いていた通学カバンから、三冊の本を取り出す。

「とり、とりあえず……この前挙げた三冊……はい」

「ありがとう。いつまでに返せばいいとか、ある?」

「あ……いや、くふ、別に、いいよ、どうせ、もうすぐ…………くひ、終わるから……」

 またよく分からないことを言い出した。〝終わる〟とは、一体何を意味しているのだろう。

「……じゃあ、なるべく早く読み終えるね」

「うん……できれば早いうちに、おはなし、したい……死体……ステーシー……くひっ」

「お話? 感想言い合うとかそういうこと?」

「そう……そういうこと……けひ」

 白石はにやにやとどこか嬉しそうにしながら、パックのトマトジュースを吸い上げた。


「ねえ」

 弁当箱を片し終えた真由子が口を開く。

「これからも、たまにここに来て食べてもいい?」



 というわけで昼食の約束を取り付けることにも呆気なく成功し、たまにと言ったがほぼ毎日の頻度で白石の元へ向かうようになった。あの二人はちゃっかり連絡先を交換して、真由子は白石に教えてもらった、ネット上に公開された彼女の小説なんかも楽しんでいるようだった。休み時間ふらっとどこかに消えたかと思えば、彼女から借りた本を手にして戻ってきたりと、教室にまで顔を出す関係性にまで進展したらしい。最初に借りた三冊もあっという間に読み終えて彼女に返却し、いろいろと作品について言葉を交わしていた。取り残されたようで悔しかったので俺もとりあえず一冊借りた。


 そんな毎日を過ごし始めて数日、休み時間にロッカーで教科書を整理している時、二人のクラスメイトが声をかけてきた。どちらもクラスではあまり目立たないようなタイプの女の子で、実を言うと未だちょっと名前が曖昧な感じのクラスメイトだ。

「ねぇ……あのさ」

 背の低い女の子は声量を抑えて、俺の顔を覗き込むようにして訊いてくる。

「田中さんって、その、白石さんと仲いいの……?」

「え? あ、うーん、仲がいい、というか……なんというか」

 彼女の後ろにいた眼鏡の女の子が一歩前に出てきて、少し躊躇いの間を置いた後、言う。

「あの子、気味悪くない?」

 ストレートな物言いだった。

「転生とか前世がどうとか、電波がどうだとか……」

「あ~……うん、俺も近くにいて耳にしたことはある、けど……ところで、あなたたちは」

「あ……ごめん、そうだよね……えっと……」

 背の低い子が応える。

「あたしたち、ちょっと前まで文芸部員だったの。それで、白石さんも文芸部なんだけど」

「先輩たち抜けて――あ、えっとね、文芸部には2年生が一人もいなかったから、先輩が抜けて1年三人になって、それで……」

「まあいろいろと、耐え切れなくなっちゃって、辞めちゃったんだ、部活」

 なるほど、彼女たちが例の、辞めた二人の文芸部員ということだ。

「元々あたしたち、別に真面目に小説書いたりとかするつもりなくて……」

「うん、なんか同じ趣味の話できるかもとか思って入部したんだけどさ」

「……先輩引退しちゃったしね。白石さん元々浮いてたし……」

「ま、そんな感じで……」

「なるほどね」

「あの子、教室でも避けられてるらしいよ」

 俺に話すというよりも相方に向けた感じで、眼鏡の女の子が言う。

「……セキヤくん、田中さんと仲いいんだよね?」

「え、あ、まあ」

「……忠告してあげた方がいいよ、あの子も変な目で見られちゃうよ」


 忠告アンタッチャブル


 ああ、なるほど、そういうことなのか。

「……セキヤくん?」

「なんでそんなこと、お前らに言われなきゃならないんだ」

「えっ……」

 背の低い女の子は、怯えたような顔で一歩後ずさる。

 二人の顔を見て、口をついて出た言葉の冷たさに気づいた。

「あ…………ごめん、口悪かった。でも」

 それでも、彼女に〝忠告〟された瞬間冷めた自分の心を、俺は否定しない。

「誰が誰と関わろうが、そんなの他人には関係ないだろ」

「え……」

 思っていた返事と違ったのか、眼鏡の女の子は面食らった顔をする。

「……私たちは、ただ……」

「……分かってる、嫌われてるやつと一緒にいれば、そいつも嫌われるかもしれないよってことだよな。うん、言いたいことはよく分かるよ。でもさ」

 俺は表情を柔らかくして、彼女らに言う。

「それは誰かに〝忠告〟するようなことじゃないと、俺は思う。だから俺からはあいつに言わない。善意で言ってくれてるんだとは思うけど、だったら俺なんかを介さず直接言ってあげなよ。……言っとくけどあいつも大概だからね」


 嫌われている人間と関われば自分も嫌われてしまうかもしれないから避ける。

 自分が関わりたいと思った相手ならどんな相手でも、周囲の評価なんて気にせず接する。

 どちらも正論だと、俺は思う。どちらを選択するかなんて人それぞれだし、どちらだって簡単に否定できるものでも、されるべきものでもないと思う。

 そして俺は、後者を選ぶ。どちらの正論も受け入れながら、せめて自分には素直でありたいと思うから。自分が好きになった相手はどんな評価であろうと好きでいたいし、気に入らないと思った感情は個人的なものであって、誰かの言葉で惑わされるつもりはないし、そうやって関わりたくないと自ら感じた相手とは、打算的に付き合うつもりもない。

 そして俺は、自分の好きな人が選んだ誰かも、簡単に否定したくはない。

「話してくれてありがとう。……じゃあ、そういうことで」

 ばつ悪く立ち尽くす二人に一言告げて、教室に戻る。



 その日の放課後。北校舎でのとある用事を終え、最上階の階段を降りようとしていた時、ガラス張りになった吹き抜け越しに、南校舎の屋上に動く人影が見えた。夕焼けでその輪郭がぼやけていたことに加え、それなりの距離もあったためによく分からなかったが、確かに一瞬、女の人のようなシルエットを目撃した。髪もなびいていたように思う。

「……幽霊?」

 まさか。……一応後で真由子に報告しておこう。

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