第2話


 それは現在の家に越して来てすぐのこと、丁度金縛りに悩まされていた時期だったと思います。


 私は姉と二人で近所のスーパーへ買い物へ行きました。初めて行くスーパーだったのですが、徒歩で行ける距離にあるお店で、色々な物が他の店より安く売っているとか。

 十分ほど歩いて、店の前に到着しますと、私は「暗い雰囲気だな……」という感想を持ちました。

 外観はお世辞にも綺麗とは言えず、看板の文字が剥げかけています。店の外に出されているポップは段ボール製で、値段は手書き。外からガラス越しに見える店内は薄暗くて、値段の安さを優先したようなお店です。


 とは言っても、入るのを躊躇ためらってしまうほど暗いわけではありません。ちょっと寂れたようなスーパー、というのが私の印象でした。


 その店に入るためには細い通路を通らなければならないのですが、通路と外とを隔てるのは透明な仕切りでしたので、中に入らずとも通路の様子も見えるようになっています。


 いざ通路を通って店内に入ろうとしたとき、私は「あれ?」と首を傾げました。通路の真ん中でうずくまる男の子の姿が見えたからです。三、四歳くらいの子どもだったので、親とはぐれて泣いているのかな、と最初は思いました。ですが、すぐにおかしいと気付きました。

 その通路は人ひとりが通れる程度の幅しかなく、すれ違おうとすれば身体を横にして進まなければ行けない程細いのです。そんなところの真ん中に子どもがいたら正直邪魔だし、誰かしら声を掛けるでしょう。

 しかし誰も声を掛けようとする人はおらず、それどころか皆、男の子の方に視線を落とすことすらせず、平然とその子をまたいで進んで行くのです。

 まるでそこに子どもなど存在しないかのように。

 ですが、男の子の真上を通るときだけ不自然に歩幅を広げ、その子と接触しないように跨いで行きます。


 それから、その場にいた姉が何も言わないことも疑問でした。姉は割と口が悪い方なので、「なにあの子、邪魔なんだけど」くらいは言いそうなものです。


 もしかしてあれは幽霊? とその時点では半信半疑でした。誰ひとり子どもに関心を抱いた様子がないことを除けば、あまりにも普通の子供だったからです。

 肌が青白い訳でもなく、血が出ているなどの異常もない。着ている服が季節にそぐわないだとか、足が透けているわけでもありません。本当に普通の男の子でした。ただ、両膝に顔を埋めていたので顔は見えませんでした。


 不気味に思って店に入らずに、そのまま帰るべきだったのかもしれません。ですが特に怖いとは感じなかったし、なんとなく姉に「帰ろう」と言い出しにくかったんです。この期に及んでまだ「まさか幽霊のはずないよなあ」という思いもありました。それから、「幽霊だとしても怖くないし、まあいいか」という謎の余裕も。


 そんな訳で、私はそのまま店に入ることにしました。もちろん、その男の子を跨いで、です。


 今だったら、絶対に引き返しています。基本的に臆病なので、幽霊かも知れないものに近付こうなんてしません。あの時の判断は、正直自分でも信じられません。


 まず、私の前を姉が歩きます。やはりというか、姉は他の客と同様に、男の子の脇を歩幅を広げるようにし、跨ぎました。下を見る気配もありません。

 なんとも不思議な話ですが、無意識にその子をけている風でした。


 さて、次は私の番です。なるべく下を見ず、目を瞑って跨いでしまいたいところでしたが、もし間違って触ってしまったらどうなることやら。私はドキドキしつつ、視界の端に男の子を入れながら歩きました。

 一番震えたのは、男の子の真上を通るときです。もしその子が顔を上げて、ちょうど目が合ってしまったらどうしよう。あるいは急に動き出して、足でも掴まれたら……。

 ほんの一瞬のはずですが、私にはすごく長い時間に感じられました。


 ですが特に何も起こらず、私は無事男の子の頭の上を通過しました。てっきり何かあるだろうと思っていたので、拍子抜けしたくらいです。

 もしかして自分が"視えている"ことに気が付いていないのかな? とすら思いました。──ですが、そうではなかったようです。理由は後ほど。



 

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