元老院隔離区 中央魔方陣 1

 やばい、遊んでる暇などなかった。


 落ち着け、落ち着くんだ俺。


 冷静さを取り戻すために今は息を飲むんだ。


 それで、刀、緋色のやつ、一応持ってきた。刺す帯は無いが、手では持てる。いいぞ。


「何やってんだ早く手伝え!」


 ダグに言われてハッとする。


「こういうどうしていいかわからない時にはとにかく体力、スタミナがものを言うんだ。だから初心に戻ってまずは無心にランニングからだな」


 実は俺以上にテンパってたダグの尻をバニングさんが蹴り上げる。


「男ども移動すんの! ここじゃ何にもできないんだから中央魔方陣行くの! わかる? 場所は入ってきたとこの左側!」


「右です」


「こっから向かうなら左でしょ。逆走するんだから」


「あ」


「わかったら走って!」


 バニングさんにハッパをかけられ、間違えてたケイは滑るように発進する。


 それに続いて一歩踏み出俺の鼻先にバニングさんは杖を指す。


「あんたらはヨゾラちゃんと、こうなった原因のクズ野郎を連れてきて。役にたつかもしれないから」


「まて、あのクズ野郎は見えててデブだ。おれとカエル二人じゃ両方は運べんぞ」


 ダグの指摘に一瞬考えてからバニングさんは颯爽と骨面を肩に担ぎ上げた。


「さっさと連れてきて」


 言い残しバニングさんは行く。


 その背中を見送らず、俺とダグは部屋へと入った。


「なんだやっと僕の靴を舐めにきたのか寄生虫どもめ。まぁトランスジェンダーしてロリっ子にでもなれたならメイドのモブキャラとして使ってやらんでも、おい何をする! 下ろせ下ろせ!」


 喚き散らすバーナムを椅子ごと持ち上げバニングさんを追う。


 ……ドアを潜る時、頭を上にぶつけたのはわざとだった。


 ▼


 廊下の灯りは消えていた。


 真っ暗な中、辛うじて見て残る、先行くバニングさんの灯り目掛けて走る走る。


 あっという間に斜め後ろに追いつけた。


 振り返るバニングさんの息は荒い。


 俺らを待っててくれてたわけでなく、純粋にバニングさんの体力の問題だったようだ。


「もうゴーレムいないんだよな?」


 そこへダグは相手のことを考えもせずに無視しにくい質問をぶつけやがる。


「いない。全部。止めた。のこてて。も。アレで。止まってる」


 切れ切れの息で律儀に返答するバニングさん、赤い鶏冠も崩れて、全力だろう。


「こっちです!」


 正面、突き当たりにケイの姿が、飛び出た手で手招きしてた。


 その背後には見た覚えのある扉、入った時に左右どちらか悩んだ扉だ。


「ヤメロォ!」


 突如運ばれてたバーナムが暴れ出す。


 縛りきれてない手足をばたつかせ、不安定な俺らの上で前後に揺らしてくる。


「僕をおんもに出すな! 僕がおんもに出たら大変なことになるぞ! 世界滅亡だぞ! 世界が滅亡しちゃうんだぞ!」


「うっるせーな!」


 未熟な俺は怒鳴りつけてた。そしてそれを止められないほどにも未熟だった。


「お前がどう思おうが知ったこっちゃねーんだよ! ただ世間に迷惑かけたらいけない! 悪いことしたらお仕置きされる! ただそれだけだろーが! お前は罪を犯した! 数え切れない人を殺して! これからそれ以上を殺そうとしてんだ! チートだハーレムだのたまわる前に男だったらドンと構えて罪を償え! その第一歩がここでて魔方陣止めんだよ! わかったか!」


 未熟で、感情に任せた割には相手に合わせた質と内容の言い回し、血の登った頭なのに心の奥底ではいいセリフだと自画自賛してた。


 そして嘘を忘れたことを思い出して未熟な自分を未熟とののしる。


 オゲェ!


 ……そんな俺への、バーナムの返答は、俺の頭に、いつか食べた何かを吐きかけることだった。


「てめこのテメ!」


 感情に任せて怒鳴る、前に拭いたい。


 鼻に刺さる匂い、目にしみる匂い、心持ち舌にまで届く匂いに、こっちもつられて吐きたくなる。


「おい待て下ろせおい止まって下ろせ!」


「なんじゃこらダグ!」


「いいから先ず下ろせ。止まるぞ」


 ダグに言われ、止まり、セーノでバーナムの椅子を下ろす。


 …………その顔は汚物を抜きにしても、真っ白だった。


 ダグは、あちゃー、という顔をしていた。


 ▼


「亡くなったんですか?」


 ケイの声が響き渡る。


 この中央魔方陣とやらの部屋は、あの一本角と戦った部屋と似ていた。


 真っ白で、天井に灯りがあって、違うのは像や椅子がない代わりに中央の床に不可思議な模様が刻まれ、それが瞬いていることぐらいだ。


 その手前には骨面が寝かされ、上にはバニングさんが、息を整えながら難しい顔で行ったり来たりしてる。


 そこを指差してケイは責めるように言う。


「あの魔方陣は地脈の魔方陣と連動してまして、あそこを操作することで爆発させることも止めることもできます。ですが説明した通りアクセス権が無いとあぁして踏みつけても何も起こらないんです」


「そんでアクセス権があったのはあのバーナムだけだったってんだろ。言われなくてもわかってるってよ。だけどよ」


「だけどじゃありませんよダグさん! これがどういうことかわかってるんですか!」


「仕方ねーだろ! 知っての通りセイバー教は外傷には強いが内臓系にはてんでだ! 心臓止まった相手にこっちはゲロ掻き出す以上の手立てが無かったんだよ!」


「そもそも! なんで心臓止まるようなことになってるんです! まさか目の届かないところでリンチなんかしてたんじゃ!」


「するかよ! ここはベンチ裏か! あいつはただでさえ不摂生で! 加えて度重なるストレス! トドメにどっかのカエルにゲコゲコ詰問されて心臓止まったんだよ! あれは悪気のない事故だったんだよ!」


 ん? なんかさりげなく俺のせいにされてないか?


「なぁ」


「一旦です。この話は置いて置きましょう。最優先はこの魔方陣です。いいですね?」


「あぁわかったよ」


 なんかケイとダグとで納得しあってるが、まぁ、置いておくのには賛成だ。


「で、結局何が問題なんだ? 何がどうなれば解決だ?」


「えっとそれは」


 俺の質問にケイは暫く黙り込む。その目線はバニングさんに向けられて、忙しそうだからこちらで済まそう、とまで心の動きが読めた。いらないところで俺も成長してるらしい。


「それで、現状必要なものは三つです。登録されている人物の魔力、その声、そして指定してあるパスワードです」


「おいおいどれも亡くなったじゃねぇか」


 ダグの声に跳ねたケイの腕は、それはあなた達が、と言いかけたんだと思う。


「……今、バニングさんが行なっているのは、その三つが魔方陣のどこに記載されているかを探してもらっているのです。そこを書き直せばあるいは」


「それだけじゃないの!」


 バニングさんの声が響く。


「あいつがこれに何か仕掛けしてないかも確認しないと! ブービートラップ一つで爆発早める結果になりかねないからね!」


「また無駄なことをやってんのな」


「あぁ!」


 ダグの、俺にでもわかる余計な一言にバニングさんが間違いなくキレた。


 で、何か叫ぼうと一息吸ったところでダグが続けた。


「だってよ。ここは綺麗だろ? あいつがここに来るとしたら汚れた足でで、だけど綺麗だってのは、少なくともあいつはこうなってから一度もここに入ってないって考えるのが自然じゃないか?」


 ダグの推理に、バニングは改めて息を吸い込み、金切り声として吐き出した。


「んだよいきなり!」


「うっさいうっさいうっさい!」


 ダグの声にバニングさんの声は泣きべそだった。


「あんたの言う通りよ! ここの基本文法はそのまんま! 加えた後もないからブービートラップもない! あたしはずっと無駄なことに時間浪費してたの! ただわけもわからずなんか言ってたあんたが正しかったってわけ! 満足? ねぇ満足かって訊いてんの!」


「いやおい、んなこと言ってる場合じゃ」


 バチン、とダグの言葉を遮るようにまた弾けた。


 ……その衝撃は、明らかに前のよりも強くなっていた。


「…………揉めるのは後でもできる。今は、やれることをやるべきだ」


 ……柄にもない、俺の真面目な声が届いてるかどうかは知らないが、その意味は全員が共有できたようだった。


 つまり、本当にもう、遊んでる時間は残されてないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る