元老院隔離区 1
下り一方通行とは即ち滑り落ちる坂道のことだった。
トイレのあの、最初に落ちたあそこをゆっくりと丁寧に穴を開けて、減速用の竹の手すりまで設置して、石の床は長年使い込まれてるらしくスベスベで、飛び込めばノンストップで植物区まで来ることができた。
たどり着いたのはまたトイレ、そこからの出口は竹の束に隠され閉ざされ、それを退かして出れば、懐かしの植物区だった
しかし、その様は一変していた。
それは単純に天井の灯りの点滅によるものだった。
朝の光の夜の闇、それが不安定に、明るさの強弱を変え、時折そこらに火花を散らしながら交互に短時間に入れ替わっていた。
この光景は、素人の俺が見ても危険な状態だとすぐにわかった。
そんな瞬きに照らされながら、出たとこは豚の亡骸とは中央を挟んで反対側らしい。
こちらも似たり寄ったりな風景なのだが、少し離れた壁に、大きな石の扉がはめ込んであった。
外周にそって貼られた水の堀の上には、苔だかカビだかが生えて緑になった橋が架かっていた。そこの手前には木製の小屋が、こちらも雑草に呑まれるように緑に朽ち果てていて、そこはゴーレムも含め、しばらく出入りがないのは明白だった。
下りのカーブの遠心力に気分を悪くしたケイの回復を待ちつつ、偵察がてらに小屋を覗くと、中には机に筆記用具、それと変色した紙が散乱していた。定例連絡とか言ってたから、その関係だろう。
……周囲にゴーレムの姿はない。あの瞬きに影響されてるのか、あるいは地上方面への防衛に憑ってるのか、なんにしろチャンスだった。
回復したケイ共々集まり、門の前へ、立って並ぶ。
こう並ぶと、いよいよ最深部、というなんとも言えない気分になる。
「開ける前に、伝えておかないといけないこと、というよりも、命令しなければならないことがあります」
と言いつつ、ケイは腕を出して作業し始める。
「みなさんへの、この後に及んで恐縮ですが、これは厳守してもらいます。例え入ったこの先でバーナムと出くわし、戦闘になっても、彼を絶対に殺してはなりません」
淡々と、だけど強い口調だった。
「自動で吹っ飛ぶってやつか?」
「違います」
俺の問いにケイは即答する。
「はっきり言って、もうここまで発動してるなら自動も何もありません。それよりも肝心の止める手段が、恐らくバーナムでしか実行できないと思われるのです」
「何、やっぱドミニオン入ってんの?」
「なんだよそいつは?」
質問に質問をぶつけて来たダグを睨みながらも、バニングさんは教えてくれた。
「ドミニオン、支配構築システム、早い話がここでの権限の話よ。ゴーレムへの命令権や食物なんかの封印解除なんかは、そのドミニオンに登録された権力者だけが行えるよう設定してあるのよ。そうしとけば、外界から隔離されたここでも権力を保持し続けられるでしょ?」
「おいそれって、あの上のバチバチ止めるのも入ってるのか?」
「でしょう、ね」
「入ってます」
ダグへのバニングさんの自信なさげな回答にケイは肯定する。
「先程伺った話が事実なら、現在、ドグマを止められるのは中にいる元老院、すなわちバーナム一人だけです。通常は、安全性のために、もし亡くなっても次のバックアップとして次の地位の方か血縁者が自動で引き継ぐシステムにしておくのですが……今回は望めないでしょう」
「ジェネラルは? 一応偉いんだろ?」
俺の考えを首を振って否定したのはバニングさんだった。
「それだと、殺して成りかわる下克上が成り立っちゃうでしょ? ましてや殺そうとしている相手、わざわざメリットになるような設定はしないって」
「……まった。じゃあ、どうやって止めるんだ?」
俺の何となく出た言葉に、全員固まる。
動くのは俺の口だけだった。
「聞いた感じだとバーナムってやつは、自分の支配のために他の元老院殺して、好き放題やって、それがバレたら他も殺そうとして、その流れだと今攻撃して来てるのも口封じとかそんな理由だろ? しかも自爆しようとしてるってことはだ、刃突きつけて無理やりにってのも怪しい。拷問してってのもあるにはあるが……少なくとも俺はやれないしやりたくない」
「おれもだ」
「いやよそんなの」
「私もです」
ダグ、バニングさん、ケイ、三者から同様の返事を頂き、また固まる。
……こういう問題は不慣れだった。
「…………もう、騙すしかねぇんじゃねぇか?」
ダグは何か提案があるようだ。
「今んとこ、おれらはあっちを知ってるが、あっちはおれらを知らないわけだ。で、おれたちは中にいる生存者を助けに来た。それだけを伝えればいい」
「おいそれって」
俺の言葉にダグは肩をすくめる。
「ここまで来るまでおれたちは亡骸なんて見てなかった。生き残りのジェネラルとも会ってない。ゴーレムには攻撃されたが、何かあったのでしょう。よかった心配してたんですよ何かあったのかーって、でも安心してください。なので解除してください」
「なにそれ。これをやらかしたやつを英雄として迎えろって?」
バニングさんの苦々しい言葉は、俺の言葉でもあった。それにもまたダグは肩をすくめる。
「仕方ないだろ? ストライク取れないなら打たせてフライで落とす。解除できて安全が確認できたら後は、正義に委ねるさ」
気に入らない答えだった。
何が気に入らないって、俺もそれしかないと考えてるあたりが特に気に入らなかった。
だがこれ以上の良策は、俺にはなかった。
「…………じゃあ、基本その方針で。ただ矛盾が生じると揉めるので、そこの基準は公務員である私に委ねてください」
ケイの言葉に、俺は辛うじて返事に聞こえる声を発した。
ここまで来て演技するとは、思ってもなかった。
愚痴りたい気分だが、その前に扉がゆっくりと開いた。
中からは後ろの瞬きとは違う灯りが、冷たい空気と共に漏れ出て来た。
真っ直ぐ伸びる石畳の廊下、左右には半開きなドアがいくつも並んでるーといったあたりで、背中に衝撃が打ち込まれた。
わけもわからない攻撃、脳を揺られ、意識が飛ぶ瞬間、俺の目が最後に見たのは、中へと走りこんだ骨面の背中だった。
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