格納区 4

 女は、気を失っておただけで軽傷だった。


 ダグ曰く、命に別状はないが歩くのはおすすめしないとのことで、今は手斧の男に背負われている。


 なんと言うか、女は蜘蛛を倒した優秀にビビッときたらしく、男の方もまんざらでもないらしく、なんだかいい感じになってる。


 真っ先に飛び出した俺を無視してるのは、問題ないが、問題はケイの方だった。


「まだ……まだ大丈夫…………ジェネラルが無事なら……それに元老院だってまだ……最悪下に行ければ……でも…………うーん」


 ブツブツと独り言が止まらない。


 聞くともなしに聞いて単語を繋げると、どうもあの蜘蛛は倒してはいけないらしい。


 それはそれで先に言ってもらいたいし、言われたところで人命より優先とは、いかないだろう。


 そこらへんは詳しく話してもらわないと問題にもできないが、話せない事情もあるんだろう。


 思ってるとバニングさんが止まった。


 今回その理由は見て取れる。遥か先に見える、揺らめく灯りだった。おそらく炎だろう。


「止まれぇ!」


 野太い男の声が響く。


「こちらは弓で狙いをつけている! 射られたくなければゆっくりと近づいてこい! そして印を見せろ!」


 ゴーレム相手にそんなの通じるかよ。てか、むしろ呼ぶからやめろ、と言いたいところだが、ここは黙っておく。


「おーい俺だぁ!」


 ダグの間の伸びた返事が響き返す。


「おうカントク! 無事だったか!」


 どうやら知り合い、と言うか入る前に野球をやってた連中らしい。


 野球でも役に立つんだな、などと不覚にも思ってしまった。


 ▼


 たどり着いたのは、廊下に築かれたバリケードだった。


 土台は横に倒した木の棚だが、その上に積み重ねられてるのは樽に中身の詰まった麻袋、干した魚やチーズの塊、何よりも目立つのが真ん中にデンと置かれた牛の燻製だった。角こそないが丸々のを三頭分、バリケードの中央にシンボルのように積み重ねてある。


 封印してあった食料だろう。こんな美味しそうな即席バリケード、あのゴーレムにどれほどの効果があるのかは知らないが、少なくともケイを運び入れるのを阻害するには十分機能した。


 それでやっと踏み入れた向こう側は、暗い中にかなりの人数がひしめいていた。


 少しの松明に照らされた彼らの殆どは何かしらのダメージを負ってるらしく、動きも口数も少なかった。


「あの、他の担当と話をしたいのですが」


 運ばれ降ろされたケイの要望に、一人の男が応えて奥へと連れて行った。


「なぁカントク、あんたヒーラーだろ? 来てくれ怪我人がまだまだいるんだ」


「任せろ。案内してくれ」


 大弓に頼まれ、ダグもまた奥へと連れていかれる。


「その魔法の光、他にも作れないか?」


「できるよ。いる?」


 バニングさんもまたどこかへと連れていかれた。


 いつの間にか手斧と女も消えていた。


 …………まぁ、一人でいるのはいつものことだ。


 ▼


 遠くでまた、新しい魔法の灯りが灯る。


 バニングさんは引っ張りだこのようだ。


 残りはどこで何をやってるか知らないが、何かしらやってるのだろう。


 それで俺の役割は、今は休むことだ。


 まだ先は長く、安全には程遠い。戦いがまた始まれば出ねばならない。それに備えて回復に努めるが今の役割だ。


 とはいえ、寝るわけにもいかなず、壁にもたれて座り込み、ぼんやりと見渡す。


 ……暗い廊下に座り込み、言葉なくただ待つだけのこの光景は、戦場の後半戦だ。


 ただ士気が下がってるだけでなく、次の戦いに備えて無駄を省き力を蓄える。


 本当に絶望的な状況ならここにすすり泣く声がこだましてるものだが、それがないならまぁ、まだまだやれる。


 少なくとも俺には、悲観な感じはなかった。


「注目!」


 響いたのは大弓の男の声だった。


「このままここにいてもジリ貧だ! なので中央階段へ打って出る! すぐに出撃の準備を!」


 見れば少し離れたところにその姿が、バニングさんの灯りを灯して立っていた。


「怪我人もいる! 食料はあるが水が足りない! つまり籠城は無理だ! ならば勝てるチャンスは今! まだ余力が残ってる今のうちだけだ!」


 響いてはっきり聞こえて、外にも漏れてるであろう熱い檄に、返事はない。


 ただ黙々と、誰もかれもが立ち上がっていった。


 無駄に熱い上に、冷めた下、そこに混じる感じはまさにあの戦場、懐かしかった。


 ▼


 誰がどの順番で並ぶかは、自ずと装備でわかる。


 近接武器なら前線に、鎧が重ければ中央に、軽装なら左右に、飛び道具ならその後ろに、魔法と回復は一番後ろに、誰からの指示もなく整列して行く。


 揉めることは少ない。揉めれば自分らが負けとなり、負ければ自分が死ぬ。


 そうして整列した戦線の、俺の位置は右端だった。


 正面戦闘が苦手な軽装備、できる限り戦う相手を減らし、隙あらば機動力で回り込む。戦場でもここが多かった。


 列を維持しながらぞろぞろと移動する。


「敵情だが、相手は中央階段にひしめいている」


 小声、とまではいかないがさすがに大弓は声を抑えていた。


「無数の槍のゴーレム、それとそれを指揮するゴーレムが一体、狙いはこいつだ。どうやら槍はこいつの指示で固まってるらしい。こいつを無力化、あとは各個撃破で突破する。最初に遠距離攻撃と魔法で削り、そのあと一気に押し込む! 行くぞ!」


 返事を待たずに一方的に下される命令、何の権限での命令か問い詰めたいが、今それをやって崩れる方が問題だ。今は棚上げするのが無難だろう。


 などと考えていたらついた。


 目前に広がるのは上にも奥にも左右にも広い空間だった。


 薄暗い中へ魔法の灯りが、蛍のように飛んで入って、星のように天井に登り、闇を照らした。


 そこには想像以上にびっちりの竹槍のゴーレムが、並んでいた。


 だたそいつらが見つめるのはこちらではなく中央、床から天井につながる太い柱に巻き付くよう造られた螺旋階段へだった。


 そして、そのゴーレムの中にいて、頭一つどころか身長が倍はあるだろう一体がいた。


 ……一言で言い表すなら、スカートを履いた騎士だろう。白い装甲で細身のシルエット、足は軽く広がった六本の虫のような足、細い腰から厚い胸、腕も細く長く、同じく細く長い三本指が長くて僅かにカーブしてるサーベルを一対、構えている。そして長い首につるりとした顔に青い一つ目、なのにどことなく女性を思わせた。


 その姿に、姫騎士、なんてクソのような単語が脳裏に浮かぶ。


 そんな姫騎士に率いられたゴーレムたちは、石を投げれば届きそうなこの距離まで来てもなお、中央階段に向いたままだった。


 そしてそいつらの向こうにもまた灯りが、どうやら他の通路にも戦線は引かれているらしい。


 …………ふと、この感じは、前にもあったような気がした。


「伝令」


 小声が後ろから伝わる。


「骨少女が陽動にかかりました。現在交戦中」


 同じ感じがなくなった。


「行くぞ! 魔法準備!」


 一声を合図に後方より訳のわからない言葉がいくつも重なり聞こえてくる。


「発射!」


 勇ましい号令とは裏腹に、俺らの頭上を超えて飛んでいく魔法はゆっくりだった。


 揺らめき、流れ、煌めくのは、シャボン玉のような、水の塊だった。それと同じようなものはあちこちからも漂う。


 それらにゴーレムたちはまだ反応しない。


 ゆっくりとゆっくりと、焦れったい速度で流れた水が飛んで飛んで、そして一つが姫騎士の目線に入った。


 途端に全てのゴーレムが動き出す。


 一斉にこちらへあちらへ、戦線へと向き直り槍を構えて行進する。


 なるほど確かに指揮を、というか連動している。


 なら姫騎士をやるのは定石だろう。


 と、水々が弾けた。


 自由落下する水流、その質量にゴーレムたちが足を取られ、固まる。


「やれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれ!!!」


 急かす声に後方から矢や投石、投げ槍が放たれ、ゴーレムたちに突き刺さる。


「突撃!」


 最後の命令、以後全ては水を踏む音と地を震わすときの声に塗りつぶされた。


 あとは、突っ込むだけだった。

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