格納区 3

 …………戦場では冷血になれ、と教わった。


 例え目の前仲間が囚われ、今にも殺されそうになってたとしても、冷静に、沈着に、落ち着いて行動しろと散々言われてきた。


 今回のこの男のように激昂し、あまつさえまだ見つかってない状態にもかかわらず、己の叫び声で相手に知らせるなどと愚の骨頂、未熟としか言いようがない。


 それに比べたら、黙って駆け出してた俺の方が幾分もましというものだろう。


 雄叫びを背に、瓦礫を蹴る。


 目前に揃うゴーレム、突き出される竹槍、殺意は全てこちらを向いて、女の喉は空いている。


 僥倖、こいつらに人質という戦略はないらしい。


 笑みを噛み殺し、竹槍切っ先目前でまたも地を蹴る。


 水平だった軌道が跳ねて上方へ。


 それでも水平の勢いは死なず、殺さず、前転への回転へと昇華させる。



 ヘケト流剣術『滑降風』



 二回転目の勢いを乗せた一刀、迫る竹槍先端へと振り下ろす。


 心地よい手応え、文字通りのから竹割り、迫る竹槍を裂き、握る指を落とし着地する。


 ゆるい着地、派手な動きのわりに反動はさほどではない。


 斬撃の勢いはほとんどが回転に吸われて、見た目ほどの力は残ってないのだ。


 ゆえにまだ、斬り伏せてない。


 指と竹槍を亡くしたゴーレムはそれでも怯まず襲ってくる。


 それに迷わず刀を振るう。


 技名前もない、ただの横薙ぎ、それでゴーレムの首は飛んだ。


 これで一体、残りは何体だ?


 瞬時に数えるには多すぎる頭数、迫るそいつらに光の弾が飛び当たり弾けて吹っ飛ばした。


「勝手に飛び出すな!」


 まだ続いてる雄叫びに負けじとバニングさんの怒声が響く。


「あのタイミングで飛び出さなきゃそいつの声でバレて襲われて手遅れだろうが!」


 怒鳴り返しながら撃ち漏らしへと刀を振るう。


「だからって飛び込むとか頭いかれてんじゃないの! あれで誘い出して狭いところで戦わなきゃ囲まれておしまいでしょうが!」


 怒鳴り返され、その通りで言葉に詰まる。


 そこまで、細かいことは考えられてなかった。


 戦場では、奇襲を食らった段階でほぼ負け。それから時間を浪費すればそれだけ負けが広がる。だからさっさと動けとどやされてた。


 だから跳んだ。


 ……反省は生きて帰ってからだと引き締め刀を振るう。


 足を使わない非力な腕だけの斬撃、なのに戦えていた。


 事前のダメージからか、それとも元からこの程度なのか、さほど手強くもない。


 名もない技で一体、また一体、首を腕を足を胴をと斬り捨て切り裂き斬り伏せれる。


 脆く、とろく、弱いのは実力、ではなく事前の、魔法のダメージがあるからだろう。おかげで未熟な剣舞で余裕で戦えた。


 そして最後の一体、突き出してきた両腕を竹槍ごと下から輪切りにし、残る体へ肩から体当たり、崩れた体勢へ更に一太刀、右肩から左脇へと両断する。


 崩れる土の体、その影より後光のように腕が伸びてきた。


 それはあの蜘蛛の足々、無数が枝を伸ばすように広がり包み込んでくる。その先端は人の形の手、さらにその指先は鋭い爪が伸びていた。


 掴まれれば痛い。


 回避、足に力を込めた瞬間、吊るされた女と目があった。


 弱々しく、わずかに涙目で、助けを求めるような眼差し……それを見逃さないだけには未熟ではないが、見過ごせないほどには未熟であった。


 足の力を込めたまま方向だけを前に捻じ曲げ、息を呑み、全てを研ぎ澄ませる。


 ヘケト族特有の大きな目玉を見開き、羽虫を捉える動体視力をフルで働かせて、行く。


 歩幅は小さく細かく、構えは緩やかなに、多重に絡まりねじれ合う腕々の隙間へと飛び込み、かすめ、すり抜け、時に踏みつけ、立体に、高機動に、避けられない腕のみを刀で弾いて、瞬時に間合いを詰める。



 ヘケト流剣術『隙間風』



 最小の動きで数多の攻撃を回避し、迫る移動技、そこから一太刀浴びせる。


 当てるの優先で必殺には程遠い斬撃、それでも女を掴んでいた手首を落とすには十分だった。


 外側は陶磁器、内側は空洞の手首と共に落ちる女の体に力はない。ただふわりと落ちる体を、墜落前に受け止めたのはダグだった。


 その様子を確認する前に覆い隠すかのように腕の束が両者を襲う。


 それを遮るは魔法の灯りだった。


 ざわりと群れる灯りに伸びる手が接触、途端に破裂、軽く伝わる衝撃と爆風、閃光に、伸びてた腕の多くが指か手首を失くしていた。


 その隙に三者三様、距離をとる。


 あっという間に安全圏へ、蜘蛛は追う気配もない。それどころか、失くした腕も含めて引いて重ねて壁としている。


 明らかに防御の構え、追い打つなら、今だ。


 息を吐き、息を飲み、地を蹴る。


 迫る間合い、放つ技は、一つ、ここは奥義で決める。



 ヘケト流剣術……不発。



 踏み込み一つで届く距離、そこまで来ておきながら刀を構えたままほぼ直角に、身を右へと切って無理矢理曲がる。


 急で無茶な切り返しに、ついてこれない足が絡まり躓きつつもさらに一歩、離れる。


 まさに敵前逃亡、俺を無様に逃げ出させたのは、視界の端、視野の上上限にわずかに見えた、小さな煌めき一つだった。


 それもちゃんと捉えたわけでもなく、見間違いか、あるいは何かが単に反射しただけかもしれない。


 それでも信じて迷いなく逃げ出したのは、純粋な本能からだった。


 ……そして、それは正解だった。


 わずかに遅れた左袖、その端を上から差し切られた。


 音もなく、なのに鋭い一突き、続いて降りてきたのは、あの骨面だった。


 残像のように宙に残るのは汗の雫だろうか、下世話な思考がまとまる前に着地、同時に横薙ぎが放たれた。


 得物は槍のような長剣、それも片手での薙ぎはゆうに首に届く。



 ヘケト流剣術『泥溜まり』



 足を滑らせ尻餅を突くような、いやわざと足を滑らせ尻餅をついての下方への回避、間に合った。


 それでも鼻の上をギリギリで掠める刃は、肝を冷やすには十分だった。


 だがそれで終わるわけもなく、長剣は旋回し引き寄せ正面で止め、次は槍として突いてくる。



 ヘケト流剣術『泥遊び』



 尻を擦り付けがなら地を蹴り後ろへと逃げる逃げる。


 無様で無残な逃げの姿勢、みっともない回避だが、だからこそわざわざ名を付け技として学び、練習までした。それも人前でだ。


 お陰で助かった。


 つま先、股の間、狙う突き突きを次々回避し段々とその距離を稼ぐ。


 そして離れすぎた間合いを埋めるため、骨面が大きく踏み込んだところで腕で身を止め、その足を蹴る。


 技の名もない即席の足払い、だがこれに骨面は迅速に反応、身を引いた。


 その間に身を起こし構えて対峙する。


 息を吐き、息を飲み、仕切り直す。


 ガッパーン!


 派手で響くが間抜けな音、見れば手斧の男の手斧が、蜘蛛の頭を叩き割っていた。


 わずかな間を置いて崩れ落ちる蜘蛛は地に臥せ、そのまま動かなくなった。


「……あぁ」


 消え入りそうなケイの声、それに骨面が弾けた。


 僅かに反応が遅れ冷や汗が流れる、が、見えたのは逃げる軌道、現れた時同様に、骨面は闇の中へと消えてく姿だった。

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