ミタムライブは昼開く

Lay Over

第19話 明日の無恥をプロデュース

 陽も地平線に沈み、家の窓から明かりが漏れ出す夜、伊緒の部屋の寝具の上では、敷かれた布団の上で麗が一糸纏わぬ姿で甘い言葉を囁いていた。

「ふぅ~......喧嘩の後はやっぱ燃えるわー超燃えるわぁ......ねぇ伊緒ちゃん、もっとしない?」

「......るさい......貪欲過ぎなんだよお前......」

 所々が濡れたシーツで裸体を覆いながら、伊緒は半身を起こす。

「んもぉ~、『今日、家に誰もいないから......』って誘ってきたの伊緒ちゃんの方なんだからさぁ。そりゃ私だってヘタレヘタレ言われて煽られたら襲うってーのぉ。」

「......いや、お前言うほどでもねえわ。」

 人差し指と中指についた滑りをティッシュで拭きとりながら、麗を鼻で笑う伊緒。

「だっ!!だって伊緒ちゃんがあんな......あんな上手かった.....だなんて......思わなかったしっ......!!」

 数分前に体に刻まれた快楽の余韻へと浸りながら、麗は潤んだ瞳で伊緒の手を握る。

(まさかネットで得た知識だけであそこまでやれるとは、私だって思わんかったわ.....)

 麗の手をなし崩し的に握り返す伊緒。その場のノリと勢い、そして自分自身がに多少の興味があったせいで、麗に抱かれ、いや、抱き返してしまった事実が伊緒の顔を赤らめる。こうなってしまった事自体はもう、仕方が無いと割り切っている。麗が自分の事を好きでいる限りは避けられない事ではあっただろうし、正直な話、伊緒自身にも麗と関係を持った、という箔が付くのは事実。麗に寄ってくる人間相手にマウントが取れる、そう私は特別なのだ、選ばれた人間なのだ。いつも通りならチンケでしょうもない全能感に浸って満足している伊緒なのだが......

「だからもっかい!!ね!?もっかいシて伊緒ちゃん!!」

「こっからは延長料金が発生します。30分1万円です。」

 イライラしながら中指を立てて「1」の形を作る伊緒。

「ぬぁ!?払えるわよ?」

「私が言うのも何だけどさ......お前空気読めねえだろ?」

「え?伊緒ちゃんがお金欲しがらない?」

「そこじゃねえよ!!めんどくせぇなあ!!何の為に家によんだと思ってるのさ?」

「えっと、お互いの事を色々と知るためでしょ?だったらこうするのが一番だ、ってやったわけじゃない?伊緒ちゃんも満更じゃなかったでしょ?」

「あ、うん、そうなんだけど......そうなんだけどさぁ......」

 求められ、断らなかったのは確かなのだ。ましてや、行為の最中に麗の扇情的な肉体からだに欲情し、夢中になっていた事も伊緒には否定ができない。そこを突かれてしまっては、いくら伊緒とは言えお茶を濁す事しかできなかった。

「まあ、さっきの続きは後でして貰うとして。」

 純白のブラのホックを閉じ終えた後、使い古されたガラケーをバックから麗は取り出した。

「なんかさっき唸ってるなぁと思ったら、私のケータイにメール来てたわ。最初は伊緒ちゃんのかと思ったけど、あれとは、音鳴ってる位置が......違かったし......」

 目線を逸らしながら、ベットの下に落ちている桃色にてかっている筒状の機械を指差す麗。

「直で響くのがいっかな、と思って。感情バイブス肉体からだで感じろ、ってこないだTVでやってたライブで言ってたよ?」

 普段通りに淡々と麗の相手をしながら、先ほどまで文字通り麗を揺らしていたバイブをウェットティッシュで拭い、ケースに仕舞う伊緒。

「あのさ、伊緒ちゃん。ソレなんだけど......伊緒ちゃん使った事あるの?なんか慣れてたよね、動きが......」

「いんや、初。伊澄香姉さんの部屋のゴミ捨てる時に出てきたの拾ったんだ。」

「はぁ、私は実験台......てかお古なのそれ!?」

 思ってもいない一言が伊緒から出てきて、驚きのあまりに麗は手にしていたケータイを足の上に落とす。

「消毒はしてあるし、拾った時は封してあったから大丈夫だって。どうせ大学の悪い友達からジョークかなんかで貰ったやつだと思うよ?伊澄香姉さん、面と向かって断れるタイプじゃないからさぁ。」

「いやいや!!そこじゃないでしょ!?えぇ、お義姉さんこういうの使うタイプ、じゃないのね.....でもこういうの普通拾う?私、志郎がなんかしてた痕跡残ってても見なかった事位はするわよ?」

 溜息をつきながら、落としたケータイを探す麗。

「あーティッシュとか?伊乃も前よくやらかしてたわ。さっさと流せばいいのに。」

「いや、そんなストレートなものとかじゃないんだけど......私のじゃないストッキングとか出てきたことあってさ......しかも破れてんのそれ。」

 ケータイが落ちたであろう、伊緒のベッドの下に手を突っ込みながらその事を思い出し嫌そうに話す麗。

「......あんたの弟、伊乃と同じだから中二よね?最近の若いやつは進んでるわぁ......」

「伊緒ちゃんは彼氏いたことある?私は無いけど。」

「いたらアンタとネンゴロになんかなってないわよ......寧ろアンタにいない方が意外だったわ。」

 悪態をつくのは変わらない。だが、どこか安心したような顔を見られたくないのか、その場にあったワイシャツを片手で羽織りながら、枕元に置いてあったスマホを伊緒は弄りだした。

「まぁ正直男受けは悪かったわね私。警察にご厄介になりかけてる女なんかと付き合いたくなんかないでしょ、普通。あ、あったケータイ。」

「ちょっと、人のベットの下勝手に漁らないでくれない?」

「そんな怒らないでよ、もうお互い全身漁ってる仲なんだからさ......ん?なんか引っかかってる?」

 重さに違和感を感じた麗は少々力を籠め、ケータイを引っ張り出す。

「これって伊緒ちゃんの?」

「そ、それ!?」

 慌てて麗のケータイのストラップに引っかかって出てきたものを取り上げる伊緒。

「スケッチブックよね、それ。志郎がイベント行くときによく持ってくからわかるわ。伊緒ちゃんもなんか描いてたりしてたの?まあ、見られたくないもの位あるよね、誰にだって。」

「いや......私じゃないんだ。これ使ってたの......」

 纏わりついていた埃を振り払い、誰が使っていたのかを思い出しながら伊緒は苦い顔でペラペラとスケッチブックをめくり出す。ページが捲られるたびに出てくるのは、ファンタジー要素の強い機会鎧を纏った美男美女絵。

「あー......この装備復刻来るまで当たらなかったんだよなぁ。うわ、これあの糞イベのか懐かし。」

「えっと、伊緒ちゃん。これって『ソドブリ』のキャラクターなの?それにしてはこう、なんか体のバランスとかおかしくない?鎧の装飾とかもこう、甘めというか。」

「そういう事言うんじゃねえよ麗!!」

「ひっ!?」

 麗自身には悪気はないのであろう、ただ見たままの事を口にしたのだから。だが、素人が他人の創作物に対して言ってはいけない事をフルセットで聞いてしまい、伊緒は声を荒げ枕を麗に投げつけた。

「お前はホント私の神経を逆なでるの上手いよなぁ?そうでもしてまで構って欲しいのかおい?」

「ご、ごめんって......でも、そんな大事なもんだったらなんでベットの下とかに放り込んでるの?普通本棚にさすとかケースに入れるとかするでしょ?ましてや人が使ってたものなら尚更じゃない。見たくなかったんでしょ、ホントは。」

「う......」

 無神経な事を言ってしまった事に反省はしているものの、急に怒られ納得いかない麗は不服そうに伊緒に反論する。

「これはタケが私の為に描いてくれた......やつ、でさ......」

「あぁ......うん、そういうことだろうとは思ったけど。」

「『ソドブリ』のガチャの願掛けとか、私が気に入ってた装備とか描いてくれてたんだよ。デザインの練習にもなる、って言っててさ。結構描いて貰ってたのよねー、あいつやってくれるまでは大変だけど、仕上がりが早いから一度のせたら一日中描いてるくれるからさ。ほらほら、こっから10ページ分位休みの日に全部描いてくれて......」

 当時の楽しい思い出に浸りながら、見せたことの無い笑顔で麗に語りかける伊緒。

「ふーん......そりゃちみっこのスマホもあんな風にできるわけだわ。武尾さん凄いのね、さっき酷い事言っちゃった私。」

「でしょ?あいつ印刷関係のコネもあるとか言っててさ。」

「......なんか面白くないけど、伊緒ちゃんが楽しそうならいんだけどね。で、なんでこんな楽しそうなのに喧嘩しちゃったの?」

「楽しそ、ってえぇ!?なんでそれ持ってるのアンタ!?」

 雑に開かれた麗のケータイに表示されている写真を眼にし、先程までの綺麗な余韻全てが伊緒の中から吹き飛び慌ててケータイを取り上げようとする伊緒。やっと自分の方を見てくれた伊緒に小生意気そうに微笑んだ後、ケータイを取られまいと麗は左手で伊緒の顔を抑えた。

「いや、『ケーヤ』で武尾さんとアドレス交換したからさ。さっき震えてたの武尾さんからだったのね。でも中学時代の伊緒ちゃんのロングヘアいいなぁ。また伸ばさないの?てか隣の前髪長いの武尾さんよね?今の感じとは違って暗そうね......ごめん、よく見たらあんま楽しくなさそうだわこれ。」

 麗のケータイに送られてきたのは、慣れていない笑顔でカメラに向かってピースサインを向けるロングヘアの伊緒と、両目が前髪で隠れているにも関わらず、明らかに視線を合わせていないのがわかるはづきの写真。女子中学生らしかぬ、元気が全く感じられない写真を見る限り、先程の伊緒が楽しそうに話していた思い出がホントは妄想だったのでは無いかと麗は訝しみ始めた。

「タケは私が話しかけるまでボッチだったからなぁ......この写真もね、クラスのやつらに『あんたら、友達の写真とかケータイで撮らないの?マジ?ゲーム専用なのそれ?』みたいな煽られ方して仕方なく撮ったやつだからさぁ。てかタケの野郎......普通これから敵対するってやつにこういうの送るかぁ?てかお前もアドレス交換してんじゃねーよ!!」

「私は伊緒ちゃんと違って社交的なのぉ!!例え拳を交える相手でもね!!」

「タケと戦うわけじゃねーじゃん......それにさ、藤間とは交換しなかったんでしょ?お前が戦う相手だよ、?」

「ん、うん......そうだけどさ......履歴にちみっこの残るの、ちょっと嫌じゃん......」

 何も言えず、伊緒はただ首を縦に振るしかできなかった。



「ふえっしゅ!!誰かボクの話してるな?」

「リアクションが古臭いっスよツルさん。今何世紀だと思ってるんスか?」

 伊緒と麗がお互いをむさぼりあっていた時、はづきと津瑠子は『ケーヤ』近くのファミレスでだべっていた。

「さっきからボクに対する辺りキツくない?代表戦もハヅの代わりにボクがやるってのにさぁ。」

「まあ、はづきが口悪いのは承知の上って事で許してくださいよ。ほら、ラフですけどこんな感じでどうスか?代表戦の衣装。」

 津瑠子の文句を軽くあしらい、先程まで手にしていたスケッチブックを、にやつきながらはづきは差し出した。

「いいじゃないか、さすがハヅ。こなれてるねぇ。」

「ま、散々描きましたからねぇ。この手の中二が喜びそうなデザインは......」

「だからなんでそういう事言うのさぁ。」

「人のスケブの上で飲み物飲んでたら嫌味の一つでも言いまスよ、そりゃ。」

「あ、ごめん......」

 カップに並々注いだコーンスープを口から離し、改めて津瑠子ははづきに渡されたスケッチブックを眺め直した。

「ま、わかればいんでスけど。しかし、ヤスさんも凄いでスねぇ。衣装担当には目つけてあるからデザイン考えときな、って......」

「ボクはそれより春川の過去の方が驚きだよ......通りで強かったわけだわ。ま、その方が倒しがいがあるってもんだけどね......」

 伊緒と麗が先に退出した『ケーヤ』にて、紅音が二人に語った事を思い出し二人は暫し沈黙する。正直、聞かない方が良かった話だった。しかし、飯代と部屋代を奢ってもらって何もなかったことにできるほど、はづきも津瑠子も非情にはなれないのだ。いや、紅音相手にそんな事ができるとは到底思えないのだが。

「だから、尚更ミムさんには目覚ましてもらわなきゃいけないんスよ......」

 深い沈黙を破ったのは、はづきの何時になく重い声色の一言だった。

「あの人は結局変わらないままだった......しかもハルさんとかいうヤバい問題児が味方に付いている......このままじゃミムさんずっとあのままっスよ......」

「だろうねぇ。アイツ図に乗るタイプなのは間違いないし。にしてもさ、ハヅがここまで気に掛けるのも凄いよな。そもそもアイツが原因で酷い目あったんだろ?その、『ソドブリ』のオフ会ってやつでさ。」

 はづきの話を聞きながら、コーンスープが空になったのかスプーンで残りをかき集め始める津瑠子。

「そうなんスけどね......ただ、ミムさんは初めての友達だったし、あの一件でツルさんと知り合えたのも事実でスから......あ、スープ注いできまスよ、はづきも飲み物切れたし。」

「あぁ、頼むよ。スープは中華の方にしてくれ。」

「了解ぃ。」

 津瑠子との会話を無理やり中断するようにコップを手に取ったはづきは、そそくさとドリンクバーの方へと向かっていった。

(友達かぁ......ミムさんははづきの事どう思って接してくれたんだろ、やっぱ絵描ける奴位にしか思ってなかったのかなぁ......)

 中学の時、自分に初めて話しかけてくれた伊緒を思い浮かべながら、はづきは緑茶をコップに注ぎはじめた。

(我ながらいつまでもミムさんに執着してるのも歪んでまスわ、ツルさんって言う頼りになるいい人がはづきにはもういるのに......)

 緑茶の氷を入れた後、自虐的に笑いながらはづきは津瑠子の分の中華スープをおたまで掬う。津瑠子の好みなのか、卵よりワカメの方が多めだ。

(ま、それ以上にあの金髪豚紅音の方が歪んでまスがね。何なんスか、正直ドン引きましたよ聞いた時。)

 紅音の柔らかく、しかし圧のある声が未だにはづきの頭の中で反響している。こいつは命令かもしれないが、あの女の願いなのだ。

(『銀狼』を取り戻してくれってさ。馬鹿じゃねぇの?お前もミムさんに依存してるのかよ。つけ入る隙ができたんだ、はづきもツルさんも常にお前の思い通りに動くと思うなよ?)

 中華スープをカップから零しているにも気づか無いまま、はづきは顔を上げ小汚く笑い始めた。

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミタムラ・プロデュース 柴本朔也 @sabaku49

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ