ミタムラ・プロデュース

三田村伊緒と地を這うフレンズ

第1話 RAISEIをプロデュース

（なんだここは......？）

　伊緒は、己の眼に飛び込んできた景色に動転した。ただただ白い。字や絵を消しても傷が残って汚いままの黒板も、立てつけが悪く箒が突っかかって上手く開かない掃除用具入れも、経年劣化でガタついて物が転がる机も、ここにはない。伊緒以外の存在が全て抹消された、そんな空間のようだ。

「Welcome（ようこそ）！この『やり直し場（ドロップ・ゾーン）』へ！」

　陽気な、それでいて空間全体に透き通る様な声とともに、伊緒の目の前に突然、女が現れた。

「何奴！？」伊緒が、目の前に現れた満ちた月のようなロングヘアの女に問いかける。

「てかここ何？『やり直し場（ドロップ・ゾーン）』って何よ？ドロップってことは捨てられてんの？」

「まあまあ、落ち着きなさいって三田村さん。一つずつ答えてあげるから、ね。」

　女が笑顔で伊緒を宥めた。

「え！？なんで私の名前を？」

「まずね、私は『やり直し場（ドロップ・ゾーン）』の女神です。偉いんですよ。」

　女神と名乗った女が腰に手をあて得意げにふんぞり返る。同時に、胸部がたゆんと揺れる。

「は、はぁ......？女神？」

「Goddess（女神）です。」

「いや、まあ、そう......そうすか......」

　伊緒はもう諦めていた。『やり直し場（ドロップ・ゾーン）』なる妙な空間、いきなり現れる自称女神の謎女、自分の名前を知っていること、下手なことをすると面倒くさいことになることが間違いない。

（しかし、いろいろでかい......）

　伊緒は決して体型がいいほうではないが、この女神は肉付きが伊緒と比べて明らかによかった。伊緒より15センチ以上は高い身長もさながら、ガタイのいい肩幅と服のラインからうっすらと見えるお腹から見るに、伊緒程度なら収納できそうだ。

　また、動くたびにたゆんたゆんと揺れる女神の胸。麗のもデカいと思っていたが、奴が城ならこれは動く要塞ではないか。神秘性を秘めた白い肌に煌く藍色の瞳も金色の髪色と合い、安産型の尻がまた、母性を感じさせる。女神の名は伊達ではないな、と伊緒は貧相な自分の身体を見ながら思った。

「でね、この『やり直し場（ドロップ・ゾーン）』ってのはね、死んじゃった人間を一旦置いとく場所なの。」

なんですと？死んじゃった人間？

「え、私死んだの？」

「ええ、死因は窒息みたいですね。柔らかいものを口に入れられて死んじゃったみたいです。」

　女神は胸元から取り出した手帳を取り出し読みはじめた。

「あ......？あ......？」

　伊緒は頭を抱え、震え始める。あの女の胸につぶされ、私は死んだ。まだ、16歳なのに。人は何時かは死ぬけれど、あまりに早すぎるのではないか？友達はあんまいないから大丈夫だと思うけど、姉さんと親は悲しむだろうな......スマホのロックは外されちゃうのかな......こないだ買っといたチョコケーキ昨日のうちに食べとけば良かった......。なにより

「死因が......死因が下らな過ぎる......」

　女子高生、巨乳で窒息、無事死亡。詠んだことの無い俳句が浮かび、伊緒は首を横に振った。

「そうねー、こんな若いのに死んじゃうのかわいそうなのよね。だからね、そんな人たちの為に特別サービスがありまーす！名付けて『並行転移（スライド・ケア）』！」

「『並行転移（スライド・ケア）』？またなんかあんの？」

　新たにどこかで聞いたような単語が飛び出て、伊緒は苦笑した。そうか、これは流れが同じなのだ。伊緒が死ぬ前にスマホで遊んでいたあのゲームと。となるとだ。

「どっか別の世界で生まれ変われる、ってことでしょ？」

「Correct（その通り）！！呑み込みが早くて嬉しいわね。」

　女神が笑顔で答える。ようやく伊緒は理解した。これはチャンスだ、と。

「じゃ！じゃあさ！文明的には今より少し発展してるんだけど、魑魅魍魎が跋扈してる地獄みたいなところで、そいつらを狩る戦士として生まれ変わりたい！！属性は雷の大剣持ちで！」

「え！？なんでそんな物騒なところに！？」

「ステータス的にはパワー・スピード寄りで！防御はどっかから支援して貰えればいいから、あとは必殺技（アタック・ファンクション）に『人造神話（キュンストリッヒェ・ ミュートゥス）』はいるわね......あれないと『ソドブリ』は人権ないからなー、一回ガチ勢募集！みたいなこと書いてたギルド主にフレ申請されたことあったけど、『人造神話（キュンストリッヒェ・ ミュートゥス）』入手してなかったとか正直やるきねえよなーってか......」

　海中を泳ぐカジキのような速さで、独り言のような注文を言い始める伊緒。

「き、急にPussy（厚かましく）なったわね......」

　流石の女神もこれには呆れ顔でる。もう一度生き返れるというのに、態々元いたところより物騒な、しかも自分が輝けるような設定まで付加させて、というのであるから。

「 Latest Fad（最近の流行）なのねぇ......こういうの。まあ、いいでしょう。」

　女神が地面を指さす。

「しかし実際『ソドブリ』の世界行くとしたらスタミナ回復とかどうすんのかしら？酒だったよねあの世界のアイテム？私未成年だけど飲める、いや、そももそも法律が機能してってうわぁ！？」

　伊緒の足元が急に光り始めた。まばゆい光が伊緒を包む。

「生温ッ！光なのに温いぞこれ！？」

「女神の愛ですよ。」

「......もすこしまともなのはなかったの？」

「愛、ですから。」

　そうこうしているうちに、伊緒の身体が光と同化し、透けていく。

「まあ、その。貴方には世話になったよ。態々助けてくれて。向こうの世界で活躍しても女神のことは忘れないよ、私。」

　伊緒が笑顔で頭を下げる。感謝の気持ちも勿論あるが、自分が輝けるだろう世界に行ける嬉しさが上回っている。今の伊緒なら、短足だの守銭奴だのコケシヘアーだの言われても、笑いながら「許してやる。」と言ってローキックを決めるくらいで済ますだろう。

「では、善き Second Life（転生）を。ま、平凡に生きるのも悪くないとは思いますがね、私。」

「まってろサクセスライフ！！私が『閃鬼』だ！！」

　光とともに――伊緒の目の前が黒色に染まった。

「――あら、眼が覚めたようね？」

　あれ？伊緒の黒く塗りつぶされた世界から、景色が戻る。自分は『ソドブリ』の世界に来たはずだ。セオリー通りなら、ギルドの指令室に自分は呼ばれ、作戦の説明を受けているはず。しかし、伊緒の目の前に映るのは、怪異を移す大型のモニターでも宙に浮くデバイスを操作するオペレーターでも新人に偉そうな態度をとるがチュートリアルで即死するギルドの先輩でも無く、消毒用アルコールの臭いが仄かに香る保健室。そこでベットで寝ている自分。なにより、隣にいる......

「あれ......女神？なんで？」

　先ほど別れた筈の女神が伊緒の隣にいた。忘れもしない、この顔、そしてパワフルボディ。先ほどと違うのは、伊緒と同じ制服を着ている事くらいだ。

「まあ！Goddess（女神）だなんて。私はただ倒れた三田村さんを運びはしましたが、そこまで言っていただけるとちょっと恥ずかしいわ。」

　女神と同じ顔をした女が照れくさそうに笑う。

「ここが保健室......てことは、私......死んでない？」

「死ぬ？ちょっと気絶してただけで、特に問題はないって先生が言ってたけど、まだ気持ち悪いところとかあるかしら？」

　女神が伊緒の額に手を当てる。

（ああ、光が温かったのって.....）

　伊緒は全てを理解した。自分は死んでもいなければ、転生なんかしてなかった。あれは白昼夢。気絶する直前までやっていた『ソドブリ』と、この女神の看病が混ざっただけの夢。

「ありがとう、保寺（やすでら）さん。私を助けてくれて。」

「気にしないでください。クラスメイトですもの。困っていたら助けるのは当然のことですから。」

　保寺・T（テレサ）・紅音（アカネ）はにこやかに答えた。

「それにしても三田村さん、寝ていたときに色々呟いてましたね。『やり直し場（ドロップ・ゾーン）』がどうだの雷属性がどうだの、って。」

「え、あれ全部聞こえてた！？これは恥ずいなー......」

「もしかして女神というのも？」

「そうそう！保寺さんそっくりの女神がでてきたの。」

「Awesome（すごいわ）！私が神様ですか！」

「でね！色々私の我儘聞いてくれてね！」

　伊緒が紅音にもっと夢の話を聞いてもらおうとすると同時に――いきなり保健室の扉がガラッと開いた。

「何よ！何よ！何よォ！！お説教が終わったから急いで伊緒ちゃんの寝顔見ようと走ってきたら！なんか二人で楽しそうにしてるし！！」

銀髪の淫魔（麗）が二人の前に降臨した。