ミタムラ・プロデュース

柴本朔也

第0話 知らない会いをプロデュース

「突然ですまないんだけど......あの、三田村、さん......次の土曜日にさ、私と遊ばない?」

 ああ、確かにこれは突然だ。

 同じクラスである、ただそれだけで話もしたことのない女が、放課後の教室で、自分の机の上に尻を乗せ、胸にそびえる赤銅の城を見せつけながら、もじもじしながら言ってきたのだから。これは『突然』なのだろう。

 引き締まった体つき。日の反射する雪原のような髪と、大きな瞳。左眼の泣きぼくろと健康的な黒さの肌は扇情的な情熱を隠せず、まともな男なら、ときめく思い出をすっ飛ばして、愛が足された建物でお楽しみができると確信するはずである。

(帰りにチョコパフェ食べて帰ろう......バナナと蜂蜜も付けて。)乗り込んできた城を一瞥した後、三田村伊緒イオは握っていたスマホをまた操作し始めた。

「春川......さんでしたっけ?」

レイでいいわ。」

「では麗さん、なんで私と?ッ!てか今日が話すッ!の初めてッ!ですよねッ!」

 スマホの画面をリズミカルに親指で叩き、舌打ちも混ぜながら伊緒は麗に眼も向けずに質問した。

「だから麗でいいって。それと、人と話す時位スマホ弄るのやめてくれない?態度悪いよ?」

「人のッ!机の上に生チョコ饅頭乗っけといてッ!態度悪いもないでしょう。」

 他人の机の上に尻を乗っけててそれはないだろう。伊緒はイラつきを隠さずに答える。それよりも今はこちらに集中しなければ。もうすぐで終わる。

「な、生チョコマン!?私のお尻が甘いっていうの!?いや、よくわかんないけど多分甘いほうが、いいよね?酸っぱいよりかさ......三田村さんは甘いの好き?」

「誰もんなこと聞いてねーよ!あっ!?」 

 突拍子もない麗の発言に動揺し、伊緒は思わずスマホを落としてしまった。床に落ちた画面に『GAME OVER』の文字が画面一面に広がる。

「ゲームぅ?私がこんなに三田村さんと話したくてしかたなかったのにゲームぅ?」

「あんたこのレイドボスからポイント稼ぐのにどんだけ時間かかると思ってんだ!!スタミナだってタダじゃねえんだぞ!?今回のイベめんどくさいんだよ!」

「でもこれ、基本無料なんでしょ?だったらどうにか......きゃっ!?」

「私の時間と金は有限なんだよ!!」

 この女、何もわかっていない......そう思うと伊緒の体は自然と動いていた。椅子から立ち上がり、麗の胸倉を掴んだ。

 麗の鼓動が手の甲から伊緒に伝わる。どこかで鍛えているのであろう、柔らかさを感じる胸は程よい硬さで、はだけた制服から見えるブラホックは麗の肌とあわさり、噴火した火山のようだ。伊緒は自分の体温が上がっていくのを感じる。

「わかった!私が悪かったって!ごめんって!でも三田村さん、大人しい子だと思ってたのにこういう攻め方もできるんだ......。」

 麗は獲物を見つけた狼のように笑う。不味い、攻め入っているのはこちらなのに、次の瞬間には確実に。肉食獣の気配を感じた草食獣の如く、伊緒は麗から手を放した。

「すまない、私もマジになりすぎた。ちゃんと麗の話を聞いてあげればよかったんだ。」

「いえいえ、私こそ忙しいのに無茶言っちゃって。そんなに思い入れあるなら初めに言ってくれればよかったんだけど。」

 今度は獣ではなく、年頃の女の子のように麗は笑った。

「じゃあ次の土曜はよろしくね、。」

「え!?まだ行くなんて一言も言ってないし!それに伊緒ちゃん、って、いきなり名前で呼ぶとか馴れ馴れしすぎない!?」

 家族以外の誰かから名前で呼ばれることなんて、伊緒には初めてだった。なにかくすぐったいような、むずがゆいような感覚が伊緒の身体に走る。

「え、そっちの方が可愛くない?」

「その......あんまり名前で人に呼ばれたことないからさ、私。慣れてないんだ......」

 やはり、照れ臭い。伊緒は顔が熱くなるのを感じた。伊緒の不幸は、それを見た麗の眼の色が変わったのに気づかなかったことだろう。

「やべっ......もう無理!!」

 突然のことだった。麗が伊緒に飛びつき押し倒したのだ。

「ちょっと麗!!お前何してっ!」

 吐息すら感じられる距離まで、互いの顔が接近する。実際には吐息なんて美しいものではなく、麗の荒い鼻息しか感じられないが。

「いや、もう無理!!我慢しろなんて無理!!なにその顔!!まって!!」

「待ってほしいのは!こっち.....だって......の......!!」

 伊緒は麗を払いのけようとするが、微動だに動かない。麗の胸が伊緒の顔に当たり、ぐにゃりと形を変え眼鏡をずり落とす。伊緒は昔TVで見た動物番組を思い出していた。チーターかなんかは獲物の喉元に噛みついて窒息させるんだったけ?なんか甘い匂いもするなー......

「これよこれ!!思った通りに女の子の身体って柔らかい!!私とは違うし小さいしなんかいい匂いする!!伊緒ちゃんすげーラベンダー!!芳香剤!!」

「なにが芳香剤じゃ!!殺す!!死んでも殺す!!」

 興奮した麗の戯言で意識が戻った伊緒が、泣きながら目の前の動く肉に噛みついた。学校で乱暴どころか、自分の身体が臭い消しだなんて言われればこうもなろう。

「あ......っ!!やっぱ見どころあったわ伊緒ちゃん!!私も吸っていい?」

 これがOKのサインだと思ったのだろうか、麗は伊緒のシャツを脱がし、水色の木綿のブラが露わになる。

(これは夢だ......すべて幻だ......覚めたら何か食べよう......しょっぱいのがいいな......家に豆餅が残ってたっけ......)

 伊緒の意識がだんだんと遠のいていく。この後すぐに、異常事態を察した他の生徒の助けが入らなければ、きっと次の日から学校には来なかっただろう。そして、これから起こる破天荒な生活とも。





 


 

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