ねぇ、

蒼野海

第1話

 深夜2時のマンションでインターホンが鳴った。静かな夜にはいささかうるさいと顔をしかめつつ、私はドアロックをしたままドアを開ける。

 ―こんな時間に来るなんてあいつしか居ない

「やよいさん、こんばんは」

 想像通りの非常識人こいつはにっと笑ってよく通る声でそう言った。

「はい、こんばんは」

 私は紫煙をくゆらせながら、いかにも怠そうに隙間から彼を見上げる。玄関扉はストッパーをした上で開きうる限り最大に開いているものの、彼の身体は3分の2以上が見切れていた。

「なんでまた『ばったん』してるの」

『ばったん』ってあんた。

 私は無視してお返しのように別の質問をする。

「なんでまた、こんな時間に来たの」

「さっき仕事終わったから、ってさ、入れてよ」

「お疲れさん、帰んな」

 にこやかに笑って返す。

 鬱陶しいくらい爽やかに笑っている彼は5つほど下だったろうか。この時間に年下に付き合う元気は、『おねーさん』を自称する私にはもう無い。知り合って早3ヶ月。毎度夜中に来ては、『ご飯食べたいから作って』だの、『ゆっくりお酒飲みたいから付き合って』だのと、結局翌朝まで居座って朝慌てて仕事に送り出さねばならなくなる。

「やーだ」

「そんな言い方しても可愛くないよ」

「知ってるもん」

「もんってあんた」

「ねぇ、お腹空いたからご飯作って」

 今日はこっちのパターンか。しかし、深夜に料理とはまた面倒な。

「……まだ開いてるご飯屋さん教えてあげるからそこ行きな」

「やよいさんの作ったご飯食べたいの」

 彼の眉は下がって寄り、口は絵に描いたように尖った。こうなってしまったら彼は頑固だ、この3ヶ月で学んだ。仕方ない。

 私は諦めて、微妙に開いていたドアを勢いよく閉めた。一枚隔てた向こうから「え!?」という声が聞こえたが無視。煙草を咥えたままもとい、ドアロックを外してまた開ける。

 少々勢いがついて彼の鼻先を掠ったのはご愛嬌。

「うおっ!?」

「入んな、何食べたい?」

「よかったぁ、入れてもらえないかと思った」

 家に上がるのがもう何度目か知れない彼は、あはは、と笑いながら家に入り後ろ手にドアと鍵とドアロックを閉めた。

 全く、今日も帰る気は無いのか。喋るために左手に預けた煙草がちびてきた。

「あのねぇ、俺―」

 ―やよいさんが食べたい

 そう聞こえた頃には背を向けたまま抱き寄せられ、口唇をまれていた。

「ちょっ、煙草、危ない」

「やよいさん苦いね」

 そりゃ喫煙してましたもの。人が来たから煙草を消さねば。

「ご飯食べたいんじゃないの」

「うん、でも後で」

 彼が食事をするのが朝になることと、自分が逃げられないことを確信した私は、無意識にため息を吐きながら身体に回された腕を払う。

「やよいさん……?」

 ああもう、子犬のような目で見るな。中身は狼のくせに。

「煙草、置いてから」

「はい!」

 元気の良い子供のような返事を背に聞きながら、居間の灰皿を目指して歩く。

 寝られないかもしれないという、不安を感じたまま。

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