澄寧、初めて宮城へ行く《2》


 澄寧が、急いで宮廷に向かっていた頃。

 宮廷の最奥――――皇帝の執務室では、二人の人物が仕事に追われていた。



◆◇◆



玲瓏れいろう。今日はもうこの辺で、やめにしまいか?」


 中央の黒檀の執務机に、ゆったりとくつろぐように座る壮年の男性が、カタンと筆を置いた。

 その男性は、立派な黒髭を撫でる。

 彼の衣は、皇帝のみ纏うことを許された蒼色の袞衣こんい。その背には、五爪の龍が刺繍されていた。


「お言葉ですが、養父上ちちうえ。書類の山は、少しも片付いておりませんよ」


 近くの卓士に向かい合うようにして座っていた玲瓏は、自分の養父兼上司に物申す。

 その言葉通り、黒檀の執務机に置かれた書類の山は、減っていなかった。

 そんな現実から、そう簡単に逃れられないことを悟ったのだろう。


「ああ、そうであったなぁ…………はぁー。人生とは誠、儘ならぬものだ…………」


 皇帝はため息をつき、大げさに天を仰いだ。うーん、と大きく伸びをする。机仕事ばかりだと、肩がこるのだ。


「養父上、いえ陛下。そんなこと仰せになられましても、執務机の上の書類は減りません。早く御休息を、とお望みになられるのでしたら、御手を動かしてください。…………終わるまで、私もお手伝い致しますから」


 皇帝は小さな笑みを口元に浮かべた。

 現皇帝にとって、この甥は数少ない信用できる味方であった。


「わかった、わかった。…………ではやるとするか」


 皇帝はそう言って、もう一度仕事に取り組もうとした時。


「皇太子殿下の御入り――!」


 執務室の重厚な扉の向こうから、侍従の大きな声が、聞こえてきた。

 次いで、ギギィ――――――ッと重い音と共に、扉が開く。

 開けた視界の向こうから、一人の若者の姿が現れた。

 それを、皇帝は鷹揚に、玲瓏は姿勢を正し、揖礼をして迎えた。

 ゆっくりと皇帝の執務室に足を踏み入れる玉安ぎょくあん。彼は、執務机の前まで進み出ると、跪拝の礼をした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼龍玉華伝 ゆきこのは @yukikonoha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ