香璘の物思い


玉安ぎょくあん様、失礼いたします。お召し物をお届けに上がりました」


 この離宮の筆頭女官、香璘こうりんは衣を持って、玉安の自室に入った。

 それに玉安は、


「ああ、香璘。ご苦労」


と、短く礼を言った。感謝の心を込めて。



◆◇◆



香璘こうりん。澄寧の様子はどうか?」


 玉安は、用を済ませて退出しようとした香璘を制し、おもむろに聞いた。

 香璘は静かに答える。


「澄寧殿ですか。あの者は働き者ですよ。真面目でどんなことでも黙々とこなしてくれます。…………さすがは白斎家の子息、自立の精神を骨の髄まで叩き込まれているようです」


 玉安は僅かに目を瞬いた。まさか香璘がこう言うとは、と。

自分にも他人にも厳しいこの古参女官が(言い方は容赦ないが)、ここまで新入りを褒めることは大変珍しい。

 きっと澄寧は、役に立ってくれているのだろう。


「…………そうか。それは良かった」


 玉安はそう言って頷いた。

 それからふと、あれだけ文句を言っても結局は女官のお仕事着せを着て、薪割りをしていた澄寧の姿を思い出し、くすっと笑う。


「いかがいたしましたか、玉安様?」


 不思議そうにこちらを見た香璘が玉安に問う。

 玉安は口元の笑みをさらに深くして、こう言った。


「いや、少しな。澄寧はあの歳の貴族の子弟にしてはかなり素直だなと思ったのだ。…………わたしの周りではもう決して見られるものではないし、面白いと思ったまでなのだが…………」


 それきり、玉安の声は途切れてしまった。まるで、何かを懐かしむように。

 おそらく、御幼少のみぎり――――まだ玉安様が無垢な幼子でいることが出来た、ほんの僅かなときを思い出しておられるのだろう。

 香璘はこう思い、小さく目を伏せた。


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