いきなりの無理難題《3》


 仕方なく女官のお仕事着せを纏った澄寧ちょうねいは、先ほどの沐浴室を案内してくれた女官が教えてくれた、玉安ぎょくあんの自室の前に立っていた。

 一度、扉の前で深く深呼吸をする。

 それから軽く扉を叩いた後、澄寧は扉の向こうに声をかけた。


「失礼します。はく澄寧ちょうねいにございます。殿下、少しよろしいでしょうか」


「構わない。入れ」


 間髪入れずに応答がある。

 澄寧はそっと扉を開いた。



◆◇◆



「失礼いたします」


 そう言った澄寧が扉を開けて中に入ったとき、玉安は執務机で書き物をしていた。

 澄寧は取り敢えず、玉安の前に跪く。

 そして、礼を述べようとした。


「殿下、失礼いたします。この度は私のような者に殿下の貴重なお時間をいただき……」


「誠にありがとうございます、だろう? そんな前口上、聞き飽きた。心からわたしの貴重なお時間とやらをとらせて申し訳ないと思っているのなら、要件は簡潔に、わかりやすく、さっさと言ってくれ」


 自分を一瞥しただけで、すぐに視線を手元の書類に移してしまわれた皇太子殿下は、


「あ、あの……」


「なんだ? 要件があるのなら、早く言い給え」


と、矢継ぎ早に話し、しどろもどろになってしまった澄寧を、容赦なく切り捨てていく。これには澄寧も、すっかり圧倒されてしまった。

 しかし、皇太子殿下の手は緩まなかった。


「こっちは毎日毎日激務に追われているんだ、今日くらいは早く休みたい。それに良かったな、澄寧。ここがわたしのみやで。そなたのような下級女官なら、取次ぎだけでも半日はかかる」


 澄寧の頭は、次から次へと言われた言葉を理解するのに、数拍ほどの時間を要した。


(はい……? 下級女官? いったい誰のこと?)


 疑問点なら、たくさんある。しかし、今の澄寧には真っ先に聞かなければならないことがあった。


「殿下。恐れながら申し上げます。なぜ、私はこのような格好をしなければならないのでしょうか?」


 この問いに、皇太子殿下は始めて筆を持つ手をとめた。

 はて、なぜだったかな?

 そういう風に、小首を傾げる。

 そして何かを思い出した顔つきになると、笑顔でさらりととんでもないことをのたまったのである。


「それはだな…………。ここが、原則男子禁制だからだよ」


 次の瞬間。

 小さな離宮は澄寧の絶叫に包まれたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る