第15話 言いすぎる、言わなすぎる
季節は夏に近づいていた。しかし、暑さは少し早めにやって来ているようだった。
「暑っちぃ……」
おそらく世界中で一番濃い中学校生活を過ごしている烈と刀耶が、学校への道を歩いている。制服はすでに半袖、そして烈の肩にはタオルが掛けられていた。
「烈は暑いの苦手だもんね」
「プールか海にでも飛び込みたい……」
夏休みを間近に控え、すっかり気持ちが抜けているのかと思いきや、二人にはそうも言ってられない理由があった。
「やっぱり考えたんだけど、あの二人しかいないと思うんだ……」
「俺も思った。でも、どう伝えるかな……」
その理由とは、先日挨拶したゼウスとクロノスのパートナーを探してほしいとガイアに頼まれたからなのだ。
刀耶とヘルメスの時には、偶然と直感で何となくといった所もあった。しかし今回は、本当にゼロから見つけようとしているため、全く要領がわからないのだ。
「お二人さん、何悩んでるの?」
空からヘルメスの声が聞こえ、刀耶の肩に青色の鳥ロボットが止まった。
「ゼウスさんとクロノスさんのパートナーの話だよ」
この鳥ロボットは、ヘルメスが地球に帰ってきたときに、アースベースのみんなの前で創ったもの。二羽のうち一つはメルクリウスに、一つはヘルメスが外への散歩用に使っている。
「友達で誰かいないの?」
「いや、いるにはいるんだけど……」
双子と言われると、烈と刀耶の頭の中には、同じ二人が浮かぶのだが、しかし……。
「信じてもらえるかが問題なんだよなぁ」
烈の言う通り。現在アースベースはてんてこ舞いで、アースベースを一番知っている獅子神に至っては海外を飛び回っている。
となれば、動ける人間は烈と刀耶しかいないのだが、信じてもらえるかが一番の問題なのだ。
すると烈の鞄から、ガイアが顔を出した。
「烈、やはり私が出て説明するしかないんじゃないか?」
「んー。やっぱりそうだよな……」
やはり実物を見せるのが一番いい方法なのかもしれないと烈は頷いた。
「ヘルメスも頼める?」
「僕は別にいいよ?」
その時、学校のチャイムが聞こえてきた。
「ヤバい!刀耶、走るぞ!」
「うん!ヘルメス、またね!」
ギリギリに教室に滑り込んだ二人。すでに担任の青山輝子は教室に来ていた。
「遅いわよ赤兎君、と蒼井君?どうしたの?」
「何だよ輝ちゃん。刀耶だって遅れるときがあるだろ」
「赤兎君と一緒にできないでしょ!もう……二人とも気をつけてね。じゃあホームルーム始めるわよ」
そして始まったホームルームだが、烈と刀耶は少し違和感を感じた。
輝子の声にいつもの元気がないのだ。少し俯きがちでもある。
(おい刀耶、輝ちゃん何かあったか?)
烈が後ろからの小声で話すと、刀耶は頷いた。昔から何かに悩んでいると、声のトーンが少し低くなる。さらに下を向いていると、余計悩んでいる証拠なのだ。
(昼休みに聞いてやろうぜ)
また刀耶は頷いた。こんな時には、二人は話を聞いてあげている。大体は輝子が言って満足みたいな所もあるのだが。
そしてあっという間に昼休みになった。烈と刀耶は、職員室に行って輝子に相談があると伝えると、一緒に屋上で昼食を食べようという事になった。
ハンカチを敷き、同じベンチに座った輝子は、小さな弁当箱を広げた。
朝自分で作ったのであろう。色とりどりの食材が、小さなお弁当箱に詰め込まれている。
「それで、なにがあったの?」
おかずを口に運びつつ、輝子が聞いた。
「輝ちゃん、何かあった?」
「えっ?」
「何か先生、元気ないですよ?」
先生として、生徒に弱いところを見せたくなかったのだろう。輝子はぐっと口を閉じた。
「私は、あなた達が相談があるからって……」
「今日の輝ちゃんの顔は、大学生の時に先生になろうか迷ってた時と同じ顔してる」
「大学の先輩に告白しようかって悩んでた時にも同じ顔してました」
「蒼井君っ!?それは秘密って!!」
輝子は顔を真っ赤にしていた。
そのうち、気持ちが落ち着くと、空を見上げて声をあげた。
「あーあ!やっぱり『れっくん』と『とうくん』にはわかるかー!」
「その呼び方やめろよなー」
「そう呼んでくれるの久しぶりですね、輝子姉さん」
そこからは、教師と生徒ではなく、小さい頃よく遊んだ近所の友達に変わった。
「最近、兄さんが元気ないの。何か知らない?」
その事か、と烈はぐっと口に力を入れた。何故なら先日ガイアと意識を合わせた時に、青山政弘とガイアの会話をガイアの記憶として見てしまったのだ。
「僕は知らないですね……」
「そっか……。れっくんは?」
「お、俺も知らない……」
「……本当?」
今度は輝子が気付いたようで、目を細めて顔を近づけた。烈も必死で目を逸らすが、それが余計に怪しく見えただろう。
「青山先生、私から話します」
突然ガイアが烈のポケットから出てきた。そして、先日遭遇したプアの事で政弘が悩んでいる事を話した。
「そっか……。そんなことがあったのね」
「政弘さんは世界中を回っていたんですよね?」
「そうなの。写真をいつも送ってくれて。子供達と写ってるのもたくさんあったわ」
「政弘さんは、たぶんその子達とプアを重ねてしまっているんだと思います」
敵だとしても、放ってはいけない。おそらく政弘は、世界を回って、まだまだこの地球には困っている人がいる事に気付いたのだろう。
地球の秘密を知っている事もその気持ちをさらに強くしているのだ。
なるほどね。と頷いた輝子の弁当はいつの間にか空になっていた。
「ありがとうガイアさん。すっきりしたわ」
「できれば、政弘さんには内緒でお願いします」
「わかってるわよ」
いつもの輝子に戻ったようで、烈と刀耶も安心した。
「じゃあ、兄さんの事は、あなた達に任せるわ」
「任せとけ!」「わかりました」
弁当を仕舞った輝子は、よし!と立ち上がると、最後にこう残して去っていった。
「相談にのってくれてありがとう!じゃあ昼からも授業頑張るのよ、赤兎君、蒼井君!」
烈と刀耶、そしてガイアは、昼食を食べ終えると放課後に向けて作戦会議を始めた。
「とりあえず二人を呼び出して、ガイアに説明しもらって、アースベースに連れていくって事でいいか?」
「そうだね」
「私もそれでいいと思う」
烈の時と似ているが、順序立てて説明するのがやはり一番いい。アースベースに行けば、烈が説明を受けたとき、政弘が持っていたあの分厚い資料もあるし、もしかしたらアースが手伝ってくれるかもしれない。実物を見れば、二人なら分かってくれる筈だと思ったのだ。
「じゃ、放課後に元春と隆景に会いに行こう!」
『おう!』
そして放課後になり、双子のクラスに言った烈と刀耶。そこには、隆景が一人で帰る用意をしていた。
「おう、隆景。もう帰るのか?」
「烈と刀耶。あ、あぁ。今日は部活がないからな……」
輝子のように幼なじみでなくともわかる、その違和感に二人は気付いた。
「どうかした?」
「あ、いや……」
「どうしたんだよ隆景?そういえば元春はどこ行ったんだ?いつも一緒に帰ってるだろ?」
兄の名前を出された双子の弟の顔は、余計に暗くなった。そして、ゆっくりと訳を始めたのだが、その話を聞いた烈と刀耶は驚いた。
『ケンカしたぁ?』
「いや、喧嘩というか、少し言い争いになってしまって……。今日朝から兄者の機嫌が悪くてな……。話しかけても何も答えてくれなくて。私も余裕がなかったから、つい声を荒げてしまってしまったんだ……」
珍しいこともあるものだと烈は思った。中学で出会った二人は、初めて会ったときからいいコンビ、いや双子だから当然なのだが。と烈は思っていたのである。
なんというか、バランスがとれている。前に出る元春に、後ろで支える隆景。
双子ならではの支え合いが、見ていてとても気持ちよかった。
それが喧嘩をするのだから大変だ。
「何かあったの?」
「それがわからないんだ」
「わからない?あいつが怒る時は絶対理由があるだろ?」
「まったく見に覚えがない……」
腕を組んで悩む隆景を見て、よし!と烈は声をあげた。
「じゃあ俺達が調べてやるよ!」
「本当か!?」
「当たり前だろ!お前達が喧嘩したままじゃ、俺達も調子が狂うぜ。それに、部活にも影響がでたら大変だしな!」
明るい顔で礼を言った隆景に、刀耶は続ける。
「じゃあ、わかったらまた連絡するよ。ちなみに今日は暇かな?」
「すまない。今日は家で手伝いをしなければならないんだ……」
「あ、それなら大丈夫。頑張って!」
そうして隆景は帰っていった。
「よし、じゃあ元春に連絡だ!」
連絡をするとすぐに返事が返ってきた。どうやら蒼井道場にいるらしいので、烈と刀耶はすぐさま向かった。
道場に着くと、そこには道着に袴姿の元春が竹刀を振っていた。
源四郎に聞くと、放課後すぐに来て練習させてくださいと頼みにきたようだ。
「儂が見たところ、何かに悩んでいるようじゃ」
「やっぱり……」
「儂が言っても、説教臭くなるだけじゃ。あとは頼んだぞ」
「ありがとうおじいちゃん」
荷物を置き、道着に着替えた二人は、元春と同じように練習を始めた。
「急に連絡なんて、どうかしたか?」
やはり元春は少し怒っているようだ。
「隆景から聞いた」
「烈、直球すぎるよ……」
「そうか、聞いたか……」
少しだけ声の勢いが落ちた。何かあったか、と烈が尋ねると、元春は黙った。
「お前達が喧嘩したままだと調子が狂うんだよなー」
「関係ない……」
「よかったら、話を聞かせてくれないかな?」
「放っておいてくれ……」
素振りを止めた元春は、汗を拭うと、床に置いてあった荷物を持った。
「待てよ。逃げるのか?」
烈の声にピクリと反応する元春。
「一本付き合えよ。俺が勝ったら何で喧嘩したのか教えてくれよ」
「喧嘩、じゃない……」
「じゃあここで何してたんだよ?」
すると元春は、持っていた荷物を置いて、ゆっくりと竹刀を構えた。
「よし、じゃあ勝負だ。寸止めしろよ」
そうして烈と元春の試合が始まった。防具を着けていないので、お互いに牽制なしで相手の一瞬の隙を突こうと歩を進める。
「プリンでも食べられたか?」
「子供じゃあるまいし……」
「じゃあケーキか?」
「真剣にしろ……」
刀耶から観ると、実力的には元春の方が少し上なのだが、今余裕があるのは圧倒的に烈だった。
いつもの元春の気迫と自信が、今は体の中に仕舞いこんでいるみたいだ。
「隆景も言い過ぎたって言ってたぞ」
「……俺も悪かった」
「喧嘩したのは初めてじゃないだろ?」
「いや、初めてだ」
「嘘だろ?」
「いや、本当だ。隆景はいつも俺の後ろを歩いて、兄者兄者と何でも聞いてきた。俺が言うことが絶対だと思って反論したこともない。でもな……」
そう続けた元春の竹刀の先が少し下がった。
「最近、隆景の凄さがわかってきたんだ。俺もあいつに間違った事は教えられないと思って努力したんだが、隆景も当然だが努力してた。最近家の仕事を手伝ってみてわかったんだが、家の仕事はあいつの方が合ってるみたいなんだ」
「それで、悔しくて喧嘩した?」
「違うっ!!!」
一瞬の隙をついたのは烈だった。鼻先まで突かれた竹刀に驚きながらも、両者とも腕を下ろし、元春は笑顔でため息をついた
「それで?」
「昨日会社で言われたんだ。次期社長は元春さんですねって」
「隆景は二人でって言ってたぞ?」
「俺もそう思ってる。だが、働いている人達は、いつも指示を出す俺がすごいんだと言ってくる。俺は言うだけで、細かい事は全部あいつがやってくれているのに……」
「じゃあ、隆景に前に出ろって言えばいいじゃないか?」
「言おうとしたが、俺が前に出ろと言ったところで、前に出るのか?あいつは器用だから、出ると言いながら俺が良く見えるように動く」
「そんなの言ってみないと……」
「双子だからわかるんだよ!」
元春の声が道場に響いた。
「今日も隆景は俺にどうすればいいか聞いてきた。たぶん俺が言えばあいつはその通りにやるだろう。でも、あいつはこう言う。『兄者が教えてくれたんです』とな。違う。あいつは俺が教えなくても、もう一人でできるはずなんだ。俺はあいつみたいに細かい事はできない。だから会社はあいつ一人で回る筈なんだ!なのに俺が社長だなんて……」
その瞬間、烈のスマホが鳴り、道場に青い鳥が舞い込んできた。
「こっちの双子も大変だな……。よし、元春これから暇か?面白いもの見せてやるよ!」
「あ、あぁ……」
「よし、じゃあ急いで着替えて学校いくぞ!」
そうして、急いで着替えた烈と刀耶、そして元春は学校へ走っていったのである。
ーーーーーーーーーー
龍神町の上空で、プアが赤くなった空を見上げていた。
ぐぅ……!!
ここ最近、何かを食べる度に余計に空腹に襲われるようになった。ガイアに勝っていれば空腹も嬉しいものなのだが、負けているのでイライラに変わっている。
今日もロストアイランドから大きな風船に乗ってやって来たのだが、頭を動かせば腹が減るので今は心穏やかに空だけを見ていた。
少し前のロストアイランドでの事を思い出した。
フラフラとした足取りで帰ったプアは、倒れ込むように椅子の座り、机に体を投げ出した。
「おいプア……!!」
アダムがたまらず注意したが、リガースは目で制止した。
「どうしタ、今回ハ失敗しタのカ?」
パワードの言葉に、プアは黙って首を横に振った。
「ナラ、何でフラフラナんダ?」
「……お腹が減ったんだよ」
「ハァ?アんナに食べタのに、マダ足りナいってカ」
顔をあげたプアを見て、パワードは驚いていた。最初のときと比べて、プアの体が痩せ細っているのがわかったからだ。その理由をリガースが代わりに説明し始めた。
「プアは、食べれば食べるほど空腹になる。いい調子で力を溜めているようだな」
「リガース様、惨めな姿を見せて申し訳ありません……」
「お前は自分の力を最大限に発揮している。何も恥じることはない」
「ありがとうございます……。そろそろ、人間達が困る頃だと思います。次はもっと大切な物を奪ってやろうと思います」
「それは、楽しみだ……」
そして、龍神町に戻ってきたのだが、リガースの言った「楽しみ」という言葉に、少しだけ落胆の気持ちが含まれていたのに、プアは気付いていた。
自分の不甲斐なさにイライラした。どうすればいいのか、考えてみるのだが。
ぐぅ……!
腹が減ってしまう悪循環が生まれるのだ。
「機械人形め……」
この世界は何かがおかしいと、プアはずっと思っていた。綺麗な空、緑の大地、青い海、プアから見ると幻のような光景だが、現に存在しているのだ。
だが逆に、作り物のような景色に苛立ちも覚えた。
幻だ。現実は甘くないのだと自分に言い聞かせ、プアは風船の上で準備を始めた。
風船と言っても、正体はいつも背負っている大きな白い袋。今日は中身を小さくするのが面倒だったので、そのまま入れてきた。
風船が高度を下げ始めると、地上の音が少しずつ聞こえてくる。何か騒いでいるようだ。
「よっと……!」
袋に手を掛け、勢いよく剥ぎ取ると、中に入っていたものが重力に従い始め、ドスンと地上に降り立った。
丸い体に背中に大量に生えた針。正体は、背中に大量のUSBが刺さったハリネズミだった。
今回のプアの目的はいつもとは違う。今までは食べ物、エネルギーといった、直接的に困るものを奪ってきたが、今日は空腹を満たす以外にすることがあった。
「やれ」
逃げ惑う市民を余所に、ハリネズミの背中から大量のUSBが発射された。USBはザクザクと地面や建物に刺さると、光り始める。すると、プアのもとに、情報と言う名の食べ物が送られてくるのだ。
「ふぅ、やっと落ち着いた」
空腹を満たすと同時に、プアは流れてくる街の情報からガイアの情報を探そうとしていた。
どんな情報でもいい。リガースに有益な情報であれば何でもよかった。
「くそっ、見つからない……」
当然、アースベースも対策をしているため、普通のパソコン等を探しても見つかるはずもない。しかし。
「やっぱり、リガース様の言う通りだ……!」
ビックデータを探ってみた結果、以前の地球を滅ぼした原因となるもの戦争や病気、環境などが起こっていなかった事がわかった。
それを知り、プアは苛立ちを覚えた。やはりこの地球は幻なのだと。
すると、プアの後ろから男性の声が聞こえた。
「プア、やめるんだ!」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには私服姿の青山が立っていた。走ってきたのだろうか、額には汗も滲んでいた。
「あ、お兄さん!僕に会いに来てくれたの?」
「もうこんなことはやめるんだ!」
青山の顔はとても必死で、プアにしてみればどうしてそんな必死なのと笑うしかなかった。
「なんで?僕たちが生きていた世界を機械人形は壊したんだよ?」
「この地球では駄目だって言うのか!?」
「ダメに決まってるでしょ?こんな機械人形の都合だけで作られた世界なんて、人間が生きる価値なんかないよ」
「そんなことはない!」
青山の真っ直ぐな目が、笑っていたプアの視線を少しだけ惑わせた。
「この世界だって、まだまだ未熟だ。俺は世界を回って見てわかった。助けを求めている人はまだまだいる。ガイアは、俺達と未来を創っていこうとしているんだ!」
一瞬でも心が揺れた自分に苛立ちを覚えながらプアは鼻を鳴らした。そして、突然ハリネズミから降りてきて、青山に近づいた。
「じゃあ、僕らも助けて求めている人だったらどうするの?」
「……もちろん助ける!」
「じゃあ僕らを助けるために、仲間になってよ……」
右手を差し出したプア。しかし青山は、その手をじっと見たと思ったら、再び目線を合わせた。
「……それはできない」
「なんで?」
それは……、と言いかけたその時、空から一体のロボットが降りてきて、青山を連れていってしまった。
「ちっ!青い機械人形かっ!!」
「大丈夫青山さん?」
「ヘルメスっ!戻ってくれ、俺はまだ言わないといけないことがあるんだ!」
「危ないから駄目だよー」
そうして青山は近くの通りまで運ばれた。
「言いたいことがあるのはわかるけど、そういうことはみんなで言わないとね。ほら、後ろ」
青山が後ろを向くと、アースベースの機動部隊の隊員達が心配して集まってきてくれていた。
「みんなの意見聞いたんでしょ?隊長ならまず、その意見をまとめなきゃ!」
背中を押された青山は、仲間を見た。
先日の発電所での件で、隊の指揮が下がったのはわかっていた。そこで隊長である青山は、隊員達一人一人に意見を聞いていたのだ。
そこでわかったのは、誰もがプアの姿に動揺し、自分のやっていることが不安になったという事だ。
青山はどうしたらいいか考えた。そして今日、やっと自分なりの答えが出たときにプアに出会ったのだ。
だから、その答えは青山だけのものだった。
「そうだった……。俺は急ぎすぎてた」
「じゃあ隊長、どうするの?」
ヘルメスに言われた青山は、今の部隊をまとめている隊員の肩をトンと叩いた。
「あとは任せる。それと、業務連絡だ。明日朝に話があるから、集まってほしいとみんなに伝えてくれ」
敬礼をした隊員に、青山も応えその場所から離れていった。
それを見つめていたヘルメス。周りを見ていた刀耶の声が響いた。
「ヘルメス、後ろっ!」
「はいよっ!」
咄嗟に反応したヘルメスは、飛んできたUSBを受け止めた。手で止められる位の大きさだが、勢いもあって何個も相手にはできない。
「プア、邪魔しないでもらえるかな。今、人間の成長が見えたんだよ?」
それでもヘルメスは弱味を見せたくなくて、平然を装った。
「青い機械人形、そっちこそ僕の邪魔しないでよ。もう少し話してれば、あの人間は僕らの仲間になってたのに」
「それはないよー。わがままを許すのは、単なる同情だからね。本心なわけないじゃん!」
「ドラッグの時もお前はそんな調子だったな……
いいだろう、やれっ!」
ハリネズミからさらなるUSB端子が飛び、ヘルメスを襲う。しかし駆けつけているのは一人じゃない。
「ゼウスっ!!」
「了解っ!」
晴れている空に稲光が光り音とともにUSBが落ちていく。煙を上げて落ちるUSBは、まるで雷を受けたように黒く焼け焦げていた。
ヘルメスの視線の先、ハリネズミの向こうから一両に新幹線がこちらに向かってきているのが見えた。ゼウスだ。
「チェーインジ!」
金色を基調とした一両編成の新幹線は、双子の弟と同じく細いフォルムを残しながら、左肩に特徴的な鼻を背負いながら変形した。
「ボルトハンマー!!」
腰から取り出した黄金のハンマーを振ると、稲妻がヘルメスの受け止めていたUSBに落ちた。
ーーーーーーーーー
「やっぱりゼウス兄は強い。そう思うだろ?」
「あ、あぁ……」
モニターを見ていたクロノスが元春に話しかけた。
蒼井道場から突然、アースベースに招待された元春は、職員が慌ただしく動いている所を見せられて、ガイアやヘルメス達と出会って、この部屋で映像を見せられていた。いつの間にか刀耶がいなくなっている事にも気付いてはいなかった。
「この機体は俺が創ったんだ。やはりゼウス兄には金色が似合う!!」
とりあえず挨拶は済ませたのだが、それでは全く説明になっていないのは明らかだ。ガイアは少し困っていたが、とりあえず話を進めようと思った。
「黄瀬川君、突然呼び出してすまない。実は君に、私達と一緒に地球を救ってもらいたいんだ。そして、ゼウスかクロノスのどちらかとパートナーになってもらいたい」
「は、はぁ……」
考えていたプランなど最早、破り去られた設計図となのだが、何故か烈は自信満々な顔をしていた。
「いいぞゼウス兄、そこだ!」
その中でクロノスは一人、兄が戦っているのを興奮しながら見ていた。その様子を、元春は不思議そうに見ていた。
「今戦ってるのは、兄貴なのか?」
映像に映るゼウスを見て元春が聞いた。
「ん?そう、俺達は双子だ!」
「仲がいいんだな……」
顔を少し暗くした元春にクロノスは顔をキョトンとさせた。
「何言ってんだ?俺たちは今、喧嘩しているんだ」
「はっ?」
クロノスは、絶賛喧嘩中の理由を話始めた。クロノスはゼウスに前に出てほしい。ゼウスはクロノスが下がるのはおかしい。自分達の悩みと似ていると元春は思った。
「俺がそれを言ってもゼウス兄は否定するんだ。何でだ?」
似ているからこそ、答えもなんとなくわかる気がしていた。
「それは、兄がお前も凄いと思っているからだろ?」
「いやいや、俺よりゼウス兄のほうが凄い」
「お前もあんな風に戦えるんだろ?じゃあ同じ位じゃないか」
「いいや、ゼウス兄はあんな相手ちょちょいのちょいだからな」
二人の関係は、双子的に言うと磁石のN極とS極なのだが、性格的にはN極とN極なので反発しているようだ。
「いや、それだと前に出ない理由になってないじゃないか!?」
「俺が前に出たらゼウス兄の邪魔になるだろ?!」
「そんなことない!兄貴だってお前に前に出てほしいと思ってるはずだ!!」
「いいや、俺は強いのにいつも静かにしてるゼウス兄には、どんどん前に出てほしいんだよ!」
一歩も引かない二人。そして言いたいことを言った二人は、こう言って顔を背けた。
『この、わからず屋っ!!』
端から見ると、二人はまるで性格の似た双子のようだ。
その時、元春のスマホが鳴った。
見ると、隆景から忙しいから手伝ってほしいとのメールが届いていたのだ。
「何だよ、誰からだ?」
「弟だよ」
「お前にも兄弟がいるのか?」
メールをじっと見ていた元春に、クロノスも画面を覗き込んだ。
「あぁ。お前と同じ双子だよ」
「相手は弟か?」
「そうだよ」
「なら話が早いっ!」
クロノスは笑顔で手を打った。
「よし、じゃあ今度来るときにその弟を連れてこい!お前の弟なら俺の言ってることがわかるはずだ!」
得意気に鼻を鳴らしたクロノスに、元春もムカッとした。
「じゃあ、お前もそのゼウス兄とかいう奴を連れてこい!俺の言ってることがわかるはずだ!」
再び顔を合わせた二人は、ガイアの仲裁もあって一旦収まり、次の休みにお互いの兄弟を連れていくと約束し、元春は烈と一緒に帰っていった。
ーーーーーーーーーー
「ボルトハンマー!」
ゼウスのハンマーから雷が迸り、襲ってくるUSBの針を打ち落としていく。
「キリがない……」
ヘルメスも弓を使って応戦するが、打ち落としてもすぐに新しいものがハリネズミの体から出てくるのだ。
「こんなときにクロノスの氷があれば……」
「だから早く仲直りしてっていってるでしょ!?」
ハリネズミの上では、プアが情報を整理していた。
あまりいい報告は出来そうにないが、この調子でいけば、機械人形二体を倒せると踏んだプアはハリネズミにもっと出せと命令した。
「ふぁああ……」
最初はすぐに力尽きるだろうと思ったプア。飽きてきたのか大きな欠伸をした。
「機械人形ーまだー?」
「まだって、こんな攻撃で僕達を倒そうって言うほうがおかしいでしょ?」
「とか言いながら、一生懸命動いてるくせにー」
プアはすでにわかっていた。そろそろ限界だろうと。そしてヘルメスも、意地でも弱いところは見せないようにしていたが、そろそろ打ち落とすのも限界だった。
(そろそろなんだけど……)
すると、空を飛んでいたUSBの動きが止まった。
動きが止まったと言うが、ハリネズミの攻撃は続いている。しかし、ヘルメスやゼウスに飛んでくるUSBが極端に減ったのだ。
「待たせたな」
「ユピテル!」
「民間人の避難は完了しましたよ」
「ありがとうメルクリウス!」
三羽の鳥と一緒に、金色の角を持った白色の牡牛が上空におり、飛んでくるすべてのUSBを落としているのだ。
「邪魔が増えたか!」
プアの視線が、一瞬空に引かれた。
「ヘルメス兄、今のうちに!」
「オッケー、いくよ刀耶!」
「うん!」
『エアロコンビネーション!!』
変形したヘルメスが三羽の鳥のもとへと飛んでいく。
「しまった。ドラッグを倒したロボットになる気だな!そうはさせないっ!」
「それはこっちのセリフだ。ユピテル!!」
「おう!」
ハリネズミの攻撃がヘルメスに向いたことで、今度はゼウスが自由になった。
牡牛が降りてくると、ゼウスは持っていたハンマーをユピテルの首筋に組み込んだ。
「チェンジ、トールハンマー!!」
ゼウスの声に応えるように、ユピテルの体は巨大なハンマーへと変形していく。脚だった部分を掴んだゼウスは、重たそうに肩に担ぐと、大きく振りかぶった。
「サンダーステップ!」
一瞬のうちに地上からゼウスの姿が消えた。そしていつの間にかヘルメスとハリネズミの間に入り込んだるのだ。
「いつの間に!」
「マキシマムボルトォ!」
電気が溢れる巨大なハンマーを重力のままに振り下ろすと、飛んできたUSBを次々の爆発させていく。
「このまま潰す!」
「やばい、丸くなれ!」
勢いそのままに、ゼウスがハリネズミへとハンマーを進めるのを見て、咄嗟にプアはハリネズミから離れた。
プアの命令通りに丸くなるハリネズミ。背中のUSBが体全体を覆い、ガッチリと固まった。
衝突する両者は、どちらともミシミシと音を立てながら空と大地に力を逃がしていく。
それと同時にゼウスの電流が、周りにあったものを細かく削り、近くにいたプアにもダメージを与えた。
「うぐぅ!!ここまでか。今度こそ負けないからな、覚えてろ!」
プアの気配が消えた。
ゼウスとハリネズミの戦いは、両者が弾きあって終わった。しかしハリネズミの体にはヒビが入り、電気の影響でその場から動けなくなったようだった。
『天空合体、ガルダヘルメス!!』
その間にヘルメスは合体完了。大きな弓を構えようとしていた。
「ヘルメス兄、これを使ってください!」
ゼウスが空へと投げたのは、雷を帯びた白銀の矢だった。ガルダヘルメスはそれをゆっくりとつがえると、大きく弓を引いた。
『サンダーバード・シュート!!』
放たれた矢は稲妻のように曲がりながら、的確にヒビ割れた箇所に突き刺さった。砕き割れる殻の内部で高圧の電気が暴れまわり、内部から火をあげたハリネズミが爆散した。
「ふーー。終わった……」
「ありがとうございますヘルメス兄」
何とか勝利することができたが、内容的にはあまり良くないだろうとヘルメスは自己分析をしていた。
「クロノスがいたら、もっと楽だったなー」
「そんなこと言わないでください……」
バツが悪そうな顔をして、ゼウスはヘルメスに近付いた。
「早く仲直りしてよ……」
「……そうですね」
観念したゼウスは、帰ってすぐにクロノスに声を掛けようと思っていたのだが、それより先にクロノスに話しかけられた。
まず今日会った人間の事を話して、次の休みに双子同士で話をしようということになったらしい。ゼウスはいい機会だとすぐに頷いた。
結果、黄瀬川兄弟とゼウス・クロノス兄弟との出会いができたわけだが。
人間と機械の双子は、仲直りすることができるのだろうか。
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