第4話 父の残した想い
「アァア!!気持ちいいぜぇええ!!」
リガース様から頂いたこの設備。最高だ!
体に痛みが走る度、強くなっている感じがする。この力で機械人形をグチャグチャに………。
「アァ!!楽しみダゼぇえええ!!!」
おっと、気持ち良くて忘れるところだったぜ。俺が行く前に、出来損ないを送らねぇと。
ドラッグみたいにはなりたくねぇからな。それにしてもリガース様は恐ろしいお方だ。あんな弱々しい体のどこにあんな力が。改造して体を大きくすれば、リガース様ももっと格好いいんだが。
「今度言ってみるか……?」
まあそんな事はどうでもいい。今はこの痛みに脳を溶かしながら、俺が最強になるのを待ってればいい。
「ガァーーハッハッハッハ!!!」
「いい気なものですね……」
馬鹿みたいに笑うパワードを、私は見ることしかできなかった。
右手はまだ震えている。力が全然戻らない。
「当然ですね。吸収しようとしている所に放出してしまったんですから」
ただ、島の壁に触れていると、自然と震えが止まる。アダム言った通り力が流れこんできているんだろう。
「チッ!」
生意気な糞ガキめ。自分がリガース様のお気に入りとでも言いたいんですかね?!あなたは私達のリーダーではないんですよ。ただあなたが一番に捨てられただけ。あなたはリガース様が一番に捨てたいものだったんですよ。
なのにあの態度!!見ていなさいアダム!!あのバカはどうせ負ける。そうすれば次は私がいってあげましょう。機械人形を苦しめれば、リガース様は私を見てくれる。あなたをアゴで使って、私のために機械人形に殺される様をじっくり見た後、私が機械人形を殺してあげますよ。
「フヒ、フヒヒヒャハヒャハヤヒャハヤ!!」
いけない……薬が……。
プス……。
「ヒャヤヤ……ふー」
ではパワード、精々派手に死んできてください。
ーーーーーーーーー
ピピピピ、ピピピピ!!
目覚まし時計が鳴った。さて、今日は起きるんだろうか?
「……ん、んんーー」
覚醒を確認。目覚ましを止めて……さぁここからだ。
「……zzz」
駄目だったようだ。最近は早く寝るように私も気を使っているのだが、やはり成長期の子供は寝て育つんだな。しかし、そうは言っても。
「起きるんだ烈、遅刻するぞ!」
学校に遅れるわけにはいかない。
「……あと5分……」
「駄目だ!」
「じゃああと3分……」
しぶといな……かくなる上は……。
私は机の上に立ち、スピーカーの音量を最大にした。
「起きろー!!」
「うわぁっ!!」
近所迷惑になりそうな音だが、この家の周辺にはあまり家がないので思いっきりできる。驚いた烈は、思わず飛び上がって、その拍子にベットから落ちてしまった。
「痛てて……」
「起きたか?」
「起きたよ。なあガイア、いつもありがたいんだけど、もう少し優しく起こしてくれると……」
「何を言う。君はいつも二度寝をしようとするから、私が全力で覚醒させているんじゃないか。さぁ、洗面所に向かうぞ」
腰を押さえながら渋々立ち上がった烈の肩に私は飛び乗った。
ん、大きさがおかしいだって?そうだった。説明しなくてはな。ちなみに烈が巨大化したわけではない。私が小さくなったんだ。
烈がアースベースに来てから数日、私はその日以来烈の家に居候させもらっている。もちろん私の体はアースベースで整備中だ。健太郎達技術課のみんなが、私の指示をもとに、一生懸命直してくれている。
では私は今、何なのかというと、スマートフォンから変形した小さなロボットとして活動を行っている。あの時健太郎が出してくれたスマートフォン。見た目は普通だが、特別な機能がいくつかあって、その1つに変形機能があった。
結果から言おう。素晴らしい。
健太郎の本職は機械設計士と言っていたが、この体には現在の技術と健太郎の技が全て詰まっていると言っていい。
運動性や間接部の細かい動きは勿論の事、軽さ故に偏る重心をここまで安定させるとは。この地球にも素晴らしい技術者が生まれてくれて、私はとても嬉しい。
洗面所に向かうと、烈は顔を洗い、歯を磨く。最近は、髪も少し気にするようになった。
そのまま着替えて、今度は居間へ向かった。すでに部屋全体にいい匂い漂っており、1人は台所に、1人は畳にどっしりと座り、新聞を読んでいた。
「おはよう……ふぁぁあ」
「おはよう烈、ガイアちゃん」
「おはようございます美穂さん」
台所にいるのは烈の母、赤兎美穂さんだ。烈と同じで真っ赤な髪をしていて、頭で一度お団子を作っているのに、それでも腰辺りまでの長髪が振り向く度に揺れていた。顔はおっとりしているので、目鼻立ちは父親に似たのだろう。
「ガイアちゃんが来てから、私が起こしに行かなくて助かるわ」
「いえいえ。居候させてもらっているので、当然の事です。あ、すいません。充電頂きます」
私は専用のバッテリーの近くに腰を落とし、腰についてある端子に接続した。
今の私のエネルギーは電気だ。スマートフォン形態の時は、標準的な電池消費だが、変形したときはどうしても消費が激しくなってしまうので、充電が必要となってくる。そこで使用しているのが、この専用バッテリーだ。バッテリーに太陽光か風を当てるほか、上下左右の振動で充電できる。もちろん私がしなければならないのだが、ありがたい事に、美穂さんが何かと充電を手伝ってくれている。
朝、洗濯物を干すついでにバッテリーを日なたに持っていってくれたり、買い物に行くときにバッテリーを自転車に乗せていってくれたり、雨の日だって、室内での運動ついでにバッテリーを充電してくれている。
私はその恩返しもかねて、烈の生活習慣を直していければと思っている。
「おはよう」
「おはようございます龍三さん」
「おはようじいちゃん」
作務衣を着た体格のいい男性は、烈の祖父である赤兎龍三さんだ。ここ龍魂寺の住職を務めている。やはり烈の目鼻立ちは父親の家系を引いていると思うほどキリッとした顔をしている。体もがっちりしていて、一瞬職業がわからなくなってしまうくらいだ。
「ガイア、健太郎は今、どうしてる」
「先ほど出社して、鼻唄を歌いながらコーヒーを飲んでいます。大丈夫、健康です」
健太郎さんはここ数日、夜遅くに帰ってきて、朝早くに出社している。仕事が忙しいのもあるが、私の整備をするためと言ったほうがいいだろう。それが龍三さんには心配なのだ。
「あいつは好きなことになると、周りが見えなくなる。何かあったら叱ってやってくれ」
「わかりました」
「親子揃って世話になる」
「さぁ朝ごはんですよー」
美穂さんが朝食を持ってきた。なんとも、ロボットの体が悔しいくらい、美味しそうなおかずがちゃぶ台に並んでいく。
「いただきます!」
烈は大盛りの茶碗を持つと、それはそれは美味しそうにモリモリ食べていく。
「あ、そうだガイアちゃん」
「なんでしょう?」
「健太郎さんに晩御飯何が食べたいか聞いておいてくれる?今日お買い物に行くから」
「わかりました。じゃあ今日はすぐに帰るようにも言っておきます」
「ありがとう」
なんて幸せな朝の時間だろう。
ふと、博士と弟達と囲んだ食卓を思い出した。畳ではなかったが、丸いテーブルを囲んで、朝昼晩みんなと顔を会わせてご飯を食べた。博士が忙しい時は、兄弟で分担して料理をしたものだ。喧嘩もしたし、失敗もしたけど、おいしいおいしいと言って笑ってくれた、博士の……顔が……。
「ごちそうさまでした!ガイア、行くぞ!」
「あ、あぁ!」
私は腰の端子を抜き、烈の肩に飛び乗った。
え、どうして?何が、あった?私の記憶は、正確な筈だが、なぜ……。
不安な気持ちを落ち着かせつつ、烈の部屋に戻ると、私はスマートフォン形態に戻り、鞄の横のポケットに収まった。そして準備を整えた烈が家を出たのが、今までよりも30分早い時間。走らなくても十分間に合うが、烈はいつものように全速力で走っていくのだった。
道すがら、私は先ほどの不安を解消するために必死に頭を働かせていた。こんなこと絶対にない筈なのに……。
博士の顔が……思い出せない……。
私が生まれた時から、見ない日がなかった顔を忘れる筈はない。順を追えば必ず浮かぶ筈だ。名前は結城健太郎。烈の父親と一緒の名前だ。背は高かった。太ってはいない。むしろ細かった。服装はいつも白衣にジーンズ、スニーカーを履いている。顔は……?
職業はロボット専門の技術者。趣味はロボットアニメを見ることと読書。嫌いなものは幽霊。顔は……?
なんで思い出せないんだ。思い出そうとすると、心に何かが引っ掛かるような感じがする。
……駄目だ。思い出せない。なんて事だ……。
これまで必死だったとは言え、最低だな……。父親の顔も忘れてしまうとは……。
「……ガイア?」
「ん?どうした烈」
「いや、やけに静かだなって。何かあったか?」
「いや、何でもない……事もないか。烈、もし絶対忘れないことを忘れたらどうする?」
「何だよ突然……。そうだな、誰かに聞くかな!」
「何故だ?」
「たぶん俺の場合、絶対に忘れないことはみんなに言ってると思うんだ。だから片っ端から聞いて回って思い出す!」
勢いに乗った烈らしい答えだと思った。そうか、誰かに聞くか………。
弟達に聞いてみようか……。末の弟に怒られそうだが。
そうだな、弟達が覚えていれば大丈夫だ。それにいつかは博士が帰ってくる。その日までの楽しみにとっておこう。思い出話のアクセントくらいにはなるだろう。
「なるほど、ありがとう烈。助かったよ」
「物忘れか?」
「そんなところだが、思い出す楽しみが増えた」
「なんだよそれっ!まあ元気ならいいや」
気が付くと、すでに学校に到着していた。以前はあまり見ることのなかった生徒達が学校に吸い込まれていく。
「おっ、刀耶ぁーーー!!!」
友達を見つけ、手を振って走り出す烈。向こうも気付いたのか、靴箱の前で止まってくれていた。
「おはよう烈」
「おはよう刀耶!」
彼は蒼井刀耶。烈の同級生で幼なじみだ。青い髪に眼鏡をかけていて、真面目な勉強ができる優しい子だ。確か実家が剣術道場で、烈が剣道をならい始めたのは、彼の影響があったかららしい。
「最近遅刻しないね?」
「なーに言ってんだよ。俺はまだ遅刻したことないぜ!何だったら、前みたいに一緒に学校いこうぜ!」
「ふーん、言ったね?じゃあ明日からまた迎えに行くよ?」
「任せとけ!」
刀耶君は笑ってくれたが。烈、起こすのは私だぞ?
靴箱前で話していると、もう1人、刀耶君に気付いた子がいた。
「おはよう刀耶君!それと……寝坊助烈!?」
「あ、おはよう立花さん」
「何だよ真菜!お前のほうが遅いじゃねぇか!」
彼女は立花真菜。同じく幼なじみだ。空手を習っているショートカットの活発女子で、その辺の男子なら返り討ちにできる。
「私は女の子だから、身だしなみに気を使ってるんですぅ!」
「………えっ、どこに女の子がいるんだ?」
ドコッ!
「痛って!!何するんだよ!」
見えなかった……。なんて早い正拳突きなんだ。
「さっ刀耶君、こんなおバカちゃんは置いて早くいこっ!」
「なんだとぉ!!」
「あ、そうだ立花さん。明日から一緒に学校に行かない?」
真菜ちゃんは一瞬キョトンして、小さく「えっ」と言った。
「烈が最近早く起きるようになったから、また一緒に登校しようってなってね。小学校の時みたいにまた3人で行かないかなって?」
「えぇ、なんでこいつまで誘うんだよ刀耶ぁ!」
「だって、烈が遅れたら僕1人で行くことになるんだよ?」
「遅れないってぇ!」
「……行く」
真菜ちゃんは小さく返事した。
「よかった!」
「えぇ……。しょうがねぇな~」
「じゃあ明日は8時に烈の家に行くよ。立花さんもそれでいい?」
「わ、私は、刀耶君の家にいくからっ!それから、烈の家に行こっ!」
「えっ?あ、うん」
さて、烈も学校に来たことだし、私はアースベースに行くとしよう。続きはまた後日。この話もやっと進み始めたみたいだ。
ーーーーーーーー
さて、アースベースに来たわけだが。
「あ、いらっしゃいガイア」
「おはようございます健太郎さん」
すでに出社していた健太郎さんが、私の体の整備を進めていた。こちらに意識を戻すと、いつも健太郎さんが同じ体勢でいるので、不思議と時間が止まっているように思える。
「烈は元気に学校に行ったかい?」
「えぇ。ここ最近元気に磨きがかかっている気がします」
君のお陰だよ。と健太郎さんは言ったが、私は大したことはしてないと思う。
「そういえば、美穂さんが今日の晩御飯のリクエストを募集してましたよ」
「あぁーー。んんーーー」
あ、これは博士も使っていた、必殺聞いているフリだなと一瞬でわかった。どうも好きなことに熱中する人はこういう傾向にあるな。
「今日は早く帰ってください」
いやねー今いいところなんだよー。と言う確率100%。
「いやねー、今いいところなんだよー」
「駄目です」
ほら。博士もこうやってはぐらかすんだ。それで夜中まで作業するものだから、昼夜逆転して、風邪をひいたこともあった。なので健太郎さんには止めさせたい。
「そうだよ赤兎さん」
「ふわぁっ!!」
突然肩を叩かれた健太郎さんの体はビクッと飛び上がった。
「ち、長官……!?」
「赤兎さん、今日も早朝出勤ですか……?」
獅子神長官はいつにも増して笑顔だった。
「え、えぇ。ガイアの整備を進めたくて……」
「それは良いことですね。しかし、休みは取っていますか……?」
「え、えぇ……。」
嘘です獅子神長官。
「なるほど……。ちなみに、ここに最近のあなたの出退勤記録があるんだが……」
紙を1枚取り出した獅子神長官は、胸ポケットに入れていた老眼鏡を掛けじっくりと見始めた。
「嘘はいけないねぇ……?」
獅子神長官の眼は、まるで獲物を狙うライオンのようにギラリと輝いていた。
「今日は早く帰るように!!そして今から職員全員が集まるまで休憩しなさい!」
「はいぃ!!」
怒られた健太郎さんはやっと手を止め、近くにあった椅子に座りチビチビとコーヒーを飲み始めた。けれどもその足は小刻みに揺れ、まるでゲームを取られた子供のように落ち着かない様子だった。
「美穂さんに連絡したんですか?」
「あっ、そうだった!晩御飯何をお願いしよう……」
ふと私は、烈も大人になったら健太郎さんみたいになるのだろうかと思った。
「健太郎さん」
「なんだい?」
「もし、絶対に忘れないことを忘れたらどうしますか?」
なぜ烈にした質問をしたのか。たぶん同じ答えが返ってくる事を確認したかったからだろう。
「あぁーー。誰かに聞くかな……?」
想像通りの答えに、思わず笑ってしまった。
「えっ、おかしいこと言った?」
「いえいえ、烈にも同じことを言われました」
「そうか。……何かあった?」
健太郎さんには言ってもいいかな……。
「実は、恥ずかしながら自分を創ってくれた博士の顔を忘れてしまったようなんです」
「何か嫌なことでもあった?」
「いえ。一応考えたんですけど、はっきりわからなくて」
「なるほど……」
返事に困る悩みなのはわかっていた。それでも健太郎さんは悩んでくれていた。
「ちなみに、どんな人だったの?」
「私達の事を一番に考えてくれる優しい人でした。よく笑って、よく泣いて、時々怒って……。感情が忙しい人でした。好きな事は耳にタコができるほど言うし、嫌なことはすぐ忘れるし、いつでも前を向いて後ろを振り向かない人でした」
「なるほど、だからガイアのような素晴らしい命が生まれたんだね」
すると、健太郎さんは少し考えてゆっくり話始めた。
「実は、私も忘れてしまった事があるんだ……」
「聞いてもいいですか?」
「ガイアも話してくれたからね。私は母親が思い出せないんだ。烈のおばあちゃんさ」
「亡くなったんですか?」
「それがね、わからないんだ……」
健太郎さんは両手でマグカップを転がし始めた。
「私が5歳くらいの時かな?突然いなくなってね。父さ……おじいちゃんに聞いても何も教えてくれないんだ」
「写真はなかったんですか?」
「写真はあるんだ。まあ結婚式の時のだから白粉なんか塗っちゃって、あんまりわからないんだけどね……」
「どんな、人だったんですか?」
「それもね、わからないんだ。物心つく前だから夢みたいな記憶しかないからね」
「そうだったんですね……」
「まあ、おじいちゃんとは性格があまり似てないから、私の性格がそのまま母さんなんだって思うことにしてるんだ。それに夢みたいな思いででも、一応は覚えてるってことになると思うんだ。だからガイアも顔以外を覚えているなら、それはまだ忘れてないってことなんじゃないかな?」
私のために話し難い事を言ってくれた事が、とても嬉しかった。
「ありがとうございます」
すると健太郎さんは、何か思い出したように、スマートフォンを取り出した。
「どうかしたんですか?」
「そういえば、母さんはハンバーグが得意だった思い出があるから、今日の晩御飯のリクエストを送っておこうと思ってね」
「いいですね!」
その時、ちょうど始業を知らせる鐘が響いた。すでに技術課の職員は、みんな出社して、自分の仕事を始めていた。
「さぁて、もういいかな?今日は早く帰るぞぉ!!」
そして、昼を過ぎた頃、アースベース全体が一気に慌ただしくなる出来事が起こった。
ーーーーーーー
「ふぁあああぁぁ……」
昼飯を食べた後はやっぱり眠い。加えて次の時間が数学だと、もっと眠い。
俺だって最初は起きてるさ。でも話を聞いてるうちに、公式が頭の中で遊び初めて、それを見てたら眠たくなってくるんだ。で、起きるのは、問題を当てられた時か、チャイムが鳴ったときになる。
今日もそろそろヤバい……。まぶたが落ち始めてきた。起きなきゃ、起きなきゃ……起きな……。
「赤兎君っ!」
「はいっ!!」
まずい、当てられた。俺は慌てて教科書を持った。さぁどこだ!
「赤兎君!」
あれ、この声は輝子ちゃん?輝子ちゃんは国語担当の筈なのに。
「すいません。赤兎君借ります。赤兎君、早く来て!」
「は、はい!」
とても急いでいる輝子ちゃんを見て、思わず俺も飛び出した。
ん?
ズボンのポケットに違和感を感じた。走りながら触ると、さっきまで鞄の中にいたガイアもといスマホがいつの間にか中にいて、ブルブルと振動していた。
もしかして、アースベースで何かあった?
輝子ちゃんは、俺がドアまで行くのを待たずに走り出していた。何で今日に限ってスニーカー履いてるんだよ。
「輝子ちゃん、どうしたの!!」
「いいから、早く来て!」
輝子ちゃんは学生の頃、陸上の選手だったので俺がギリギリ追い付けないほど速い。そのまま全力で走って、この間来た学園長室がある廊下まで来た。
「兄ちゃん?!」
理事長室の近くで兄ちゃんが手を振っている。
「兄さん、あとお願い!」
「サンキュー輝。烈、こっちだ」
こっちだって言われても、兄ちゃんの前のドアには大きく立ち入り禁止って書いてあるんだけど。
「ガイアをここに翳すんだ」
兄ちゃんの言われるがまま、ドアの横にあるセキュリティ端末にガイアをかざした。
「さぁ、行ってこい!」
ドアが開くのと、兄ちゃんが俺の背中を押したのがほぼ同時だった。真っ暗な部屋に突き出さ……!!
「うわぁあああああ!!」
落ちてるぅ!と思ったときには、入ってきた入り口の光は小さくなっていた。
とりあえず、尻は壁に着いているから、長い滑り台を滑っているらしいけど、何処に行っているのか考える余裕もない。右に、左に、時々跳ね上がって尻が痛い。
「大丈夫か烈!」
ポケットから飛び出したガイアが、俺の上でしがみついていた。
「ガイア!これどこまで行くんだよ!」
「もう少しだ!」
ガイアが指を指した方を見ると、小さな光が見えた。速度は落ちないし、光がだんだん大きくなって……。
「アース?!」
下に見えた大きな魂に気付いたけど、滑り台から飛び出した俺は為す術なく、光に吸い込まれていった………。
中は、とても暖かかった。不思議と安心できる所だけど、何かが乱雑にたくさんある気もする。
ふと、見られている感じがした。そっちを見ると、遠くの方で誰かが立っているのが見えた。男の人だ。白衣を着て、ジーンズに、スニーカーを履いて……。
「ガ……よ…も…じ…よ…」
え、何ですか?と言いたかったけど、声もでない。なんだか夢の中にいるみたいだった。
「……れつ、烈!」
ハッと気付いたときには、俺はいつの間にか車の中にいた。やっぱり寝てしまっていたようだ。
「あれ、ガイア。ここは……?」
「気付いたか。とりあえず簡単に説明する。ミラーを見てくれ」
俺は眠い目を擦り、バックミラーを見ると、そこには……。
「ガイア?!」
そこには、家で俺を助けてくれた緑のロボットが映っていた。
「正確には、私の体のレプリカだ。そして君は今、この体を媒体として私と意識を共有している。アースの協力もあってな」
首を傾けると、ガイアの頭も一緒に動いた。それに。
「俺、車を運転してる!」
「さすがにそちらは私がサポートしているがな」
でも、ハンドルを握る感覚や、アクセルを踏んでいる感覚が、実際に俺がやっているみたいに感じる。
「急に呼び出してしまってすまない実は……」
「また、この前みたいに人が暴れてるのか?」
「話が早くて助かる。しかし、今回は……」
ガイアが言おうとしたその時、急に目の前の地面が爆発した。
「うわぁあっ!!」
「しっかり前を見ていてくれ!」
俺の意思とは関係なく、手足が忙しく動いて車を操作する。まるで、映画のワンシーンみたいだ。
「烈、あれだ!」
首が勝手に動いて変えられた視線の先に、大きな車が走っていた。鉄板がたくさんついた大きな車で、車の屋根が少し盛り上がった所には、長くて太い筒がこっちに向いていた。
「戦車が出てくるとは……。見たところ車の寄せ集めだが、機能は本物以上か……」
「せんしゃ……?」
ってなんだ。という前に、また地面が爆発した。
「あれはおそらく機械だけだ!被害が広がる前に倒す。遠慮はなしだ!」
見たところ、運転席にも誰も乗っていないのが見えた。ラジコンみたいなものなんだろうか?でも……。
「あんなのどうやって倒したらいいんだよ!」
前は相手が人だったから、ガイアの大きさで大丈夫だったけど、今度は10倍も20倍もある相手だ。体格差がありすぎる。
「大丈夫だ!この車がある」
乗っている車の事だよな?あれ、この車……。
俺の頭の中でイメージが一瞬だけ見えた。
「行くぞ!」
「「チェイーーンジ!!」」
何が変わるのか全くわからないけど、とにかく俺は初めて体験するであろう言葉を、ガイアと一緒に叫んだ。
車がスピードを上げた。アクセルを踏み込んだのは俺だ。なぜスピードを上げたのかって聞かれると、それは俺の頭の中に、スピードが上がるとの同じように多くの情報が流れてきていたからだ。ガイアの思いはもちろん、アースベースのみんなの思いが、ガイアを通じて俺に流れ込んできているみたいだった。
この車は、そう。この車は変形する!!
勢いに乗った車は、前部が水平に伸び、脚となる。腰を捻るように足を地面に着けると、勢いで車が上下逆になった。車の下面には、ガイアと同じ色の大きな緑の宝石が埋め込まれている。車の後部は縦に割れ、腕となり、肘が伸び、手が現れた。
腕の間から頭が現れると、俺の視線はそちらに移動した。目線の高さは、飛行機に乗ったときと同じくらい。軽い腕を動かすと、少し重い感じがした。これがこの高さの重さなのだと実感した。
全体が綺麗な緑色にカラーリングされた体。力強い手足、凛々しい顔付き。そして胸に輝く緑の宝石。これが、俺とガイアが地球を救うために使う力の一部なんだ。
「変形完了!さぁ行くぞ烈!」
「おぅ!」
ーーーーーーーーー
やった!!
アースベース全体が喜んだ瞬間だった。
「やりましたね課長!」
「あぁ!」
変形が上手くいってよかった。設計した自分が言うのも何だが、あの機体の変形はとてもデリケートだ。おそらく今の意識だけのガイアでは変形できなかっただろう。そのためにガイアが選んだ烈なのだが、初めてで成功させるなんて、やっぱり私の息子は最高だ。
ただ単に、仲が良いだけではできない。お互いの気持ちが合わさって、かつ互いを思いが同じ方向に向いていたからこそ、この変形はできたんだ。
「さぁ、サポート班以外は続きをするぞ!これを早く完成させて、ガイアがいつでも使えるようにするんだ!」
私は目の前にある大きな車両を見ながらシステムの最終調整に戻った。不思議とさっきより早く、そして楽しくなっているのがわかる。顔もニヤけているんじゃないだろうか。気になってふと周りを見ると、みんなも同じだった。そうだった。これが技術者の一番の楽しみだったんだ。
さぁ、君の整備を続けよう。今君を作ってくれているみんなの気持ちを受けて、ガイアと烈の最強の力となってくれ。
頼んだよ、グラントレーラー。
ーーーーーーーー
変形に成功した私は、戦車目掛けて走り出していた。本来の私の姿からは何十倍も重たい筈なのに、妙に体が軽く感じて、不思議な気持ちになった。これも烈のお陰なんだろうか。
「重たい筈なのに、すごい軽いな!」
烈も同じことを考えていたようで、私は笑って返事をした。
ドンっ!!
戦車の砲撃だ。私は、何とか横に飛ぶことで避けられたのだが、さっきまで走っていた道が大きく抉れてしまっていた。獅子神長官からは、町の被害は気にしないでくれと言われているが、やはり破壊されるのを見るのは、心が痛む。早く倒さなければ。
「烈、少し無理をするぞ!」
「わかった!ガイアに合わせるぜ!」
私は一気に戦車との距離を詰めた。装填時間はおそらく20秒。そのうちにあの砲塔さえ破壊できれば。
私は飛び上がり、戦車の砲塔目掛け脚を伸ばした。
グシャっ!
よかった。やはり車体は寄せ集めだったようだ。私の体には、傷ひとつついていない。鋼より硬く作ってくれた技術課のみんなにお礼を言わなければ。
戦車が悲鳴を上げることはなかった。ただ折れ曲がった砲塔を私に向けたまま、立ち尽くしていた。
ボッ、バァアン!!
突然の爆発に、戦車の砲塔、屋根が吹き飛んでしまった。私は悲しかった。あの戦車に意志がないことに。ただ私を破壊するために20秒ごとに玉を発射しろとだけがプログラムされたことに。
「……もう見ていられない」
私はゆっくりと戦車に近付いた。爆発した箇所から火花がバチバチと上がり、私には泣いているように聞こえた。せめて一撃で終わらせる。私は右手に拳を作った。
「危ないガイアっ!」
烈の声に、私は咄嗟に横に飛んだ。
グシャァアアン!!
後ろから飛んできた車が1台、戦車にぶつかっていた。……いや、吸い寄せられたのか?
「ガイアっ!」
再びの烈の声に、私が後ろを見ると、やはり車が戦車に吸い寄せられるように私に攻撃をしてくる。
戦車を見ると、5台の車が乱雑に吸い寄せられていた。磁力か?
吸い寄せられた車は、戦車にぶつかってなお、圧縮されており、グシャグシャと車が凹む音が響いていた。
さらに2台3台と周りの車を巻き込んだ戦車は、ただの四角い車になっていた。しかし、さっきのようにキックでは破壊することは難しいだろう。
とうとう戦車は、キャタピラを回し突進してきた。固さと速度からするに、当たれば私の体とて、ひとたまりもないだろう。私は横に避けようとした。
「ガイアソードを使うんだ!」
えっ?
なんで今その声が聞こえたのかわからない。だが、その声は間違いなく私の知ってる声だった。暗かった記憶の隅に光が届いたような感覚。博士の声だ。
いけない、避けなければ!私は突進してきた戦車を何とか避けることができた。
「えっ、俺今何て言った?」
「烈……だったのか?」
「いや、わからない。なんだか頭にパッと出てきて……」
烈の声は博士のとは違う……はずだが。
それにしてもガイアソードとは……。ガイアソード?剣……。あれかっ!
「そうか!烈、ありがとう!ガイアソォオオド!!」
照らされた記憶の隅にあったもの。それは博士が私のために残しておいてくれたものだった。
地面が割れ、緑の剣が競り上がってくる。そう、これだ。研究所の地下深くに封印してあった私の武器、ガイアソードだ。
緑の少し長い刀身、鍔は広く、中央には丸い緑色の宝石が埋め込まれている。柄を握ると、私の手にしっかりと収まった。
「すげぇ……」
使う日が来なければいいね、と博士が言っていたことも思い出した。ごめんなさい博士。でもこの力は、これまで平和に過ごしてきてくれた地球のために使わせていただきます。私と一緒に戦ってくれている烈も、それを理解してくれるはずです。
ズシリとした重さを感じながら私は剣を構えた。戦車は少し行ったところでやっと旋回していた。
「まだ集める気かよ……」
周りの車がまた戦車に引き寄せられていく。さらにグシャグシャと押し固められていく車体は、さらに硬くなっているに違いない。だが……!
「行くぞ烈!」
「おう!」
戦車が勢いよく飛び出した。キャタピラが地面を滑る度、その重みで道路が削れていく。
私は切っ先を、目線の先の戦車に合わせた。剣道であれば、烈も力を出しやすいだろうと思ったからだ。
ふぅ。
息が合った。目の前の戦車を見据え、ゆっくり腕を上げた。地面の振動が足の裏を通じてどんどん大きくなる。振り下ろすタイミングは、5m先にある小さな石がキャタピラに巻き込まれた瞬間。
20m、15、14、11、10、9、7……。
「めぇええええええええん!!!!!」
振り下ろした剣の先端付近が、四角い車体の辺に当たった。スゥっと入る刀身に、戦車も気付いてはいないだろう。
戦車が私の前を通りすぎるまでの時間は1秒もない。その中で私がしたことは、ただ剣を振り下ろしただけ。私は剣の露を払うと、地面に刺した。
この剣は私が呼んだときにいつでも駆けつけてくれると博士は言っていた。だからまた、必要になるときまで、大地の鞘に納めておこう。
ドォオオン!!
私の後ろには、真っ二つになった戦車が倒れ、爆発を起こしていた。
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