第8話「秘め事」
「楓花さん、あれ!」
珪成の上ずった声に振り返れば、中門からすいっと白いものが飛び込んできた。
「天天!」
「師兄ですよ、きっと!」
言うが早いか珪成は、手にしていた竹箒を放り出して中門に駆けていった。せっかく集めた枯葉や枝を踏み散らして。
「もう、せっかく集めたのに」
呆れた声をあげながらも、楓花自身、込み上げてくる笑顔を押さえきれない。
中門までは誰もいない。あそこまでだったら――楓花は思いっきり笑った顔を念のため伏せながら、珪成の後を追う。義両親が見たら叱責確実、はしたなく裙子を引き上げながら小走りに。
「師兄!」
楓花が中門にたどり着いたとき、転げるように石段を駆け降りていく珪成の後ろ姿が見えた。そして彼がまっすぐに目指していく先には――。
「師兄! やっと来てくれた! どうなさったんです。心配してました」
「ちょっと山奥で修行しててな。来るのに手間どった。元気そうだな、珪成」
「はい、師兄も」
暗がりから近づいてくる二人の姿。珪成は他の何者も目に入らないとばかり一心に、頭一つ以上高い傍らの「彼」を見上げている。二人では歩けない狭い石段を並んで歩くため、石段を外れた土の傾斜を珪成は歩いている。
慣れているというのはもちろんあるだろうが、僅かでも離れたくないという気持ちが如実に表れている。対する「彼」も、矢継ぎ早に言葉を継ぐ珪成の言葉に目を細めて頷き、ときおり声を上げて笑いながら、むき出しの根や石段が崩れた足元の悪いところに珪成が差し掛かると、さりげなくその腕をとり、万が一に備えていた。
背後からの日ざしが、二人の姿を照らし出した。そこでやっと、ずっと隣ばかりを見ていた「彼」は、こちらに目を向けた。
「あ、なんだ小妹。いたのか」
「なんだはないでしょ、大兄。相変わらず失礼なんだから、もうっ!」
頬を膨らましてふいっと横を向くと、琉樹は「ははは」と軽快な笑い声を上げながらら階段を上がってくる。そして、
「よしよし」
隣に立った彼がいつもみたくポンポンと軽く頭を叩いてきて、「ちょっと髪が乱れるでしょ」とこれまたお約束にその腕をパシパシとちょっと強めに叩いたとき――甘い香りがほのかに立った。
楓花の顔にずっと貼りついていた笑顔がすうっと消える。僅かに顔を上げ、上目づかいで琉樹を睨み上げる。ぼそりと一言。
「この……生臭坊主」
「なんのことだか」
「師兄、どうかされましたか?」
境内の半ばほどで放り投げられていた竹箒を握り、踏み散らかした枯葉の山を集め直していた珪成が手を止め、笑顔でこちらを見ている。
「なんでもない」
言いながら琉樹は楓花の横をすり抜け、大股で境内へと入っていく。
「どうしたんですか、怖い顔をして。さあ、私たちも行きましょう」志均である。
いつものように穏やかな笑顔を向けられ――きまり悪い思いがする。
実は天天が行ってから毎日、志均が往診に出ている間ずっとここに通ってきていた。義親には「隣の荘家に行く」と告げて。
荘家は、幾分権勢は衰えてはいるものの歴史ある名家で、そこには楓花より一回り年上の一人娘がいた。義親と志均の口添えがあったおかげだろうが、事情を知ってもなお楓花によくしてくれて、刺繍やら礼儀作法やら、女性のたしなみを教えてくれる。だが決して古めかしい女性ではなく、男性を思わせる胡服を着て馬に跨って城内を闊歩するという、時代を先取りしすぎている女性であり、だから離縁されたのだと口さがない者たちが言い募るが、彼女は一向に気にする様子がない。
そんな彼女は、「親と婚約者に絡めとられてばかりでは疲れるでしょう。出歩きたいときは私をダシにしていいのよ」と常日頃言ってくれていた。それに「はい。いずれは」と答え続けていた楓花だったが、初めてその言葉に甘え、ここ数日ひっそりと元弘寺に通っていた。
まさか二人が揃ってここに来るなんて――わずかに顔を伏せ、「はい」と口中で呟いた楓花の横を志均は通り抜けていく。楓花はしずしずとその後に続いた。
いつものように。
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