002:荒れた大地

 荒涼とした大地に、灼熱の風が吹く。

 じりじりと照り付ける太陽が、褐色の皮膚を焦がす。


 どこまでも続く黄色い砂の大地を見つめながら、男は鉛のように重い足を無理矢理に前へ前へと動かしていた。


 いったい何時いつから歩いているのか。

 最後に日が落ち、昇ったのはいつだったか。


 この荒れ野には、枯れ果てた植物の影の一つも落ちない。

 ましてや砂漠を移動する生き物などいるはずもなかった。


 ただ一人、ボロボロのマントを身にまとって歩く旅人を除いては。


 目を凝らすと遠くに蜃気楼が見える。


 蜃気楼の向こうには、街があるかもしれない。

 澄んだ水があり、人の活気に満ち溢れているかもしれない。


 そう思い、男は遥か長い道のりを歩いてきた。

 だが、追いかけても追いかけても蜃気楼は逃げていく。


 いつしか男は自分の歩みを数えるのをやめた。

 ただ黙々と、前を見て歩いていた。


 どれほど歩いただろうか。

 気が付くと、目の前に一人の男が立っていた。


 その顔はフードに覆われ、はっきりと見えない。

 男の肩には何か黒い影が留まっていた――よく見ると、それは一羽の蝶だった。


 こんな砂漠では珍しい、漆黒の羽に鮮やかな瑠璃るり色と向日葵ひまわり色の模様を持った蝶。

 フードの隙間から、褐色に日に焼けた肌がチラリと見えた。


 男は訊ねた。


「お前は、どこへ向かうのだ。俺の来たところには、何もないぞ。ただ荒れた地があるだけだ」

「そんなはずはない。俺の来たところこそ、何もない。お前は嘘をついているのだろう」


 フードの男は、静かに答えた。

 嘘つきと断定され、男は憤慨する。


「嘘などついて何になる。俺はただ街を探して歩いているだけだ。……まぁいい。せいぜい俺の来た足跡を辿ってみるがいいさ。そうすれば、お前の望む場所に行けるだろう」


 フードの男は、首を傾げた。


「お前の旅が街を探すためだと言うのなら、街が見つかれば、お前の旅は終わるのか?」


 男は俯き、自分の掌をじっと見つめた。


「そうではない。この旅に終わりなどないのだ。この旅が何時いつ終わるのか……それは誰にもわからないことだ」


 しばらく沈黙したあと、フードの男が口を開いた。


「そうか。ではお前の旅の幸運を祈ろう」

「あぁ。お前もな」


 男は不愛想に、そう答える。

 たったそれだけの言葉を交わすと、男たちは互いにすれ違い、今までの道のりの続きを歩き始めた。



(あれは……誰かに似ていた)


 歩きながら、男は考えていた。

 よく日に焼けた自らの褐色の肌をぼんやりと眺め、はっと気づく。


 勢いよく後ろを振り返るが、フードの男の姿はもう無かった。


(あれは……)


 それ以上考えるのをやめ、男は目深にフードを被り直した。

 そうして、再び前を向いて歩き出す。


 男の前でヒラヒラと羽根を羽ばたかせる蝶は、果たして夢か幻か――。



-----------------------------------------

あとがき:

 某有名な蝶々の曲と、ミヒャエル・エンデの「鏡の中の鏡」という本の中に出てくる砂漠のお話のイメージが合わさって、こんなお話になりました。

 「男」と「フードの男」は、どちらがどちらの台詞を喋っていても成立するようにイメージしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る