都市伝説のサリーさん

小野 大介

本文

 《メリーさんの電話》という都市伝説をご存じだろうか?


 ある少女が、引っ越しの際に人形を捨てた。

 外国製の人形で、わざわざメリーという名前まで付けて大事にしていたが、友達から古臭いと馬鹿にされたことで愛情が薄れてしまい、親に駄々をこねて流行りの人形を買ってもらったので要らなくなり、だから捨てたのだ……。

 それから数日後の夜、急遽通夜に出ることになったので喪服を届けてほしい、と父から連絡があって母が家を空けた。

 留守番をすることになった少女は、独りの心細さを誤魔化そうと音量を大きくしたテレビを観ていたのだが、そこへ電話が掛かってきた。

 母かもしれないと急いで出るも、違った。相手は女の子だった。

「あたし、メリーさん。いま、ゴミ捨て場にいるの……」

 どちら様ですか?

 と、たずねるまもなく、電話は切れてしまった。

 誰だったのだろう? 間違い電話かな? それともイタズラ……?

 少女は小首を傾げながらリビングに戻ろうとするのだが、また電話が掛かってきた。

「あたし、メリーさん。いま、タバコ屋さんの角にいるの……」

 出ると同じ相手で、それだけを言うと、またすぐに電話を切ってしまう。

 なんなんだろう……?

 不思議に思っている間にも、また電話が。

 どうせ同じ相手、イタズラ電話だと無視すればよかったのだが、次こそ母かもしれない。それに、もし同じ相手だとしても、次はなにを言うのかが気になったので、つい受話器を取ってしまった。


「あたし、メリーさん。いま、交番の前にいるの……」


「あたし、メリーさん。いま、横断歩道の前にいるの……」


「あたし、メリーさん。いま、公園の前にいるの……」


 少女は好奇心に負け、そのやりとりをしばらく繰り返した。

 だが、次の言葉を聞いたところで、あることに気づいてしまう。

「あたし、メリーさん。いま、〇〇さんの家の前にいるの」

 それは、近所に住んでいる友達の名前だった。

 それでふと、そういえば今までの道は、私が知っている道かもしれないと思い、もしかしたら電話に出る度に近づいてきているのではないかと、そう感づいたのだ。

 少女はなんだか不気味に思えて、電話から遠ざかろうとするのだが、それを許さないとばかりに、また掛かってくる。

 出たくはなかったが、今度こそ母かもしれないし、やはり次になにを言われるのかが気になってしょうがないし、そんなことあるはずがないという思いもあるため、躊躇いながらも受話器を取ってしまう。

 するとやはり同じ相手で、今度はこう言われた。

「あたし、メリーさん。いま、あなたの家の前にいるの……」

 少女はさすがに怖くなった。本当にいるのだろうかと気になり、そっと音を立てぬように玄関のドアに近づき、父が靴を履くときに使っている椅子の上に登って、覗き窓に片目を近づけてみた。恐る恐る外の様子をうかがってみるが、そこには誰もいなかった。人影は無い。

 少女はほっと胸を撫で下ろした。やっぱりイタズラ電話なんだと、今度こそリビングに戻ろうとするのだが、またもや電話が……。

 もう知らないと無視して通り過ぎて、リビングに入ったところで留守番電話に切り替わった。

 すると聞き慣れた声がした。

 母の声だ。

 急いで戻り、受話器を取って「お母さん」と呼びかけるが、返ってきたのは母の声ではなかった。

「あたし、メリーさん。いま、あなたの後ろにいるの……」

 背後に気配を感じ、慌てて振り返ってみれば、すぐ目の前には薄汚れた人形が、いた。

 自分よりも大きな人形が、その手にひどく錆びついた包丁を握りしめて立ち、こちらを見下ろしていた。

「あんたなんか、もう、いらない」

 人形は、包丁を持つ手を振り上げた際に、そんな冷たい言葉を発したのだが、それは電話の女の子ではなく、少女の声にそっくりだった。いや、少女の声そのものだった。

 それもそのはず。

 それは少女が、人形をゴミ箱に落とした際に吐き捨てた言葉なのだから……。


 これが《メリーさんの電話》である。

 読めるよう、ところどころに脚色を加えてはいるが、おおむねこんなところだ。

 “徐々に近づいてくる恐怖”をうまく表現しており、怪談系の都市伝説の中でも知名度が高い。私個人としては、都市伝説の中で一番好きな話だ。

 さて、そんなメリーさんだが、彼女には実は妹がいる、という噂を耳にしたことはないだろうか?

 名を“サリーさん”という。




 これは情報提供者の一人、とある中学生から教わった話だ――。


 ある日の放課後、数人の男子が教室に残り、特定の番号に電話を掛けていた。

 ネットで見つけたというその電話番号は、メリーさんの妹のサリーさんに繋がるらしく、その真相を確かめようとしていた。肝試しも兼ねて。

 番号を見つけた男子が、自分のスマートフォンを使って電話を掛けたところ、何度かコール音がした後に繋がり、こんな声が聞こえてきたそうだ。

「あたし、サリーさん。いま、教室の前にいるの……」

 幼い女の子の声だが、どこか機械的だったという。

 スピーカーホンにしているので、その場にいる全員が聞いていて、まさかと振り返って教室と廊下を仕切るドアを見た。ドアには窓が付いているので向こうが見えるのだが、人の姿は無かったそうだ。

 一人が駆け寄り、ドアを開けて外を確かめたが、誰もいなかった。

 その一人が戻ったところでリダイヤルを押し、もう一度掛けてみた。

 すると、また何度かコール音がした後に繋がって、同じ声がした。

「あたし、サリーさん。いま、校門の前にいるの……」

 前よりも遠ざかった。

 窓の側にいた一人がすぐに外を、グラウンドの先の校門を確認したが、見えるのは下校する生徒たちの姿ばかりで、おかしな存在はいなかったという。

 再度、リダイヤル。

「あたし、サリーさん。いま、コンビニの前にいるの……」

 学校の近くにコンビニはある。校門を抜けて、ちょっと歩いた先だ。

 リダイヤル。

「あたし、サリーさん。いま、制服屋さんの前にいるの……」

 コンビニからさらに歩けば、学校の制服や部活に使うユニフォームなどを取り扱う店がある。ショーケースに同じ制服を着た男女のマネキンが立っている。それが目印だ。

 リダイヤル。

「あたし、サリーさん。いま、商店街の前にいるの……」

 制服屋からしばらく道なりに進めば、商店街がある。手前に、昔ながらのコロッケ屋があって、そこで売っているフライドポテトが美味しいわりに安いので、下校中の学生がよく立ち寄るそうだ。

 すでに察しがついているだろう、サリーさんは、電話をかければかけるほどに遠ざかる存在なのだ。メリーさんの反対である。

 彼らは面白がり、どこまで遠ざかるのかを知りたいと、何度もリダイヤルをした。

「あたし、サリーさん。いま、バス停にいるの……」

 すると、あるときからバスに乗ったため、移動距離がぐっと大きく、早くなった。

 リダイヤル。

「あたし、サリーさん。いま、〇〇駅にいるの……」

 リダイヤル。

「あたし、サリーさん。いま、〇〇空港にいるの……」

 リダイヤル。

「あたし、サリーさん。いま、空の上にいるの……」

 そしてついには飛行機に乗り、空まで飛んでしまった。

 一同ははしゃぎ、このまま海外まで行くのかと、どの国へ下りるのかと期待して、またリダイヤルを押した。

「あたし、サリーさん……」

 次も電話が繋がり、サリーさんと思われる女の子が答えるのだが、そう名乗ったところで音声が途切れてしまった。

 あれ、どうしたのかな?

 一同が小首を傾げたそのとき、音割れが起きるほどの大音量がスピーカーから飛び出して、思わず身震いしてしまったという。

 何事かと思った矢先、その電源をつけた掃除機のような音にまぎれて、いくつもの声が聞こえてきた。男性に女性、子供に大人に老人と複数で、いずれも悲鳴だった。恐怖と絶望に襲われて逃げ惑っているような、阿鼻叫喚である。

 そんな中で、ある声だけは不思議と鮮明に聞こえた。それは語りかけるように、囁きかけるように、こう言った。

「ごめんね、お母さん、もう帰れないと思う、ごめんね……」

 その直後、すべてをかき消すような爆発音がして、電話は途切れた。

「ツー、ツー、ツー……」

 ビジートーンに切り替わった。

 立ち尽くし、言葉を失くして、茫然とする一同。誰もが状況を把握できずに戸惑っていたが、ある人物だけは違った。

 電話をかけた彼だけはひどく困惑し、その顔を蒼くしていた。

「な、なんで? 今の、母さんの声に似てた……」

 彼はそう呟くと、もう一度リダイヤルを押した。

「おかけになった電話番号は現在使われておりません。恐れ入りますが番号をお確かめになって、おかけ直し下さい」

 だが電話は繋がらず、今のような音声ガイダンスが流れた。

 ほんの今まで繋がっていたのに……。

 その場に嫌な空気が流れ、誰もがかたずをのんで彼の様子をうかがっていた。

 すると彼は急かされたように動き、電話を取ってもう一度リダイヤルを押した。変わらず音声ガイダンスが流れるのを確かめると、次は母の携帯電話に掛けた。

「おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」

 しかし、別の音声ガイダンスが流れただけ。

 彼は泣きそうな顔をして、同じことを何度も繰り返すと、次は自宅にも掛けた。

 だが、いくら掛けても誰も出ない。

 彼は居ても立っても居られなくなり、まだ通話中の電話を握りしめてきびすを返し、窓際の机上に置いてあった自分のカバンをひっつかむと、教室を飛び出していった。

 母の所在を、無事を確かめるために、大急ぎで家に帰ったのだ。

 この時間はいつも家にいて出迎えてくれるのに、玄関に靴は無く、リビングにもキッチンにも姿は無かった。

 家中をくまなく探したが、いなかった……。

 居場所を失ったように玄関へと戻ってきた彼は、押し寄せる不安と孤独の心細さに苛まれ、ついには泣き出してしまう。

 これはなにかの間違いだ。そんなことあるがない。嘘だ。

 彼はそう自分に言い聞かせると、勇気を振り絞り、もう一度母の携帯電話に掛けた。

「おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」

 しかし無情にも、帰ってきたのは音声ガイダンスだった。

 それを聞いて、彼は悟った。

 とんでもない過ちを犯してしまった。サリーさんはメリーさんの反対、どこまでも遠ざかるという認識は誤りだった。サリーさんは、電話を掛ければ掛けるほどに、その掛けた人間にとって一番大切なものが遠ざけられるのだ……。

 彼は絶望に打ちひしがれて、その場にへたり込んでしまうのだが、そのとき、握りしめていたスマートフォンが着信音を鳴らし、振動した。

 確認すると、母からの電話だった。

 彼は喜んで電話に出た。……だが、聞こえてきた声は、こんなだった。


「あたし、メリーさん。いま、あなたの家の前にいるの……」


【完】

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都市伝説のサリーさん 小野 大介 @rusyerufausuto1733

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