第十話 そして物語は進む 前編(大輝視点)
「最近だいちゃん付き合い悪くね?」
俺が登校して直ぐに翔太からそんな事を言われた。そうだろうか? ……確かに露木や桜小路とも交流を始めたせいで、付き合いが悪くなったかもな。
つーか、この板挟み状態を早く何とかできないだろうか……。桜小路が露木に接触して、普通に話があると言えば簡単に済むはずなんだけどな。それで一度は失敗して、桜小路が変にこじらせているけどな。
「別に普通じゃないか?」
「大輝ってば、あのオタクと連むようになってからじゃない」
玲菜まで近づいて来て、俺の隣の席に座る。そして、視線は露木の方へ向けるが、露木の方はいつものラノベというものを読んでいる。客観的に見れば、カバーを掛けられてラノベを読んでいるとは思わないだろうな。
「露木とは話が合うからな。別に俺が誰と交流しようが問題ないと思うけど?」
「ふーん……露木って言うんだ」
玲菜の顔は何か企んでいるような顔を浮かべていたが、もしかして俺と露木が連んでいるのを面白くないから虐めを? いや、玲菜はそんな事する性格じゃないのは俺は知っている。
クラスのリーダーとして立ち振る舞い、亜未以外の女子からはちょっと恐れられているが、基本的に面倒見が良く、優しい一面を見せる。まあそれも俺にだけに見せる表の顔の可能性もある。ちょっと警告でもするか。
「露木は俺の友達だからな?」
「……別に何もしないし」
俺の言葉に玲菜は不機嫌に呟いた。
「しっかしだいちゃんが根暗ちゃんとねー。いっつも一人で本読んでるよな? 俺、チラッと後ろで覗いたんだが、字いっぱいでマジパネェよ。小説とか俺にはハードルたけぇーな」
「あーまあ、そうだな」
ラノベなんだけどな。
一応、露木がオタクだって事は浸透しているが、別にバラす必要もないしな。俺は苦笑いで返して話題を変える。
「亜未は?」
「あー亜未なら寝坊して遅れて来るっぽいよ」
「アミチーの寝坊とかいつもの事じゃね?」
「そういやーバイトしてるとか言ってたな亜未の奴。未だに何のバイトしてるか訊けないけど」
「亜未のバイトねー。ま、ちょっと特殊なバイトだかんね。亜未の名誉のためにウチの口から言えないし、聞きたければ本人から聞けし」
「うっわ! めっちゃ気になる~。てか特殊なバイトって、もしか? ふう――」
「はぁ? あんたバカじゃない? 亜未がそんなとこで働くとでも思ってるの?」
「う、わ、わりぃー。確かにアミチーに限ってそれはねーよな。で、でももしアミチーがそこで働いてたら俺絶対行ってるわ!」
玲菜が「うわーマジきもい」という顔で翔太を汚物でも見るような目をしていた。しかし、翔太といえば、そんな玲菜の視線に気付かず、何やら妄想に浸って「マジパネェ!」とか言ってた。
翔太に彼女ができない理由はそこにあると思うんだけどな。まあ俺も彼女いないけど。
そんな事を考えていた俺は、ふと教室を覗き込む桜小路の姿を目にした。何やら廊下が騒いでいると思ったらそういうことか。もしかして以前のように露木に用事が?
そんな風に思っていた俺と桜小路の視線が重なると
(ちょっと屋上で話があります)
そんな口パクを俺に向けていた。
また面倒事だろう。ということは作戦の方は失敗なんだろうな。それも露木から聞いて何となく察してたけど。朝のチャイムが鳴るまでまだ時間もある。仕方ない。
「悪い、ちょっと用事あるから一旦席外すよ」
「お、おう?」
「…………」
何やら玲菜から冷たい視線を向けられたけど、俺が桜小路に用事があること悟ったのか? 別に隠すつもりもないし、聞かれたら答えるけどな。
廊下を出ると、さっきまでの喧騒は桜小路が去って行った事で静まり返っていた。
今までの桜小路と接してきて忘れがちだが、桜小路って学校のアイドルなんだよな。そんなアイドルが実はオタクで、少し残念な性格をして、そんでもって現在進行形で露木と友達になりたくって悩み中。
……桜小路って露木のこと好きなんじゃねぇか?
改めて考えるとそう思えてきた。なんだよ、露木って勝ち組じゃねー?
(クラスに来た桜小路が露木に会った時には、しばらく騒がしく、露木に嫉妬の視線を向けられてたな。もし二人が付き合ったら……嫉妬や恨みが露木に集中砲火されるな。そういや当の本人は周りからの視線を全然気にしてないってのは凄かったな。いや、周りの視線より、桜小路が暗殺者でいつ襲ってくるかびくびくしていたから気にする余裕はなかったというべきか)
露木と桜小路の距離の縮まらなさをどうにかして、俺は解放されたいものだな。
屋上に着くと例の錆び付いたドアを開けると、軋む音が響いた。すると俺の視線の先にブロンドの髪を靡かせた学校のアイドルでオタクの桜小路が深い溜息を吐いていた。
「話ってなんだ?」
俺の声に振り返った桜小路の顔は暗く、落ち込んでいた。
「久瀬さん……。例の作戦なんですが、一度目ならず二度までも失敗しました」
だろうな。桜小路の様子や露木からの会話で知っていた。しかし、なぜこうも二人はすれ違うのか疑問で仕方ない。
俺はどう声を掛けるべきか考えあぐねていると、桜小路がポツリと声を漏らした。
「私は露木君と出会うべきではないんでしょうか」
以前までの威勢はどこにもなく、弱々しく覇気が見られない。何だか失恋したような空気が流れていた。
学校のアイドルをそこまで落ち込ませる露木って罪な男だよな。それを本人に言えば、自分がモブキャラだのと言って否定するだろうけど。
そういえば露木の方は何だか友達ができたとか、嬉しそうに話していたな。しかもその相手が女子らしいけどな。
……これじゃあ桜小路が不憫でならない。
傍観者として二人の行方を見ていた節はあったけど、俺の中で二人を会わせたいという気持ちが膨れ上がった。それは事情を知っている俺だからそう思っているのか。
「……はぁ。俺ってお人好しだったかな」
まあ、でも好きな趣味を語り合えない桜小路の気持ちは分かる。俺だってゲームが好きで、今まで会話する相手もいなくって話したくとも話せる相手がいなかった。
俺は頭を掻いて、桜小路へ目を向ける。俯いて何度も溜息を吐く桜小路に、俺は何とか力になりたいという衝動に駆られた。仕方ない、俺が二人を引き合わせるか。
「で? 次の作戦とか何かあるのか?」
「作戦……残念ながらもうありません。いえ……ここまで失敗続きですと、どんなに作戦を企てても無駄かもしれません。だから私は――」
「俺が露木を屋上へ呼ぶよ。今度は逃げられないように出入り口付近を塞いでゆっくり二人で話せば良いんじゃないか。後はお前次第だ」
”諦める”と言葉を吐きかけた桜小路の言葉を遮って俺は言った。桜小路は見上げて数回瞬きをした。
「久瀬さんが露木君を屋上へ連れてきてくれる? 出入り口を塞いで……で、でも本当に上手く行くでしょうか?」
「さぁな。俺は連れてくるだけで、その後のことは桜小路が話をするんだ。逃げられない状態ならゆっくり話せるだろ?」
「……私は露木君と話せるのでしょうか……それが不安で今は自信がありません」
「学校のアイドルの姿はどこに行ったんだよ。最初はあんなに強気だったのに、何度も失敗して諦めるってのか?」
「私は学校のアイドルになんてなった覚えはありませんよ。きつい言い方ですが、ただ私がハーフで天然なブロンドの髪というだけで注目を浴びているだけで、みんなが勝手に私をアイドルにしているだけに過ぎません。みんなに優しく笑顔を振りまき、きっと高尚な趣味を持ち、近付き難い存在……みんな自分の理想像を私に押しつけているのです。その実、私はみんなと同じ人なんですよ? 悩みもするし、失敗もする。それにオタク趣味も持っている。何も変わりません」
その傾向が強いのは俺も同様だ。みんなが言う桜小路綺音という人物はお金持ちのお嬢様で、誰にも優しく、汚れのない純真無垢なアイドル、それらは噂で囁かれている事。実際、俺もそう思っていた。
その噂はきっと、桜小路はこういう人物で、こんな趣味を持っているに違いない、などと自分の理想像を語って、噂として流布され、真実のように広まってしまったのだろう。
そういえば人気のアイドルが彼氏を作ってはいけないという暗黙のルールが存在していたな。もし彼氏がいることをちらつかせると、ファンから猛反発を買い、炎上やアイドルに嫌がらせなどしたりする。
別に恋愛なんてその人の自由で、彼氏を作っても問題ないだろと俺は思う。これも価値観の違いなのか、既に出来上がっていた理想像に何か一つ自分の意に沿わなければ激情するのだろう。俺には到底理解ができない。
「学校のアイドルも大変なんだな」
「大変なんですよ」
しみじみと呟く桜小路。
もし露木が桜小路と付き合うようなことがあれば、露木は大変だろうな。その時は俺が何とかしてあげようか。
……というかなぜ俺はこうも自分から面倒事に突っ込もうとするんだろうか。
「取りあえず、俺は露木を屋上へ連れてきて、後は桜小路が好きにすればいいよ」
「そう、ですね……。何だか久瀬さんに頼りっきりですね私」
「惚れるなよ?」
「その心配はありませんよ。私、イケメンのリア充って嫌いなので」
「まるでオタクのような理由だな」
「オタクですから」
良い笑顔で言葉を返す桜小路に、俺は不覚にもドキッとさせられた。こりゃ学校のアイドルに誰もが惚れる理由が分かった気がする。
しかし、桜小路が話しかけたいという露木って、俺と違ってやっぱり主人公だよな。
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