アスタルテの百合 ―『恋愛栽培』前日談―
今日から新しいベビーシッターさんが来る。
あれは私が小学生時代、公園で変質者に襲われそうだったところを助けてくれたきれいなお姉さん。腰まで届く長さのまっすぐな黒髪に色白の肌の美人。あるSF小説の美少女ヒロインは、個人的にはあの人を連想させた。そして、あの人もあのヒロインのように「清冽な」美しさがあった。
アスタルテ(Astarte)。古代フェニキアの女神様に由来する、私のデビュー作『恋愛栽培』のヒロイン。彼女のモデルはあの人だ。私はカスタムドールとしてアスタルテを立体化したけど、他でもない、あのきれいなお姉さんをイメージしたものだ。
あのお姉さん、どことなく
お姉さんは細腕で変質者の男の首根っこをつかんで持ち上げ、「この子にヒドい事をしたら承知しないわよ」と脅した。とても「女の力」とは思えない。
男は、さんざんお姉さんを恐れて土下座をした。そして、失禁しながら逃げ去った。
「お姉さん、ありがとうございます」
「何とか間に合って良かったわ」
私たちは、しばらく公園のベンチに座っておしゃべりをしていた。お姉さんは、カサブランカの花のような良い匂いがした。そうだ、女神アスタルテの「聖なる花」は百合なのだ。
「そうだ、手品を見せてあげる」
お姉さんは、しばらく両手を合わせてから開いた。すると、そこには一輪の白い百合の花があった。
「これ、お守りよ」
お姉さんは、その百合の花を私の頭に飾ってくれた。甘い匂い。
私たちは一緒に家に向かった。玄関にたどり着いてから、お姉さんは別れを告げた。
そうだ、確かあのお姉さんの名前は「ヒナ」といったっけ。まさか、この松永さんという人は、あのお姉さんと同一人物?
そんな事はないか…いや、果心さんの例がある。もしかすると、この松永さんこそがあのお姉さんかもしれない。
《ピンポーン!》
約束より少し早い時間にチャイムが鳴った。私は玄関に行き、来客を迎えた。
「初めまして、こんにちは。いいえ、お久しぶりですね。覚えていますか?」
間違いない、あのお姉さんだ。あの頃から少しも変わらぬ若さと美しさ。やはりこの人は、果心さんと似たような存在なのだ。
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