はんぶんこ【日本】

 大学生の頃からおよそ20年東京で暮らしていた孝明さんは昨年、故郷に戻った。

「姉から母の具合が悪いと連絡があったんで。母とは折り合いが悪かったけど、父を看取れなかったからせめて母はと思って」


 ところが、お母さんは認知症が進んでいて孝明さんを忘れてしまっていた。彼を見るなり顔を歪ませ「ごめんね」と泣くばかり。そしてろくに会話もできないまま、亡くなってしまった。


 葬儀が終わり相続手続きに取り掛かろうとしている時、お姉さんが神妙な面持ちで戸籍謄本を持ってきた。見ると、知らない名前がある。孝明さんはお姉さんと二人姉弟のはずだが、戸籍上は『孝明』という同じ名前の弟がいることになっていた。


「誰?」


「あんたが大学生の頃よ。その日はお父さんも仕事でおらんかったけ、お母さんと私で対応したんよ」


 突然訪ねてきた男性は「北海道から来た」と言った。お母さんはそれでピンときたようだった。というのも孝明さんが生まれる少し前、お父さんは北海道に単身赴任していた。やはりというか、その人はお父さんが北海道で関係を持った女性との子供だった。何もいらないから父親に一目会いたいという彼をお母さんは追い返したそうだ。


「その人ね」


 ――あんたにそっくりやった


 彼を見て孝明さんが帰って来たのだと勘違いしたほどだ。顔も背格好も、声もそっくりだった。肩を落とし去って行く彼が可哀そうで、お姉さんは追いかけて無理やり食事をご馳走したそうだ。そこで彼自身について色々聞くと、何と誕生日も血液型も孝明さんと全く同じだということが分かった。しかも、幼いころから病気がちで入退院を繰り返しているところも、孝明さんと同じだった。


「家に帰ったらお母さんがね、あんたが生まれる前のこと話してくれたんよ。ある日私ね、お母さんのお腹を見て『赤ちゃん半分になっとる』っち言うたみたい。全然覚えとらんのやけど」


 そこで、いつから親子の関係がぎくしゃくし始めたのかを思い出した。ある年の夏休み、帰郷した孝明さんは寺社仏閣、宗教施設、霊験あらたかなパワースポットと、色々な場所に連れ回された。夏休みが終わり東京へ戻る彼を、お母さんは「私より先に死なんでね、頼むけ」と泣きながら引き留めた。以来異常なほど干渉してくるお母さんに嫌気が差し、帰省しなくなったのだという。


「やっと母の態度が腑に落ちたんだよ。僕はあと何年生きられるのかな」

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