じいじ【アメリカ】

 Uさんは20代の頃、結婚を機にアメリカへ移住した。移住当初は「年に一回は日本に帰るつもり」と言っていたのだが、すぐに子供が生まれ、帰国が難しくなった。

 彼女の母親は何度かアメリカに来たそうだが、父親の方は「飛行機がどうして空を飛べるのか全く理解できない」と渡航を拒否、彼女の結婚式にさえ出席しなかった。


 やっと帰国の目処がついたのが、子供が2歳になった頃だった。そんな矢先に父親が亡くなった。常日頃から「早く孫に会いたい」と言っていた彼の願いは叶わなかった。

 失意の中帰国したUさんは、実家に着くとすぐに仏間へと向かった。アメリカから持って来たお土産を仏壇に供え、静かに手を合わせる。

『遅くなってごめんね』


 子供はというと、初めて見る仏壇が面白いのかニコニコと機嫌がよさそうに笑っている。Uさんは父親に見せようと、抱えて膝に乗せた。すると、

「じいじ」

 と言った。仏壇の方へと手を伸ばしながら、はっきり「じいじ」と言った。


 Uさんは普段英語で会話をしている。子供も、英語しか話せないはずなのに。どこかで「じいじ」という言葉を聞いたことがあっただろうかと不思議に思った。


 仏壇への挨拶を終えてリビングに行くと、母親がお茶を準備して待っていた。


「お父さん喜んどるやろね、『じいじと呼ばせる』いうて張り切っとったんや」


 帰る時も玄関で靴を履いていると子供が仏間の方を見て

「じいじ、またね」と手を振った。

 Uさんは父親が会いに来てくれていたのだと理解した。もっとも、彼女には何も見えなかったが。


 ところで、最近Uさんには気がかりなことがあるそうだ。


「幼稚園にお迎えに行くと、子供とお友達が私の車を指さして『じいじ』って言うんです」

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