旅するにおい【中国】
大学の学生寮に住むSさんは、ちょっと変わったものを故郷に持ち帰ったことがあるという。
「ある時から寮の廊下が臭くなったんですよ」
Sさんの部屋は三階にあるのだが、その廊下だけ甘ったるい腐敗臭がしていた。例えるなら「バナナの皮を炎天下の中数週間放置したような臭い」だそうだ。
寮生たちは念入りに掃除をしたり芳香剤を置いてみたりしたが一向に臭いは消えない。
そのうちに、臭いはSさんの部屋の中へと移った。
悪臭の原因を突き止めようと、Sさんはルームメイトと共に部屋の隅々まで調べてみたが、臭いが出るような物は何も見つからなかった。
しばらくすると、部屋全体に漂っていた臭いは一ヶ所に留まるようになった。
それがSさんのスーツケースだった。
中身を確かめるためダイヤル式のロックを開けようとしたのだが何故か開けられない。Sさんは番号を変えた覚えはないし、もちろんルームメイトが勝手に触るわけもない。色々な番号を組み合わせて虱潰しに試してみたが、結局開けることはできなかった。途方に暮れたSさんが父親に連絡したところ、知り合いに開錠の専門家がいるという。
そこでSさんは次の休暇に臭いを放つスーツケースを持って帰ることにした。故郷までは高速鉄道――日本でいうところの新幹線である――で約二時間。窓を開けられない狭い車内で、臭いは一層濃くなった気がした。
そして彼女が実家に着くと早速父親が専門家を呼んでくれた。
果たして、中には綺麗にアイロンがかけられたシャツが四枚入っていた。シャツからはほのかに柔軟剤の香りがした。
では、異臭の元はどこにあるのか。もう一度よく探そうとしたSさんは気がついた。
臭いがしない。
「開ける直前まで確かに臭ってたんですけど」
開けたその日に実家で飼っていた二匹の亀が死んだそうだが、異臭との因果関係は不明であるとのこと。
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