第三章 雷太郎君、雲へ帰る

静電気族

『太郎、聞こえるか、太郎!』


 誰かに呼ばれたような気がして目を開けるとすでに日暮れでした。西の空は夕焼けに染まっています。どうやら半日近く眠っていたようです。雷太郎君は体を起こしました。周りには誰の姿もありません。聞こえてきた声は空耳か、あるいは夢でも見ていたのでしょう。


「ボクは、今どこにいるんだろう」


 周囲は円筒形の壁。ただし上部はぽっかりと開いて、暗くなり始めた夕刻の空が見えています。そして自分の体は何かの中に浸っています。最初に地上で出会った水たまりの中にいた時と同じ感覚です。ただこの水たまりには動きがありません。


(水たまりには二種類あるのです。普通の雨によって作られた水たまりは下へ下へと流れることしかできません。けれども雷が降らせる雨によって作られた水たまりは、自分の意思で流れることができるのです)


「そうだ、確かそう言っていたっけ」


 雷太郎君は三郎君の言葉を思い出しました。この流れは動きがないので、きっと前者の方なのでしょう。


「三郎君……」


 言葉を思い出すのと同時に三郎君の姿も思い出されました。初めて会った時の驚いた顔。なんでも親切に教えてくれた明るい笑顔。そして自分の腕の中で消えていった最後の姿。忘れていた悲しみがよみがえってきます。が、そんな思い出を振り払うように雷太郎君は頭を強く振りました。


「ううん、いつまでもメソメソしていても仕方ないや。それよりも、ここはどこなのか確かめなくっちゃ」


 雷太郎君は丸いものから頭を出して外の様子を眺めました。たくさんの光があちこちで輝いています。様々な色、様々な輝きを持つ光が消えたり灯ったり、あるいはずっと光ったまま、もう本当に数え切れないくらい輝いています。そしてそれらの輝きは全て、あの三郎君のようにたくさんのベータ族が一所懸命働いて輝かせているのです。そう思うと雷太郎君の胸には再び悲しみが満ちてくるのでした。


「なんだ、おまえ。こんな空き缶の水たまりの中で何をやっているんだよ」


 雷太郎君の目の前にいきなり誰かが現れました。雷太郎君はびっくりして答えました。


「あ、ボ、ボクは雷太郎君だけど」

「雷太郎? じゃあ、おまえ雷か。それにしちゃあ、やけにしょぼくれた顔をしているな」


 ずいぶんぞんざいな口のききかたです。雷太郎君はその相手を見つめました。電線の中を流れていたベータ族と同じ格好です。あるいは雷かもしれませんが、雷には滅多に会えないという三郎君の言葉を思い出すと、やはりベータ族と考えるのが妥当でしょう。雷太郎君は尋ね返しました。


「君は誰? ベータ族?」

「けっ、あんな奴らと一緒にするのはやめてくれ。と言って、雷族でもないぞ。おれさまは静電気族の電太様よ」

「静電気族……地上には色々な種類の仲間がいるんだね。はじめまして、電太君。よろしくね」

「電太君だと。いやになれなれしいじゃないか。まあ、見た目はしょぼくれていてもおまえは雷なんだから、別に君付けで呼んでもいいけどな」


 電太君は威張った顔をしています。それにしても静電気族とは一体どんな者たちなのでしょうか。雷太郎君は尋ねようとしましたが、先に電太君の方から尋ねてきました。


「そんなことより、おまえ、何だってこんな所にいるんだい、ちょっと話して聞かせろよ」


 電太君にそう言われて雷太郎君は地上に来てからの経緯を全て話して聞かせました。三郎君については特に詳しく話して聞かせました。力を使い果たして消滅してしまったところは、悲しみで心が乱されてうまく話せませんでした。電太君は真面目な顔で聞いています。


「ほう、それで、怒っちまって、箱を飛び出して、気がついたらここで眠っちまっていたって訳かい。それじゃあ、おまえ、もう雷の道を作れるってことじゃないか」

「やっぱり、あれは雷の道だったのか」


 雷太郎君はここへ来るときに見えた、あの波の道を思い出しました。自分の体から発生し、自分を導くように前へ前へと延びていった道。


「三郎君のおかげだ。三郎君がボクの力を引き出してくれたから作ることができたんだ」


 雷太郎君は今更ながらに三郎君に感謝しました。三郎君の消滅が自分の心に引き起こした怒り、それがあったから雷の道は作れたのです。もちろんどうやってあの道ができたのか、また、どうやって自分の思うままに操ればよいのかは分かりません。けれどもこれで雲への帰還は絶望的ではなくなったはずです。雷太郎君は胸の中に熱いものが込み上げて来るようで顔がくしゃくしゃしてきました。

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