雷次郎君の追及

 やがて雷太郎君が口を開きました。


「なあ、次郎。そろそろ戻らないか。いつまでもこんな所に立っていても仕方ないし」

「うん。そうだね。戻ろう」

「よおし、それなら競走だ。よーいどん」

「待ってよ、兄ちゃん。ボクだって走るのなら負けないぞ」


 二人は雲の上を走り出しました。雲の上は早く走ろうとするとずいぶん走りにくいのですが、そうでなければふわふわして、とても気持ちがいいのです。最初は二人とも一所懸命に走っていましたが、やがて雲の上を飛び跳ねるような走りに変わってきました。雲の上に映る二人の影も弾むように走っています。


「兄ちゃん、光太さんって優しそうだね」

「うん、優しそうだな」

「面白い話、いっぱいしてくれるかなあ」

「してくれるといいな」

「光太さん、雲の操り方、教えてくれるかなあ」

「それなら兄ちゃんだって教えられるぞ」

「駄目だよ兄ちゃん、すぐさぼるんだもん」

「ちぇ。兄ちゃんも光太さんに何か教えてもらおうかな」

「ボクのが先だよ」

「はは、いいよ。次郎はまだ知らないことがたくさんあるからな」

「兄ちゃん、さっき何が見えたの?」

「えっ!」


 雷次郎君の突然の問いに雷太郎君は驚いて立ち止まってしまいました。雷次郎君も走るのをやめて雷太郎君の顔をじっと見ています。真剣な眼差しです。


「次郎、今、なんて……」

「兄ちゃん、さっき何か見えたんでしょ。雷の道が見えたんじゃないの?」

「ど、どうしてそんなことを」

「だって、おかしかったもん。稲光先生に答える時、いつもの兄ちゃんじゃなかった」


 雷太郎君は言葉に詰まって何も言えません。雷次郎君は畳み掛けるように話します。


「兄ちゃん、見えたんだね。雷の道が見えたんだね。それならどうして嘘なんかつくの。見えたって言えばいいじゃない」


 雷次郎君にそう言われても、それは雷太郎君にも分からないことでした。それに見えたのが確かに雷の道だという自信もないのです。雷太郎君は首を振りました。


「次郎、考えすぎだよ。兄ちゃんには何も見えなかったんだ」

「ほんとに? 本当に兄ちゃん、なにも見……」


 と、その時遠くから声が聞こえてきました。


「おーい、二人とも、何をそんな所に突っ立っとるんじゃ。早くこっちに来んかあ!」


 稲光先生の声です。二人ともいつの間にか、修業場の近くまで戻っていたのです。


「ほら、稲光先生が呼んでいるぞ。急がなくっちゃ」


 雷太郎君は助かったとばかりに駆け出しました。


「ずるいや、兄ちゃん」


 うまく話をはぐらかされたので雷次郎君は不満そうに口をとがらせました。けれども稲光先生に呼ばれたのでは仕方ありません。雷太郎君の後についてしぶしぶ走り始めました。


「おお、太郎。えらいことになったぞ」

 稲光先生は走ってきた雷太郎君に向かって、待ちかねたように叫びました。

「まったく、こりゃ、久しぶりじゃわい。おまえたち運がいいぞ」


 稲光先生はだいぶ興奮しています。こんなに浮足立っている稲光先生を見るのは初めてでした。稲光先生のすぐそばには光太さんも立っています。


「先生、いったいどうしたんですか」


 雷太郎君は稲光先生に尋ねました。しかし稲光先生はまるでうわの空です。


「なあに、歳はとっても、まだまだ若いもんには負けんぞ。なにしろ久方ぶりの大仕事じゃからな、腕が鳴るわい」

「兄ちゃん、どうしたの」


 遅れて走ってきた雷次郎君も稲光先生の様子を見て変に思ったようです。雷太郎君は雷次郎君の方を向くと、なにも分からないといった調子で首を傾けました。


「そうじゃ、こんな所で油を売ってはおれんぞ。さっそく仕事に取り掛からねばな。二人とも詳しいことは光太君に聞いてくれ。光太君、しばらく二人を頼みましたぞ」

「分かりました」

「それから二人とも、しばらくの間、修業は中止じゃ。いつ再開するかはまだ分からん。それまで自分たちだけで修練に励むように。ではな」


 稲光先生はそう言うと、どこかへ向かってあっという間に走り去ってしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る