客人、雷電光太さん

「これ、おまえたち、いつまでそんな格好をしておるのじゃ」


 頭の上で聞き覚えのある声がしました。雷太郎君は恐る恐る顔を上げました。稲光先生が立っています。もう風はすっかりやんで以前と同じ青空が広がっています。正面に見えていた灰色の雲はまだありましたが、少し離れた所にぽっかりと浮かんでいるだけです。先ほどまで荒れ狂っていた暴風が嘘のようです。


「ほれ、早く立ってあいさつをせんか」


 稲光先生の隣には雷様が一人立っています。若い雷様で優しそうな顔をしています。稲光先生と並んで立っているので、なおさらそう見えるのかもしれません。雷太郎君は急いで立ち上がると、気を付けの姿勢をしました。


「はじめまして。ボク、いえ、私の名前は雷太郎です。太郎と呼んでくださって結構です」

「はじめまして太郎君。私は雷電らいでん光太こうたと言います」


 その雷様はとても優しい声で言いました。稲光先生とは月とスッポンです。


「雷電光太さん。じゃあ、光太さんと呼んでいいですか」


 雷太郎君の問いに光太さんはくすりと笑いました。


「もちろん、構いませんよ」


 それを聞いて雷太郎君は嬉しそうな顔をしました。稲光先生も、うむうむとうなずいています。


「これ、次郎。おまえも早くあいさつをせんか」


 稲光先生はまだ雲の上でうずくまっている雷次郎君の頭をぽこりと叩きました。雷次郎君はバネで弾かれたように飛び上がると、すぐさま気を付けの姿勢をしました。


「雷次郎です。は、はじめまして。次郎と呼ばれています」


 雷次郎君は少し緊張しているようです。光太さんはそんな雷次郎君を見てまたくすりと笑いました。


「はじめまして次郎君。雷電光太です」

「あ、あの、ボクも光太さんって呼んでいいですか」

「もちろん構いませんよ」

「本当ですか、やったあー」


 雷次郎君は小踊りして喜びました。


「なんじゃ次郎、おまえ太郎のあいさつを聞いておったのか。さてはうずくまっている自分が恥ずかしくて、わしが声を掛けるまで立てなかったのじゃな」


 稲光先生が探るような目で雷次郎君を見つめました。雷次郎君は頭をかきながら照れ笑いしました。それに釣られてみんなも笑い出しました。


「ははは。ところでじゃ二人とも。今回はどうじゃった。雷の道を見ることはできたかな」


 稲光先生は真顔に戻って二人に尋ねました。雷次郎君が残念そうな顔をしました。


「ボク、駄目だった。また目をつぶっちゃったんだ。でも雲の中の青い光は見たよ。それから、それがどんどん大きくなるのも。でもあんまりまぶしいし、風も強いから……」


 雷次郎君は話の途中で止めてしまいました。本当に残念そうです。なにしろ雷の道を見る機会というのは大変少ないのです。それに雷の道の作り方だけは教えてもらうことはできず、自分で見つけ出さなくてはならないのです。稲光先生は雷次郎君の頭に手を置いてにっこりと笑いました。


「なあに、がっかりすることはない。光が大きくなるところまで見られたのなら大した物じゃ、次の機会に頑張ればよい。太郎、おまえはどうじゃった。」

「ボ、ボクは……」


 雷太郎君は答えに困りました。確かにあの時、何かが見えたのです。しかし自分は目を閉じていましたし、それに見えたのが雷の道なのか、それとも別のものなのかもよく分からないのでした。雷太郎君はうつむいたまま答えました。


「ボクも目をつむってしまいました」

「ほう、すると何も見えなかったというのじゃな」


 稲光先生が刺すような目付きで雷太郎君を見つめました。雷太郎君は首を小さく縦に動かしました。


「はい」

「そうか、それは残念じゃったのう」


 稲光先生はにっこり笑うと雷太郎君の頭に手を置きました。


「二人とも、また次の機会に頑張ることじゃな。雷の道が見えねば、それを作ることもできんからのう」


 稲光先生は二人の頭から手を離すと光太さんのそばに寄りました。


「さて、おまえたち、今すぐにでも光太君にいろいろな話を聞きたいところじゃろうが、これからわしら二人で話がある。光太君とのお喋りはその後にしてくれ。では光太君、行こうか」

「はい、先生」


 光太さんが返事をするや、二人は雲の中央部へ向けて走り始めました。そしてあっという間に見えなくなってしまいました。雷太郎君と雷次郎君は何も言わずに二人が消えて行った方を見つめていました。

 雲一つない青空の上では、いつもと同じく今日もお日様が輝いています。光太さんが来なかった昨日までと何も変わりません。二人はしばらくの間、そこにぼんやりと立っていました。

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