番外編① 1-1 炎節

 容赦のない第五外周区の夏が、挽歌の身体を直射日光で焦がしていく。

 クール・ビズとして九九式機関の制服は風通しの良い夏物に衣替えされているが、それでも身体が炙られているかのように錯覚するほどの暑さだ。


 本来は解体師という身分を証明するために着用が義務づけられている上着だが、流石の挽歌でも脱いでいる。厳めしい黒地に赤を基調としたデザインは、貪欲に太陽光を吸収して着用者の効率性を下げるだろう。職業柄、動きが鈍ることはそのまま死に繋がる。誰も守っていないような規則よりも命が大事なのは生真面目な挽歌も同じなのだ。


「し、しかし……暑すぎるぞ……!」


 お情け程度に耐衝撃ファイバーで編まれたワイシャツとスカートという拵え。規則を破っているという僅かながらの罪悪感からか、腰には件の上着を巻き付けている。

 一見すれば、学校に通っている平凡な少女にも見える。


 しかし、挽歌は第一級解体師である。平凡とはかけ離れた世界で生きる人間の一人だ。


「夏は嫌いだが、私の人生に再び夏が来ることは良いことだ」


 自然に還りつつある廃墟のどこかで蝉が鳴くのを聞きながら、挽歌は独りごちた。

 夏が来れば気温が上昇し、体温を調節するためにエクリン腺から汗が造られる。それは挽歌が生きていることの証明であり、この身に燃えるような魂が宿っていることの裏付けだ。


 以前まで、解体師は案外呆気なくこの世を去る職業だった。

 『だった』と過去形なのは、最近は解体師の死亡率が著しく低下しているからだ。無論、非戦闘員などの職業と比較すれば死亡率は群を抜いて高い。しかし、以前と比較すれば死亡者が一段と減っているのが体感できるし、記録でも減少傾向にある。


 これには『レプリカント=セヴン』という機神を解体するためだけに構成された組織が正式に運用を開始したことが大きく影響している。


 本来、機神を解体する任務を請け負っていたのは挽歌のように番号付きカーネルを所持している解体師や廃品回収業者だった。しかし、機神の解体任務は『死刑宣告』と揶揄されるほどに成功率の低い任務であり、挽歌もこれまでに数多もの解体師が命を散らすのを見てきた。


 だが、現在は『レプリカント=セヴン』が機神の解体を専属で行っているため、番号付きカーネルを所持する解体師がレプリカントの解体、量産型カーネルを所持する解体師が防衛都市内の治安維持、といった具合に以前よりも安全な任務に就くことができるのだ。

 そのため、九九式機関は以前よりも解体師の死亡数を抑えることに成功している。


 これは『レプリカント=セヴン』の開発者である十掬の思惑通りだろう。一機の機神に対して何人もの解体師を消費しなければならないという『非効率な』状態を厭っていた彼女は『レプリカント=セヴン』というシステムで無理矢理『効率的』に変えた。


 確かに生き延びられることは、解体師である挽歌にも嬉しいことである。

 しかし、機神という存在に対して耐えがたいほどの怨恨から解体師になった者はどうか。


「……私の存在意義とは、何なのだろうな」


 挽歌は自分自身が何のために生きているのか、自問する。しかし、『レプリカント=セヴン』に存在意義を奪われた彼女は答えを出すことができなかった。


 解体師の中には、挽歌のように機神を殺すためだけに解体師になった者も少なからず存在する。彼らは社会的身分や金銭のために命を賭しているのではない。自己に宿る正義を為すためにカーネルを握っているのだ。


 『レプリカント=セヴン』によって機神を殺す権利を奪われた解体師には、彼らに強い敵意を抱いている者もいる。そもそも解体師は社会的地位の高さ故か、自尊心が強い人間が多い。解体師のほうが優れていることを九九式機関上層部に証明するために彼らに勝負を挑み、返り討ちに遭った仲間を挽歌は何人も見てきた。


 挽歌はそんな無謀な真似はしない。


 努力や才能では埋め切れない格差を身を以て体験した挽歌には、そのような蛮勇を奮い立たせることができなかった。ましてや、あの壱外のような機神兵以外にも六体も化け物のような強さを誇る機神兵が存在するという事実に怖気すら感じてしまう。


 ――いや、七体だったか。


 公表はされていないが、『レプリカント=セヴン』には八体目の機神兵が存在する。

 それは、かつて仕事を共にした零式という少年である。


「……」


 零式はアーセナルという機神を救うため、機神兵となって壱外から彼女を守った。

 現在では、九九式機関が零式とアーセナルの安全を保証する代わりに『レプリカント=セヴン』の八体目として各地を飛び回らせているとのことだ。

 数ヶ月の間、彼と再会する機会はなかったが息災であろうか。


「零式……」


 かつては尊敬と共に恋慕の念を抱いていた簡易識別名を消え入るように呟いた。

 自身が追いかけていた背中もずいぶんと遠くなってしまったものだ。目星を付けていた獲物を毎度のように横取りされていたのが、遠い昔のように感じる。


「……そういえば、あいつは何処に行ったのだ?」


 ふと挽歌はとある人物のことを思い出した。


 解体師には『学習期間レインフォース』という制度がある。これは新米解体師の無駄死にを避けるために、ある程度の経験を積むまで先輩解体師と行動を共にするというものだ。廃品回収業者にも『学習期間』は適用されるため、先輩と後輩に両者が混ざるという組み合わせも珍しくはない。


 挽歌は今、先輩解体師として後輩の廃品回収業者を指導する立場にあった。

 解体師として挽歌は後輩を指導するに値する力量の持ち主だ。加えて、後輩として配属された少女は飄々とした性格ではあるが、飲み込みの早い良くできた後輩である。


 問題を挙げるならば、その後輩と離ればなれになっている現状である。

 彼女は何にでも興味を示すため、目を離すとすぐに見失ってしまう。後輩が命を落とせば先輩である挽歌の責任となるのだが、彼女に限ってその心配は必要ないだろう。

 任務の打ち合わせの際に目的地は確認してあるため、周辺を捜索するよりも目的地に向かったほうが合流できる確率は高い。


 そのように判断した挽歌は、レプリカントが待つ目的地へと足を急がせるのだった。

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