4-5 神を冒涜する七つの手段

「挽歌さんに記憶を失っていることを伝えないで良かったんですか?」


「構わない。僕は機神兵で、彼女は解体師だ。もし今後、僕と彼女が敵同士になることがあれば、僕は彼女を始末しなければならないし、彼女も僕を解体しなければならない。だから、これくらいの関係性が丁度良いんだ」


「そうですか……」


 どこか寂しげな声色で零式は言った。大多数の記憶を失ったとはいえ、セナの記憶から生成されたパッチによって彼女が数少ない親しい存在であったことは覚えている。


 だが、住み分けは必要だ。

 油と水の関係のように、機神兵と解体師で交わることはない。


「セナ、準備は良いか?」


 集合場所として指定された会議室の前で、零式は主である機神の答えを待つ。右手首に填められた機神歯車が回転を始め、身体に迸るエネルギーの感覚。


 身体に収まりきらないエクトプラズムが、濃霧のように溢れ出す。世界を改変する禁忌の力を何時でも発動できるように、万全の準備を施した。


【はい、内部に巨大反応が七件存在します。留意ください】


 その答えと同時に、零式は会議室の扉を開き、足を踏み入れた。

 瞬間、肌で感じることができるほどに強力なエネルギー反応が存在することを察知する。だが、この部屋にはそれよりも強烈な思念が籠もっていた。


 それは、『敵意』である。


「遅えぞ、零式。てめえは五分前行動って言葉を知らねえのか?」


「すまない。そこで旧友に出会ってしまってね。だけど、時間はぴったりだろう?」


 壱外に悪態を吐かれつつ、零式は用意されていた椅子に腰掛けた。大きめの長机を囲むようにして九人分の椅子が配置されている。


 椅子に腰掛けた後、零式は周囲を眺めた。


 その場には支部長である十掬と壱外を初めとする七人の機神兵が揃っている。

 しかし、零式を含めた八人の機神兵全てが機神と接続しており、多種多様な色合いのエクトプラズムが垂れ流しにされている。


 それは、仲間同士で警戒していることを意味していた。

 この場に存在するのは、神を冒涜するために作られた存在である。言わば、冒涜者である彼らは、仲間であろうと『解体対象』として等しく敵意を向けていた。


「『レプリカント=セヴン』が集合するのは、これが初めてだな」


 一番奥の席に腰掛けている十掬が、虚ろな目を八人の機神兵それぞれに向けて言った。

 本紫色の機神歯車――漆黒の喪服に身を包んだ青年は、火の点いた煙草を咥えていた。

 常磐色の機神歯車――浴衣を着た少女は、特徴的な訛りで己の機神と喧嘩をしていた。

 露草色の機神歯車――狐のように目の細い青年は、一瞬だけ刃のような視線を見せた。

 山吹色の機神歯車――車椅子に座る女性は、焦点の合わない瞳で何処かを眺めていた。

 瑠璃色の機神歯車――どこか泰然とした雰囲気の青年は、ただ静かに目を瞑っていた。

 真紅色の機神歯車――にこにこと笑顔を絶やさない少女は、必死に何かを食べていた。

 琥珀色の機神歯車――誰もが美少女と見紛う美少年は、何故か頬を染めて俯いていた。

 そして、白銀の歯車。

 零式は、それら全てを自らの敵であると定義した。


「さて、問題は予定されていなかった八番目の『レプリカント=セヴン』だ」


 十掬の一言で、全ての視線が零式自身に集中していることに気がつく。気に食わないような視線もあれば、穏やかな視線も混じっている。


 しかし、それらが敵視であることは零式にも理解はできる。


「零式。貴様は『レプリカント=セヴン』として、全ての機神を解体すると誓うか?」


 その十掬の問いには、答えは一つしか用意されていない。彼女の意志にそぐわない回答を答えようものなら、この場にいる機神兵に解体されてしまうだろう。

 だから、零式は敢えて彼らの代弁をするように答えを用意した。


「ああ。君たち全員を含めた機神と機神兵、全てを解体してみせよう」


 宣戦布告と呼べる答えに、異論を唱える機神兵は一人も居なかった。この場に居る全員が零式と全く同じことを考えているからだ。


 だが、その中で十掬だけは心底嬉しそうに笑っていた。


「――良いだろう。それでこそ『神を冒涜する七つの手段レプリカント=セヴン』だ」


 自身の機神を、セナを守ることができるなら、他の機神などいくらでも解体してやる。


「零式、貴様をチェス盤に歓迎するとしよう。私の駒として働いてくれたまえ」


 目の前には道が続いている。

 それが茨の道であろうと、歩くことができるなら、歩いてやろう。  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る