第5話 シップ・シークレット

 港まで、あと一日。明日には、港へ着く予定の列車の倉庫の中で、私はアデルちゃんとチケットを見せ合いっこしていました。

「…席、お隣だと、いいね」

 アデルちゃんは静かにそう言って、チケットを見つめて、目に涙を浮かべていました。

 アデルちゃんは、お父さんがいなくなってしまったのです。私がもし、お隣じゃなかったら、どうしよう…。とても、不安でした。

 すんすん、と鼻を鳴らして泣いているアデルちゃんの頭を撫でていると、メアリーさんがこっちにやってきました。

「…お客様、大丈夫ですか?」

「あ、あの。…えっと…。…こ、このチケットって、お席は決まってるんですか?」

 気になっていることをきちんと聞いてしまわなくては。

 もし、もし席が決まっていたら。お隣のお席になるのはどうするか聞けばいいのです。

 大人の人だって、アデルちゃんが不安でたまらないことをお話したら、譲ってくれるかもしれません。

 そうでなくても、近くのお席になる方法は、あるかも…。

「お客様。そのチケットは、仮のチケットでして…。席は、私どもではどうすることも……いえ、出来ることをしましょう」

 アデルちゃんの頭を撫でて、メアリーさんはばたばたと、本当に珍しく、ばたばたと走って、他の乗務員さんたちのところへ行きました。

 それからしばらく、お電話でお話しをしていました。

 メアリーさんはそのとき、とてもむずかしい顔をしていて、何度もお願いします、と言っていました。

「お客様、お客様、チケットをお出しください!」

 走ってきたメアリーさんが、嬉しそうに私たちにそう言いました。

「……少々、お待ちください。裏に書いてきます」

 そう言って、私たちのチケットを持って、倉庫の端っこからペンを探し出すと、メアリーさんはそれに何かを書いてくれました。

「……お客様、こちらのチケットを、けして失くさないでくださいね」

 メアリーさんが返してくれたチケットの裏を見ると、『b-23』という文字と、『b-24』という文字が書いてありました。

「b列の23番目と24番目…。かなり後ろの席ではありますが、取ることができました。…これぐらいしか、してさしあげられなくて、申し訳ありません」

 メアリーさんの言葉に、私とアデルちゃんは首を振りました。

 だって、これは、特別なあつかいです。普通なら、してもらえるようなことじゃ、ないんです。私もアデルちゃんも、分かっていました。

 何度も、ありがとうございます、とお礼を言ってチケットを失くさないように、私のうさぎさんのカバンの中にしまいました。

 小さなポッケの中に入ったチケットは、二枚。私と、アデルちゃんの分です。

 大人の人たちは、とても小さい私たちのことを、ときどき、心配そうな目で見ています。でも、今だけは、大人の人たちは、優しい顔で私たちを見ていました。

 それが何だかくすぐったくて、でも嬉しくて、私とアデルちゃんは、にこにこ笑って配られたキャンディを食べました。

 イチゴの味は、いつもよりとってもおいしくて。大変なことがたくさんあったけど、『ハイジ号』での旅行は、楽しいことだってありました。

 お船の旅も、きっと楽しくなる。私は、そう思いました。

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