第4話 ブロック・シークレット

 私たちは二日間、その倉庫でじっとしていました。

 進路を変えるために、乗務員さんたちは昼間、たくさん動いていました。あの化け物…『バンダースナッチ』は、昼間は動かないので、夜には運転士さんだけが倉庫にいなくなります。

 港に着くまでには、後どれくらいかかるのか、私にもアデルちゃんにも分かりません。

 大人の人たちは、みんな、どこか怒っているようでした。あの大きな、熊さんに似た男の人だけは、静かで、怒っていないみたいでした。

 アデルちゃんは時々、ぽろぽろと涙をこぼしてお父さんの名前を呼びます。大人の人には聞こえないように、小さな小さな声で呼びます。私はそのたびに、ぎゅっとアデルちゃんを抱きしめるのでした。

 ある日、メアリーさんが私たちの傍に座りました。お仕事は落ち着いたのか、もう夜になったのか、窓のない倉庫にいる私には分かりませんでしたけど、メアリーさんはやさしくアデルちゃんの頭を撫でて、タオルをくれました。

「あまり、目をこすってはいけませんよ、お客様。……ふかふかのタオルです、こちらで涙をお拭きになってください」

 メアリーさんはそう言って、アデルちゃんの顔をそっとぬぐってくれました。

 それからしばらく、メアリーさんは私たちと話をしてくれました。

「進路は無事に変わりましたよ。ですから、そろそろ『バンダースナッチ』の噂が立っていたところから、離れていきます」

「そうなのですか?」

「えぇ。…ですが、念のために、お客様は倉庫にいてくださいね。何かあってしまってからでは……遅いですから…」

 そうメアリーさんは、悲しそうな顔で言いました。

「で、でも、化け物が出たのは、メアリーさんのせいじゃないです!」

「ですが、わたくしたちの動かした列車で起きたことです。……でも、ありがとうございます。あなたは、やさしい子なのですね」

 メアリーさんの顔に、少しだけ笑顔が戻りました。

 私はほっとして、アデルちゃんを見ました。

 アデルちゃんはちょっともじもじしながら、ぽそぽそと呟きます。

「…メアリーさん、タオル、ありがとう…」

「いいんですよ。どういたしまして」

 笑って、メアリーさんは立ち上がりました。大人の人たちはみんな集まっているので、そっちに行ったのでしょう。

 アデルちゃんは不安そうにタオルを抱きしめています。

 私もうさぎさんのリュックを抱きしめて、早く港に着いたらいいのにな、と思いました。

 倉庫の中は電気がついていて、明るいのですけれど、それでも私たちは体をぴったりくっつけて座っていました。

 眠くなったら、配られたブランケットにくるまって眠ります。倉庫の床は硬くて冷たくて、それも悲しくて、アデルちゃんといっしょに、泣いたこともありました。

 アリシアお姉さんは、大人たちの話に混じっていることもあれば、一人でぶらぶらと倉庫の中を歩いていることもあります。

 ときどき、私たちのところに来て、配られたチョコレートや、硬いビスケットなんかを、分けてくれました。

 大人の人たちは、難しい話をしていました。お船に乗るチケットのこととか、本当に『バンダースナッチ』の住んでいる場所から離れているのかとか、ときどき、乗務員さんたちに怒る人もいました。

 そういうとき、あの熊さんみたいな大きな人が、その人を落ち着かせてくれます。

「いつまでも、そんなことで責めてたって、解決するわけじゃねぇだろ。それに、こいつらは俺たちに出来ないことをしてくれてるんだ。怒ったってしょうがねぇ、落ち着いて水でも飲みな」

「あ、あぁ…。そうだった…。君たちは、『バンダースナッチ』がいるかもしれないのに、列車の中を歩いているんだったな…」

 落ち着いた声で言われると、どんなに怒っている大人の人でも、ふしぎと静かになるのです。

 熊さんみたいな男の人は、きっとすごい人なんだろうな、と私は思いました。

 そんなことを思っていると、アデルちゃんが私の服をくいくい引っ張ります。

「どうかしたのですか?」

「……あの、ね…。チョコレート、いっしょに、食べよ」

「はい!食べましょう!」

 アリシアお姉さんからも分けてもらったチョコレートを、私はアデルちゃんといっしょに、もぐもぐと食べました。

 甘いチョコレートの味は、なんだか安心するような気持ちにしてくれて、私たちは顔を見合わせてくすくすと笑いあいます。

 そこにアリシアお姉さんがやってきて、隣に座りました。

「なぁに、二人で秘密のお話し中?あたしも混ぜてよ」

「ふふ、はい!」

「……うん」

 チョコレートを三人で食べていると、アリシアお姉さんはとつぜん、こんなことを言い出しました。

「港に着くの、いつになるんだろ、あんたたち知ってる?」

 私たちは顔を見合わせて、首を振りました。

「そっかー。ま、そうだよね。でもそろそろ教えてくれないかなぁ」

 アリシアお姉さんも、不安だったのです。

 大人の人たちも、きっと不安なのでしょう。

 私たちより、たくさんのことを知っているのです。だからその分だけ、きっと私たちよりも、もっと不安なのかもしれません。

 そこに、きれいな、よく響く声が倉庫の中を通りました。

「お客様方、大変長らくお待たせいたしました」

 そう言って、メアリーさんたち、乗務員さんは、頭をさげました。

「明後日、この列車は港につく予定です。ご連絡が遅れましたこと、誠にお詫び申し上げます」

 ――港。

 お船に乗るのでしょうか?

 それとも、その港から違う列車に乗るのでしょうか。

「つきましては、皆さまに仮のチケットを配布いたします。こちらを乗船場にて、引き替えて、『アーデルハイト号』にご乗船いただく形となります」

 アーデルハイト号。聞いたことのないお名前の船でした。

 私たちは手書きのチケットを一人、一枚ずつもらいました。

 チケットを見ながら、私はアデルちゃんやアリシアお姉さんのことを考えました。

 近くのお席だったらとってもいいな、とか、そういうことでしたけど、なんだか、とても楽しい気持ちでその日を過ごすことが出来たのでした…。

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