第19話 青の抹消編⑤ 狼の咆哮

           ―――――2年前―――――

「はぁ……はぁ……ちくしょう…」

「いい加減諦めろ。お前に俺は倒せねぇよ」

石川智樹は単身で鷹山葵たかやまあおいに喧嘩をふっかけていた。こんなことは1度や2度ではない。第三者に頼まれて鷹山と喧嘩をすることもあったが、ほとんどは智樹が一方的に仕掛けたもの。1対1タイマンでは他の誰にも負けたことがない彼がただの一度も鷹山に勝ったことはない。その事実を認めたくない、信じたくないという意地。誰にも負けない腕力の持ち主という自らのアイデンティティを維持するため彼は戦い続けていた。

 そんな智樹の無謀で身勝手な挑戦にも決して拒否はしない鷹山も今日の彼には呆れていた。顔は腫れあがり意識も朦朧としているが、頑なに敗北を認めず鷹山が帰るのを許さない智樹の執念深さを。

 始まってから1時間以上が経ったこの戦いはほぼ終わっている。ダウンした智樹が数十秒の間隔を置いて立ち上がり鷹山にパンチを繰り出すがあっさりいなされて代わりに鷹山の拳が智樹の顔面や腹部に炸裂しダウン、このループがもう30分は続いている。戦いは明らかな泥仕合。

黒狼ウルフ……お前はなんで立ち上がる?こんな戦い何の意味があるんだ?これが正義の鉄槌だってんならそれこそ無意味だ。俺にこの街をどうこうしようなんて野心はない。俺を倒したところでなんのメリットもないぞ」

「……そんなこと、考えちゃいねぇよ……俺は…正義の味方なんかじゃねぇからよ。俺はただ…お前のすかしたゴリラヅラに………」

「お前…誰かに脅されてるだろ?人質でもとられたか」

「何…言ってんだよ…」

「普段のお前は無鉄砲だが引き際はわきまえてる。そんなボロボロになっちゃあ親も心配するだろうからな。だが今日はなりふりかまわず突っ込んでくるバカ丸出しの鉄砲玉だ。俺が本気で相手してたら今頃意識ぶっ飛んでるぞ」

「うるせぇ……。まだ決着はついてねぇ」

「言ってる場合じゃねぇだろ。さっさと案内しろ、どうせ近くにいるんだろ?」

「鷹山……」

「まったく…世話が焼ける1匹狼だな」

鷹山は智樹の肩を担ぎながら歩きだした。



          ―――――回想終了―――――

 時刻は11時30分を過ぎた。東条はまだ『青の抹消ブルーブレイカー』と戦闘中だ。戦況は優勢だがこの追い風がいつまで続くかわからない。だが俺が鷹山たかやまを倒せばこんなバカげたゲームはさっさと終わる。なのにこの期に及んで俺は迷っているのか……。この巨躯と対峙することを恐れているのか……。奴の眼光を見れば見るほどこの1対1タイマンがまったくの向こう見ずだと思い知らされる。こっちは1年近い間ろくに喧嘩もせずにのうのうと学校生活を満喫していたが、あっちはこのフィールドで数々の死闘を繰り広げてきた猛者。正面からぶつかれば無残に返り討ちに遭う。かといってこの土壇場をひっくり返せるような奇策なんて用意できるわけがない。


 ちくしょう……自分の無力さが憎い……!みずから生存競争から逃げ出して牙を研ぐ努力を怠った自分が憎い……!


黒狼ウルフ…まさか本当にるつもりなのか?」

「今さら何言ってんだ。お前が仕掛けたゲームだろうが」

「俺はさっき勝敗に関わらず天道は開放すると言ったんだぞ。お前が敗北を認めてここから去ってくれれば30分後には奴は家に帰れるんだ。今のお前が1対1タイマンでやった所で勝ち目がないことはわかってるだろ。負け戦なんだよ」

「そんな口約束誰が信用するんだよ!?お前らが天道に変ないちゃもんつけて、ここに監禁したのは紛れもない事実だ!こんなゴミ溜めみたいな所でコソコソたむろしてるクズだろうがよお前らは!今更情けなんかかけてきやがって、胸糞わりぃんだよ!」

「オイオイ、そんな言い方はないだろ。俺とお前はいっぱい喧嘩もしたけどよぉ…」

「うるせぇ!!の戯言なんざ聞くかよアホが!!グループ同士の抗争だの戦争だの、勝手にやってろ!俺はさっさと仲間を助けて2度とこんな所には来ない……2度と過ちは繰り返さない……お前のツラ見るのもこれが最後だ」

黒狼ウルフ…」


 気を引き締めろ……奴の口車に乗せられるな……。俺が負けを認めて帰ったら天道はこいつらにボロボロにされるかもしれない。引きずりまわされた挙句、電柱にでも吊るされて『青の抹消ブルーブレイカー』の脅威度を知らしめる広告塔にされるかもしれない……。


 ぐだぐだ考えても仕方ない。攻める……!!

右手を振りかぶりながら鷹山に向かって駆け出す。だが本命は右手の握りこぶしじゃなくてこっそりポケットに仕込んでおいた野球ボール。鷹山との距離が2mほどになった地点で左手でボールをスイング。これで不意をつけるはず……。

 だがその動きを予期していたように鷹山はあっさりと左手でボールをキャッチしてがら空きだった俺の右腹部に蹴りを入れる。

「くぅっ…」

「ずいぶん情けない声で鳴くじゃないか、黒狼ウルフらしくもない。こんな小細工もお前らしくねぇな」

蹴りを入れられてよろめいた俺にすかさず鷹山の蹴りが繰り出される。今度は顔面にクリーンヒット。そして先ほどキャッチした野球ボールを俺の口にぶつける。

「~~~っ!!!」

歯に激痛が走る……うまく口が開けられない……。

おそらく前歯の何本かは折れている。だがこのままやられっぱなしじゃ終われねぇ…!

「あああああ!!!!!」

やや前のめりの姿勢から鷹山の下腹部に頭突き!思わぬ奇襲に鷹山の体勢が崩れる。しめた!今度は奴の後頭部をめがけて両手を重ねてハンマーのように振り下ろす。これが上手く決まって鷹山の巨体が地面に突っ伏した。よし!勝てる!!

 勝利を確信したのもつかの間、鷹山は背筋ですぐに姿勢を戻して立ち上がる。

「がっかりしたぜ黒狼ウルフ……昔のお前なら今の一瞬の隙を逃さなかった。さっさと決着をつけるべきだったんだ。腑抜けたな……」

「そりゃあ…しばらく荒っぽいことなんかしてないからな」

「諦めな黒狼ウルフ。お前に俺は倒せねぇよ」

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