第五話 持つ者と持たざる者

「今日も暑いな」

「……」

 塔の上部。天井付きの庭園。白い服の少女は返事をしなかった。

 すこし眉を下げている。無表情よりはマシか。

「なんだ? 悩みがあるなら話してみろ」

「わたくしと違って、おモテの騎士様きしさまには悩みがなさそうですわね」

魔力まりょくを持たない者はぞんざいに扱われています。ご存じありませんか?」

 イーはさくの中で椅子から動こうとしない。

 そっぽを向いてしまった。なにがなにやら。

「それでさ、怪盗かいとうが出ているらしい」

「ふーん」

「出没場所を記した地図、見るか?」

 取り出した地図を見ずに、おれの目を見つめるイー。

「あなたは関わらないほうがいいと思うわ」


 イーは珍しくさくの中から出てこない。

「おれの手に負えない相手ってことか?」

「比較的高い魔力まりょくの持ち主が狙われていて、セキュリティが破られた跡もなし」

「つまり?」

利権りけんや、魔力まりょくのない者が絡んでいる、ってことよ」

「犯人はおれだったのか」

「違うでしょう」

 珍しく、イーが微笑ほほえんだ。

 やったぜ。いや、やったのはおれじゃない。

「あなたと一緒に育った人たちは?」

騎士きしになれなかった仲間は、国を出ていった」

 魔力まりょくがないと暮らすのが面倒だから、気持ちは分からなくもない。

 どこで何をやっているのか。魔法まほうがないと連絡も難しい。

「ヴァトカインの闇ね」

「事件に関係が?」

「ないわ」

「あいつらの仕業じゃないならいいか」

 犯人が動く夜まで待ちだな。

 北の塔は今日も平和で、眠くなる。弓の練習しないと。

 ああ、横になると石の床が気持ちいい。

 まぶたがとじる。


 目を開けると、少女の顔が近くにあった。

 磔にされたおれは何かの儀式ぎしきに使われるのか?

「石の上で寝ると風邪ひくわよ」

「起こしてくれたのか。悪いな」

魔法まほうで筋肉を刺激しておいたから。疲れているでしょう?」

 イーの言うとおり、全身に疲労感が。気合い入れてやりすぎ。

「疲れたというより痛い」

 解放されたおれは、塔の西側の椅子に座る。隣に少女が座った。

「ね。運動しなくてもきたえられるでしょう?」

「そうだな。今日はさくの外に出ないのかと思ったぞ」

「寂しかった?」

「ああ。筋肉見せてみろ」

「嫌よ」

 サボってるんじゃないか? 笑顔が見られたから、よしとするか。


 夜もけた。欠けた月以外に明かりはほぼない。

 イーの合図を待つおれは、町を見渡せる公園にいた。ほかに人はいない。

 突然、南東にあわひかりはしらが現れた。

「のろし? 合図ってこれか」

 怪盗かいとう魔法まほうで入り口を開けてないのに、どうやって見つけたのか。

 あいつに隠し事はできないな。

 と思ったが、隠していることも、うそいたこともなかった。

「じゃあ、別にいいか」

 つぶやいたおれは、立ち並ぶ木に注意しながら現場に急いだ。明かりを持ってくるべきだった。

 民家。玄関は開いている。

 光の網で結界けっかいができていた。さすが相棒あいぼうだ。寸分すんぶんくるいもない。

「強い魔力まりょくの持ち主だったのか。災難だったな」

「あたしは、普通」

 ピスチャは仮面かめんをつけていた。

「つまりここは彼氏の家だったのか」

「本当に、変な人。早く捕まえて」

 おれが状況を理解するためには、住人の説明が必要だった。


 怪盗かいとうを捕まえた翌日。北の塔。

魔力まりょくの強い者から盗んで、魔力まりょくのない者に与える、か」

「ビオレチで盗品とうひんをやり取りする計画だったようね」

 白い服の少女はさくの中で座っている。緑に囲まれ、花に話しかけているように見えた。

 東にある、海のように大きな湖の先にある町、ビオレチ。

 湖にむモンスターのせいで簡単には辿たどけなくなっている。

 おれは塔の端で、柱に背をつけて眉をしかめる。

「なんか、嫌な感じがするぜ」

「まだ証拠はないけど、そのうちなんとかするわ」

 イーにしっぽをつかませない共犯者。あるいは首謀者。

 この手でつかんでやる。


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