第14話 剣豪の腕前


 窓からやすやすと侵入を果たしたアドルフは、部屋を見回して内部を確かめる。

 古びた大時計と、年代物であろう椅子が1脚。あまり大きな部屋ではない。だが、閑散とはしていても、殺風景ではない室礼しつらいが、古き良き時代を思わせる。

 酔っぱらい兵士が言うには、この家には地下室があるらしい。そして、その鍵が古時計だということだ。


 アドルフは酔っ払いの言うことを鵜呑みにしていたわけでは決してない。だが、彼の言った事はここまで全て合っている。これで地下室の入り口でも見つかれば完璧だ。そしてそうなると、いよいよ囚われた剣士とご対面である。


 部屋の角に鎮座する時計は、既に止まっている。アンティークなデザインはかなりの年代物のように見えるが、埃一つ見当たらない。少々塗料が剥げているところはあっても、壊れている所はない。よく手入れされている事が伺える代物だ。

 文字盤はアドルフの顔とほぼ同じ高さで、振り子だけでも1mはある。たとえ動いていなくとも、重厚な雰囲気も相まってかなりの存在感だ。


「確か、ここをこうして……と」


 アドルフは振り子の収まっているガラス戸を開けて、振り子を引っ張った。スポンと抜けた振り子の根本は鍵の形をしている。


「これだな。こんなもんまで押収しちまうとは、本当に容赦ねえな」


 時計の所有者は今もこの家に住んでいるが、この時計や地下室などの一部施設をアーツ軍に奪われている。


 アドルフは鍵の部分を、振り子のあった所の奥、左側に僅かに開いた隙間へ差し込んだ。するとカチっと小さな音がして、古時計が少し浮いたように持ち上がる。それを手で壁とは反対側、左の方へ押すとにじり口のような扉が現れた。

 アドルフは思わず口笛を鳴らしたくなるのをぐっと堪える。ここで余計な騒ぎを起こしたくない。

 振り子の鍵を差し込んで、そっと扉を開いた。


 扉の奥は長い階段が続いている。踊り場をいくつか通過して、ようやく開けた場所に出た。廊下を渡ると、今度は普通サイズの扉に行き当たった。

 中の様子は伺えない。しかし、壁は天井まで繋がっておらず、すり抜けられるくらいの隙間がある。幸い壁はレンガ造りだ。アドルフはレンガを足掛かりに。すいすいと壁を上ってゆく。


 壁を上ると、梁が剥き出しになっている。アドルフは梁に手を伸ばし、そっと部屋の中を覗き込む。すると、男が一人、椅子に縛り付けられた状態で座らされていた。

 男は焦げ茶色の髪に細目の月代を入れ、頭の高い位置でひとつに括っている。黒髪でなかったことに、アドルフはオウエンではないと確信した。


「大したもんだ。この状況で、こんなに殺気立てるのか」


 男は鋭い目付きで見張りの兵士を睨み付けている。彼の赤い瞳から、今にも炎が出るのではないかと思うほどの迫力だ。

 対して、兵士はちらちらと男を盗み見てはパッと目をそらす。男は縛られて動けないのだからどうにもならない筈なのに、どう見ても威圧されているのは兵士の方だった。

 見張りの兵士は隙だらけだ。アドルフは兵士に狙いを定めて、梁から飛び降りた。兵士の首に飛び蹴りを食らわせて、アドルフは音もなく着地する。もともと剣士の圧力に怯えていた兵士は、頭上からの奇襲に全く気が付かなかった。


「よう。オーツの剣士とやらはアンタだな。この街じゃあ、アンタの噂で持ちきりさ」

「俺を助けようというのかい。そいつぁ酔狂だ」

「俺もアンタと似たようなもんさ。この街から脱出するのに手こずってる」


 アドルフはそう言いながら、腰に差したナイフを抜いた。


「協力するなら、ということか。相分かった」

「話が早くて助かる」


 男と目を合わせると、アドルフは男の縄を解いてやった。彼もまた、和服である。男は縄によって皺になった黒い着物と、それに似た色合いの細かいストライプ柄の馬乗り袴をパンパンとはたいた。


「オーツの治安維持部隊一番隊組長、ソウジロウと申す」

「アドルフ。ずらがるぞ。長居は無用だ」


 アドルフは伸びてしまった兵士の懐を探り、この部屋の鍵を取り出した。ついでに身ぐるみを剥がしてソウジロウに着せて変装させる。扉を施錠し、二人は監禁部屋を後にした。


「獲物を取られた。存分に戦うためにも取り戻したい」

「回収するか」


 アドルフはソウジロウと連れだって、来た道を戻って行く。元の2階の部屋に戻り、時計を元通りに戻しておいた。

 部屋を元通りにした時、部屋の外から話し声が聞こえた。声は2人分。その部屋の扉の前で別れたようだが、次の瞬間に扉が開いて兵士が一人入ってきた。


「な、何奴! 」


 現れたアーツ兵は、たじろぎながらも剣を抜こうとしている。それを、今はけれど同じ鎧を着たソウジロウがすかさず宥め始めた。


「不審者を捕らえた。これから武器を押収するのだが、ここではどこに置いているのだろうか」

「ああ、なんだ。そういうことなら……」


 明らかにほっとした風の兵士は、一階の階段下の小さな物入れにでも入れておけと言い置いて、さっさと出て行った。兵士によると、接収した武器類は大抵そこにあるということだ。


「ふう。助かったぜ」

「なに、お互い様さ。俺がここにいるのは君のおかげだ」


 ソウジロウはニッコリ笑い、部屋の扉を開けた。

 兵士に変装したソウジロウがアドルフを引っ立てるという体で、一階まで降りてきた。

 階段の下の壁には、確かに収納スペースと見られる扉がついている。鍵はかかっていない。


「好都合だけど、無用心だなあ。あ、あった」


 ソウジロウはさっさと自らの刀二振りを見つけ出すと、まとめて握った。


 あとは脱出するだけだ。二人は堂々と玄関から屋敷を出た。


「さて、このまま街からも脱出しようぜ」


 アドルフはそう言うと、潜入前にいた裏路地へと入ってゆく。そこで脱ぎ捨てたアーツ軍の鎧に再度袖を通すと、ソウジロウと共に大通りに出た。


 封鎖された街は見張りが多すぎて、抜け穴すら見つからなかった。街の外に出ようものなら、たとえしていても許可証を求められる。故にアドルフは脱出できずにいたのだが、今なら戦力がある。それも、オーツの最強との呼び声高い剣士が一緒だ。二人なら、突破できる。


 街の外れまで来ると、アドルフの読み通り見張りの兵士が声をかけてきた。上官と見られる兵士を真ん中に、下っ端二人が槍を使ってアドルフ達を通せんぼしている。


「おい。ここから先は許可が必要だ」


 アドルフは無言でソウジロウに目配せをすると、二人は再び歩き始めた。


「止まれ! 味方であっても撃つぞ! 」


 アドルフが振り返ると、上官は既にピストルを構えていた。それと同時に、ソウジロウも飛び出した。あっという間もなく、ピストルも、発砲された玉も、あえなく真っ二つになっていた。


 上官は果敢にも剣を抜いた。しかし、下っ端二人はさっさと逃げてしまっている。それに気付くと、上官も彼らを追うように逃げてしまった。「脱走だ」「裏切り者だ」などと大騒ぎしながら走り去った。


 アドルフとソウジロウは一目散に走って、ようやく街からの脱出を果たした。








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