革命前夜
1.デッドデッドデーモンズデデデデデート
「いやぁ~、私はねぇ、本当にこの日を楽しみにしていたのですよっ!」
振替休日二日目。
地元ローカル線を待ち合わせの駅で降りて、朝の空気が満ちる住宅街を歩く。右隣には悠歩先輩。正面前方には智佳先輩がいて、智佳先輩の右隣には田中真由子が歩いている。
智佳先輩は足取り軽やかに先陣を切る。引っ張られるように田中真由子がついていく。
男二人はその背中を視界に入れつつ、のんびりと目的地へ向かう。
「…………」
なんとなく落ち着かない。この心が痒くなる感じは、一体。
「デートとかするの、初めてか?」
隣を歩く悠歩先輩は、躊躇なく俺に尋ねた。
デ――――――ト。
「…………はい、まあ、そうですね、正直」
というわけで。未だに事の成り行きをよく分かっていないのだけれど、約束通り、滝澤カップルと、田中真由子と、男女四人。今日は一日、共に過ごすのである。……デート、それを智佳先輩はデートと言っていただろうか。デート、デートってなんだ? 男女で遊びに行けばそれはデートなのか? 言い方の問題ではないのか? 俺にはこういうの全ッ然分からないぞ。平凡極まりない俺には中学時代だって色恋のいの字すらなかったし、というかまず田中真由子のイメチェンだったら悠歩先輩はともかく俺って必要なくないか⁉
「――っ」
ぐちゃぐちゃする思考は、肩を叩かれた小さな衝撃で吹っ飛ぶ。
「なんだその顔は。いつになく固いな」
悠歩先輩だった。
「ははは、いやあ、こういうの、初めてですから……」
「変に意識しないでいいんだよ、大丈夫」
先輩はにやりと微笑んで、前を歩く二人へと視線を向ける。
「ま、楽しんでいこーぜ」
そんなこんなで十六歳、本日人生初のデートである。
まずは智佳先輩のいとこが経営しているという美容室に向かう。
あの田中真由子がストレートパーマをかける。なんだか凄味のある字面だ。正確には縮毛矯正。そこまで激しい〝うねり〟を持っているわけはないが確かに癖っ毛で、加えてお世辞にも自分の髪と向き合ってきたとは言えないその適当さ。このような機会に恵まれて、お前は本当に幸せ者だと思うぞ、田中真由子。
目の前を歩く女性二人。見比べるとさすがに田中真由子の地味っぷりが引き立つ。私服ひとつ取っても、智佳先輩はめちゃくちゃお洒落で、大学生くらいに見えてもおかしくない、シックで落ち着いた雰囲気を魅せる。
他方、田中真由子。センスのない俺でもさすがに分かる、その小学生の時から変わっていないような残念なファッションセンス。芋臭いというか子供っぽいというか……ああ、智佳先輩今日は本当にありがとうございます。お洒落といえば右隣の悠歩先輩もカジュアルながらかなりキマっていて、自分の服装と見比べてなんだか恥ずかしくなる。
「悠歩先輩もファッションが趣味だったりするんですか……?」
恐る恐る尋ねる。もう敵うところが何もない。最初からあるだなんて思っていないけれど。
しかし悠歩先輩、俺の質問に一瞬顔をしかめてから、大きな声で吹き出した。
「っはぁー! いやいやいやいや! んなワケねーですよ! 無理無理、俺にファッションセンスとか皆無皆無! セキヤンの方がよっぽどセンスあるわ」
予想外の反応に思わず面食らう。いやいや、嘘を仰って。
「悠の服選んでるの私だからねー」
前を歩く智佳先輩が何気なく言った。
……あー、なるほど、そういう感じの。
……さりげない惚気を。
「昔の悠なんてほんと酷かったんだからね! 休日、人と会うのにジャージで来るとかさ! いくら部活のメンバーだからって有り得ないよね⁉」
「うーん、女の感覚はよく分かんねーなぁ、未だに」
「それ男とか女とか関係ないから」
楽しそうに言い合うふたり。なるほど。……なるほどね。
「ファッションに微塵も頓着がないんだよなー、いやマジで。ジャージでよくね? ジャージ最高だよな? 機能性というか機動性というか……完璧じゃん。オシャレじゃん」
顔、身長、人望、劇作や笑いのセンスにも恵まれた悠歩先輩でも、ことファッションになれば疎いらしい。人間味があってより魅力的に思えるの、ズルいですよね?
「よくなーい! もうちょっと意識を高く持ってよ!」
口を尖らせる智佳先輩。
「というわけで、智佳にコォデネイトはお任せしてるってワケです。ありがたいね~」
「私がいない世界を想像したら恐ろしくなった。もう無邪気に半袖短パンが許される年齢じゃないんだからね!」
……さりげない惚気を。
「まゆちゃんも服選んであげるからね~。これからの指標にしてね! うーんそうだなあ、どういう感じが似合うかなぁ!」
瞳を煌めかせて、隣で歩く少女を見定める先輩。
後ろから見ると姉と妹……母と娘でもおかしくないかもしれない。
「昨日の送別会はどうでした?」
そういえば、振替休日一日目は演劇部の送別会があると言っていた。引退する三年生を見送る会。食事会か何かだろうか。最後の最後にステージ賞グランプリも取って、感慨も一入、まさに有終の美という感じだったのだろう。
「おう、それはそれは感動的だったね。みんなして大泣きだよ」
話題に挙げたことでいろいろ思い出したのか、大きく朝の空気を吸い込んで、その最後に思いを馳せるような表情をする先輩。自分の言葉に頷きながら、想いを口にする。
「二年とちょっとの思い出話がさ、たくさん出てくるわけよ。あの時はああだったとか、実はこういう風に思ってただとか、今でこそ笑い話にできるいろいろとか、そういう話をしてるうちに、みんな笑顔なのに気づいたら泣いてんだよな。笑いながら涙流してるわけ。それはさぁ、愛しい光景だよ。この部活にいて本当に良かったって、素直にそう思ったよ」
「正直悠が一番泣いてたよ」
信号待ち。振り返った智佳先輩がからかうように言う。
「それは否定しないね。むしろ誇らしく思うよ。あれだけ泣ける場所に出会えたってことに」
ここで茶化して誤魔化さないのが悠歩先輩らしいというか、この人の魅力であるなあと思う。こんな風に言える人間になりたいと素朴に思わされる。
ちなみに振り返った智佳先輩がちょっと予想外に可憐すぎて、思わず写真に残したくなってしまったのはここだけの話。なびく髪の麗しさとか、後ろで手を組んで腰を曲げたその体勢とか、まさに永遠にしておきたい一瞬でありました。
そんな風にお喋りしているうちに、気づけば目的地。いかにも『オシャレ』といった具合の店構えをした美容室の前で、一言交わしてくると入店していった智佳先輩を少し待つ。ガラス越しに、和気あいあいと会話する先輩と従業員らしき女性が見える。
「よーし、それじゃあ行きましょう! まゆちゃんっ!」
戻ってきた智佳先輩が、入り口の扉を開いたまま、導くように店内に向けて手を拡げる。
さあ、いよいよ。その一歩を踏み出すのだ田中真由子。緊張した横顔。こちらすら向かない。その目は扉の先を見据えている。喉がこくりと蠕動した。
大きく肩で息をして、田中真由子は、動き出す。
――なんてまあ大げさに言ってみたところで、傍から見れば地味な癖っ毛の高校生(小学生くらいにも見える)が美容室に入っていくだけなのだから、別段感動的な場面ではない。
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