4.後夜祭
土曜と日曜、二日間の文化祭が終わると、そのまま雪崩れ込むように月曜日は体育祭だ。
文化系人間の俺には体育祭において特筆すべき活躍など特になく、田中真由子もまたハルヒのようなスーパー運動神経に恵まれているわけでもないため無難にクラス対抗リレーを走り終え、学年種目の大縄跳びも特別な結果を残すことなく終了。彼女は1年2組の『団結』の二文字から若干距離を置いた場所で、むすっと仏頂面で集合写真に写り込んでいた。
部活対抗リレーでは演劇部がこれまた楽しい走りを見せた。レースの結果などお構いなしにリレーの合間に寸劇をぶっ込み、グラウンドは爆笑の渦。渦の中心はやっぱり悠歩先輩で、そのしてやったりなずる賢い笑顔には素直に憧れてしまう。『走れメロス』の豪快なパロディ。司会席で競技解説を行う放送部のマイクをぶん盗って(おそらく台本)、勝手に芝居のナレーションを始めたのだ。メロスが複数人いるという設定で、最終的には何故かアンカーとしてセリヌンティウスが走り出す始末。教師たちも笑っていた。
「それでは続いて……女装コンテストの結果発表です!」
体育祭の全行程は終了し、残るは総合閉会式。砂まみれの体操服のまま、グラウンドの運営ブース前に学年ごと並んで、まずは三色対抗だった体育祭の優勝色発表。それが終わればいよいよ、文化祭の各種投票企画の結果発表だ。
まずは女装コンテストの結果発表。司会が三位から順々に名前を挙げていく。
「そして一位、グランプリは――――、1年2組の石川航樹くんです!」
⁉
我がクラスのイケメンサッカー部員石川は、なんと女装コンテストに参加していたらしい。クラス列前方から一際大きな歓喜の叫び声が上がった。石川いるところに彼女あり、ガールフレンドの佐原だ。石川がのっそりと立ち上がって、前に出る。
同時にミスコンの結果発表も行われ、上位三人ずつがまとめて表彰された。グランプリの二名に司会が感想を尋ねる。
「あー、えっと、ありがとうございました。副賞はクラスのみんなで食べます」
石川はなんとも気怠げに言う。しかし様になっている。憎いぞ、石川。
続いて校内企画賞の発表がなされ、最後はステージ部門賞。
「第三位、漫才グループ『カワバタミネタ』!」
第三位は川畑校長と峰田教頭の漫才コンビだった。生徒の発表を押し除けて三位。確かな実力。生徒たちから笑い声が上がる。校長が顔を赤くして、笑いながら前に立つ。
「第二位、吹奏楽部!」
生徒列のいろいろな場所から高い声。それにはどことなく、悔しさも含まれていたように感じる。文化部にとっては引退の舞台。外部の大会などで部活自体は続くとしても、高校三年生の文化祭は人生でたった一回しかない。いろいろな想いが、きっとあるのだろう。
「そして栄えある第一位は…………っ、演劇部!」
歓声が上がった。一際大きな声を上げたのは三年生が並ぶ列からだった。俺も思わず拳を握りしめていた。悠歩先輩が、座っている生徒たちを掻き分けて前へ出る。
表彰。大きな拍手が送られる。校内企画とステージ部門賞はそれぞれの団体に一言インタビューが行われた。大トリを飾るは悠歩先輩の言葉。
「最後の舞台を、たくさんの人に評価していただけたようで、本当に嬉しいです。ありがとうございました。演劇部を、どうぞこれからも生温かい目で見守ってください!」
納得のグランプリだと、思った。たくさんの称賛を受ける悠歩先輩は、輝いていた。
「おーセキヤ~。こっちこっち」
既に生徒でごった返す体育館二階。座っている人々の間をなんとか進んで、三橋とナベさんと合流する。総合閉会式が終わり、残るイベントは後夜祭だ。森田少年は柔道部で飯を食いに行ったらしく不在である。
制服姿に着替えた生徒たちが、賑やかに開宴を待っている。
「どうしたんだよ、まゆちは」
「まゆちってなんだよ」
「今思いついたあだ名」
「……行きたくねーってさ」
「ほー、意外だな。用事か何か?」
「いや、多分コンプレックスの裏返しだよ」
「好きな人のことなのに、結構ズバズバ言うね」
いまいち理解できなかったらしい三橋の代わりに、ナベさんが口を開く。
「あー……うん。無条件に全部許容してるわけじゃないからね。考え方とか、行動とか、正しくねぇって思うことたくさんあるよ」
「なんかそれ、逆に愛がガチっぽくて笑える。大変だなぁ、まゆちのお守りは!」
「お守り言うな」
「だーってよぉ、結構いろんな人が言ってんだぜ、『関彌は田中のお守り』ってさ! 友としてお前が貶められないように反論すべきところなのかもしれないが……正直面白すぎる」
「……まあ、そうやってネタにしてくれた方が気が楽だよ」
「大丈夫。風変わりな少女はいつしかスタンダードになる、って歌もあることだし」
「何それ」
「好きな曲」
ナベさんはさらっと言う。彼はいつも、こんな調子だ。
「誰が誰を好きになってもいいと思うし、高校生にもなって陰でぶつぶつ言うの、なんかカッコ悪いよね。俺は応援してるよ、セキヤくんの恋路」
「な、どうなんだよ、文化祭で進展あったのか? キスは? 手繋ぎは? 振替休日は? デート? どうなんだ言え小僧」
三橋はナベさんとは真逆に、品のない質問を飛ばす。
「あのなぁ……」
「――ではまずは、ミスコンと女装コンの上位三名に改めて登場していただきましょう!」
いつの間にか始まっていた後夜祭。北高後夜祭は特にキャンプファイヤーなどあるわけではなく、単純に体育館でステージ発表の延長戦を行うようなシンプルな催しだ。
かつては目玉イベントに公開告白があったらしいが、付き合っても付き合わなくても、大抵ステージに上がった二者の関係性は芳しくない結果になるという歴史が繰り返された末、廃止になったらしい。
ステージ手前にメイクと衣装を整えた男子三人と女子三人が並ぶ。その中には無論、女装コンテストで一位を取った石川がばっちりメイクをキメて、これまたどこか気怠げに立っていた。そういう時くらいは背筋伸ばしたら……?
「出たーっ! あれ佐原がメイクとかやってんでしょ?」
三橋が首を伸ばし、ステージを食い入るように見つめる。女子を見ている。
「というより佐原さんがエントリしたらしいよ、半ば強引に」
大して興味なさげなナベさんはSNSのタイムラインをチェックしながら、言う。
「どんだけ彼氏大好きなんだよ。石川の趣味もよく分からんけど……まあ顔は悪くないか」
「石川なぁ。ダルそうにしてんのにイケメンだから様になるんだよなぁ」
「しかもサッカーくっそ上手いしな。昨日の親善試合でハットトリックとかさぁ」
「敵わないよな、いろいろと」
「試合ん時の応援席がうるせーのなんの」
三人同時に、右前方で黄色い声を出している佐原に顔を向ける。
「……今もおんなじくらい騒いでるね」
「はぁー、ほんと、主人公気質だよなー。羨ましいわぁ」
「主人公気質、」
三橋が事も無げに言った言葉に、俺はふと意識を持っていかれる。
バンド、ダンス、漫才。最後の文化祭となる三年生を中心に、三日間の北高祭のグランドフィナーレ。
主に三年生の出演ということもありどことなく内輪的な空気もあるけれど、大団円に相応しい後夜祭であるように思う。『演劇部精鋭物ボケ百連発(リハ無しぶっつけ本番)』だなんて、最後まで悠歩先輩は出ずっぱりで。
主人公気質。
ああ、きっとそうだ。悠歩先輩は、あの学年の主人公みたいなもので、智佳先輩や、岡野だって、石川だってそうだ。表舞台で輝いて、屈託なく笑っている人たち。裏側にあるかもしれない努力や苦悩だって、全部結果に結実している人たち。
羨ましいな。
悔しいほど率直に、零れてしまう言葉。
いつか俺も、あちら側に行けたり、するだろうか。
意識して行こうとした時点で、それは偽物だろうか。
憧れ、焦燥、劣等感、少しの嫉妬心。
あの小娘の、小憎たらしい顔が浮かんだ。
田中真由子。
なあ、後夜祭、お前と観たかったよ。お前と、この気持ちを共有したかったよ。
伝わってんのかなあ、俺のこんな気持ち。全然綺麗なんかじゃなくて、どうしようもなく濁ってて、ドロドロしたマグマみたいな気持ち。何かしでかしたいだなんて夢ばかり見て、空想して妄想して夢想して、でも現実は、いつも周りに魅せつけられて、悔しくて羨ましくて、でもどうしたらいいのか分からないこのもどかしさ。自分には何もないかもしれない、って感覚。羨望して、渇望して、切望して。
だからこそ、だからこそなんだ。俺は、お前と、他の誰でもないお前と――――
大きな拍手に包まれて、祭りが、終わった。
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