第18話 望美とハーデス、二人だけのプールデート……の筈だったのに

 日曜日、駅の改札で望美はハーデスを待っていた。そう、今日は待ちに待ったプールデートの日である。周りを見回しては時計を見て周りを見回しては時計を見て……を何度繰り返したことだろう、やっとハーデスが姿を現した。とは言っても待ち合わせの時間にはまだ十分以上前。ハーデスが遅れたわけでは無い。

「ごめん、待った?」

「ううん、大丈夫よ。私が早く来過ぎちゃっただけだから」

 天使の様に微笑む望美。この時が楽しみで仕方が無かったのだろう。


 電車に乗っている間、ハーデスはまた視線を感じていた。しかも、今日の視線はいつもより強い気がした。駅に着き、「気のせいだ、どうせまた誰も見てないに決まってる」と思いながらも振り返った彼は視線の主と思いっきり目が合って固まってしまった。


「山本! それに美紀ちゃんも!?」

「うわっ、見つかっちまった。いや、悪気は無いんだぜ。熱いから、俺達もプールでも行くかって話になってな……」

 思わず叫んだハーデス。しどろもどろになりながら言い訳する山本に、美紀が追従する様に言った。

「そうそう。別に二人を覗こうなんて思ってたんじゃ無いんだからね」


「バ、バカ! 美紀!」

 慌てて美紀の口を塞ぐ山本。ハーデスはこの美紀の余計な一言で二人が様子を覗きに来たのだと確信し、深い溜息を吐いた。

「ごめんね、古戸君。私、嬉しくって、つい美紀に言っちゃったの」


 しゅんとなって謝る望美。それにしても、美紀に話したらこうなるであろう事は予想出来そうなものなのだが。彼女も迂闊な事をしたものである。あれだけ二人きりのデートを楽しみにしていたというのに……まあ、現れたのが山本と美紀だけで、伊藤が居なかったのが不幸中の幸いだと思うしかあるまい。


「お前達は券、持ってんだろ? 俺達は券買わなきゃならないからよ。二人で楽しんで来いよ」

 遊園地の入場ゲートで山本と美紀は二人で入場券を買いに行った。

 そして数分後、入場ゲートを潜った山本と美紀は良く知った顔を人混みの中に見出した。


「あれっ、お前ら待っててくれたんだ」

「せっかくだから、みんなで遊ぼうよ」

 望美には悪いが、今更『二人で』も何もあったものでは無い。そう考えたハーデスだった。


 水着に着替え、冷たいシャワーを浴び、プールサイドを歩く四人。望美も美紀も海に行った時と同じ水着ではあるが、何度見ても可愛いものは可愛い。周囲の視線が二人に集まるのと同時に自分にも視線が刺さっているのをハーデスは感じた。辺りを見回すが、例によって彼を見ている者など居ない。男達が望美と美紀を見ているだけだった。


――自意識過剰なのかな……?


 考えるハーデスに山本の声が飛んだ。

「古戸、ウォータースライダー行こうぜ」

「ココって、カップル用のウォータースライダーがあるんだってー」

 美紀も楽しそうに言う。

 それを聞いて、前回優子と二人で来た時の事がハーデスの頭に蘇った。もちろん背中に感じた柔らかい感触を思い出したのだ。


「あれっ、古戸君、顔赤いよ」

 望美に顔を覗き込まれ、目が合いて更に赤くなるハーデスに美紀が突っ込みを入れた。

「あっ、もしかしたらエッチな事、考えてるんじゃない? って言うか、考えてるでしょー。やっぱり古戸君も男の子だね」

 違うとも言い切れなず、更に赤くなったハーデスに山本が助け舟を出した。

「美紀、そりゃぁしょうがねぇよ。古戸だって健全な男の子なんだからな。そんな事を突っ込むのは野暮ってもんだぜ」


 助け舟になってる様な、なってない様な言葉だが、少なくとも沈黙は避けられた。そして四人はウォータースライダーを目指してプールサイドを歩いた。

 プールサイドは親子連れや友達グループ、そしてカップルで賑わっている。という事は、必然的に数多くの女の子がいるという事。その中でも望美と美紀は可愛い方、いや、かなりレベルが高いと言える。しかし何故ハーデスは望美に対して行動を起こさないのだろう? ペルセポネに糸目惚れした時の様に。望美はペルセポネには及ばないという事だろうか?


「結構高いわね」

 順番待ちの列が進み、階段を上ると美紀が楽しそうに言った。何組ものカップルが二人くっついて滑り降りている。それを見ながら山本も楽しそうだ。ただ、望美だけは少し浮かない顔をしていた。


「島本さん、高い所ダメなの?」

「うん、ちょっと」


 心配そうなハーデスに望美は答えるが、実は彼女が浮かない顔をしているのはほかに理由があった。

 いよいよハーデスの番となり、スタッフの誘導に従ってハーデスがゴムボートの前に座ると、その後ろに座る様に誘導される望美。彼女は恥ずかしがりながらも足を開いてハーデスの腰を膝でホールドし、肩に手を掛ける。望美が浮かない顔をしていた理由はコレだったのだ。だが、コレと言っても望美が水着姿でハーデスに抱きつく形になる事が恥ずかしいというわけでは無い。


「優子ちゃんもこんな事したんだよね」


 望美はハーデスの耳元で囁いた。いきなりそんな事を言われ、頷くしか無いハーデス。すると彼の胸に締め付けられる感覚が。安全バーなどでは無い。肩に置かれていた望美の手がハーデスの胸に回され、抱きしめられていたのだ。もちろん背中には柔らかい感触が。


「ちょっ、島本さん?」

 ハーデスが取り乱しかけた時、スタッフがゴムボートを押し出し、二人を乗せたゴムボートはウォータースライダーのコースを滑り出した。


 ハーデスは二回目だが、望美は初めてである。そのスピード感に彼女は声を上げ、全身に力が入る。優子はハーデスの肩に手を置いていたが、望美は後ろから抱きしめる形である。そんな状態で全身に力を入れるという事は……ウォータースライダーのコースを滑っている間ずっと望美は全身をハーデスに押し付けていた。そして着水の瞬間、ハーデスは後頭部に固い衝撃と、首筋に柔らかい感触を感じた。


 固い衝撃は望美の額が着水の衝撃でハーデスの後頭部にぶつかったもので、柔らかい感触は勢い余って望美の唇がハーデスの首筋に触れてしまったものだった。

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