第7話 よく分からない関係

 舌が痺れる。体がふわふわと浮き上がるようだった。

「じゃあそろそろ再開しようか」

 奏多は画面を対戦に切り替える。

「え、やるの」

「うん。私もヒロに聞きたいことあるし」

 判断力の鈍った頭は、なぜかゲーム続行を選択した。

 ジュースのようでいて、子供向きでない飲料は自分にはパンチが効いている。

「あっは!なかなか当たんないね」

 ほろ酔いでライフル使いのキャラを操る奏多は、無邪気な子供のようだ。

「ノーコン」

「とかいいつつさっきから流れ弾に当たってんやけどそれはどうよ」

 頭がぼーっとして、コントロールスティックの入力が遅れぎみになる。

「わざとですー」

「そーですかー」

 へらへら流していると、隙をつかれて吹っ飛ばされる。

「あー」

「いぇーい、勝ったあ~」

 久しぶりの勝利に、彼女は万歳をした。

 僕は隣の酔っぱらいを盗み見る。本当に、何も悲しいことはないんだというように、奏多は綺麗に笑っていた。

「じゃあ、私の質問タイムね~」

 ごくんと、またチューハイを飲む。

 そうしないと、死んでしまうみたいに。

「広瀬は、好きってなんだと思う?」

 もしくは問うための起爆剤みたいに。

「……僕も、よくわからないよ」

「えー、ひどいーずるいー」

 かわしたわけでも、誤魔化したわけでもない。うまい言葉が見つからないから必死になってまわらない頭を小突く。

「好きって、いつの間にかなってるものなんじゃないのかな」

「んー」

 ゆらゆらと彼女は揺れる。

 僕の視界もぐるぐるまわる。

「逆に八城の好きってどんなやつ?」

「恋愛系って意味なら、一緒にいたいとか、話したいとか、触れたいとか?」

「もう答え出てんじゃんか」

 自分のコップに白湯を注ぎきり、一気のみをする。

「ただこの年になると、結婚とか意識して、条件にあてはまるだけで好きになる可能性もあるよね」

 手早く成果を出すために、分かりやすい結果をまず探してきて、そこから疑問と過程を導き出すような逆パターン。

「答えありき、的な?それじゃだめなの?」

「相手に対して失礼じゃないかなーって私は思う」

 奏多はまたもチューハイをあおった。

「八城は、誰かと付き合いたいの?」

「付き合いたいよ。いい人がいたらね。ただ依存したい気持ちの現れなのかもって考えたら、好きになるのが怖くなった」

「100%の依存じゃなくて、30くらいにして、あとを趣味とか友達とかに割り振ったらいいんじゃないかな?」

「そんなに器用なこと、私にできるのかしら」

「できるよ、八城なら」

「過大評価が過ぎるよ、広瀬」

「正当な評価だと思うよ」

 僕はよろけながらも立ち上がり、ゲームの電源を切った。

「そろそろ寝ようか。ほら、ベッド使いなって」

 無理やりベッドに押し込めると、やはり小さいなと片隅で思った。

「押し倒し慣れてる感じがするー」

「そんな経験ありませんー」

「へー」

 キッチンに行って水をがぶ飲みする。

 少しだけ頭が冴えてきた。

「広瀬はどこで寝るの」

「床」

「ベットで寝たら?」

酔ってるとしてもだ。

「そういう台詞を健全な男に言うんはどう?」

「私は誘ってないし広瀬はなにもせんやろう」

「わからんよ」

「大丈夫、広瀬は好きでもない相手とは関係を持たない」

 ぴしゃりとした物言いに、冷水を浴びせられたような感覚になる。

 奏多は、そんなことがあったような感じで言い放った。

「……じゃあお言葉に甘えて寝るよ」

「ん」

 背中合わせで布団にもぐる。

 自分の体型、やせ形に感謝する。

 思ったよりも狭くはなかった。

ただ、背中から下は一部が密着している。

「あったかいね、静香くんは」

「……八城は冷たいな」

「冷え性やからね」

 首を少しだけ動かすと、奏多の不揃いの髪の毛が目に入った。

「……電気消すよ」

「うん、おやすみ」

 部屋は月明かりだけになった。

 身体の関係。

 一番きつかったときに、奏多が望んだ選択肢。

 普段の彼女を知っている身としては、どうしてそんな考えが浮かんだのか、悲しくて、わからなくて。なぜだか苦しくなったことを、昨日のことのように覚えている。

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