目覚めた後

 あの戦争が終わり、一週間が過ぎた。

 ヴァチカンに戻ったアーサーは、リリスの罪を許して貰おうとネロ教皇に直訴したようだが、既にヴァチカンは大天使ミカエルの御言葉に従い、リリスにお咎め無しの結論を出したと言う。

 ミカエルは私との約束を守ってヴァチカンに現れた訳だが、敢えてそれを言う事も無いと思い、黙っていた。

「ミカエル様だぞ!!大天使ミカエル様だ!!」

 と、偉く興奮していたのを覚えている。

 とは言え、リリスも黙って許されるのを良しとせず、ヴァチカンに現れて謝罪したらしい。

 流石に許すと決めた騎士達も、蟠りはまだあるようで、素直に謝罪を受け入れた訳では無いが、それは時が解決してくれるだろう。

 水谷邸に落下し、命を取り留めたレオノア・クルックスは、未だ梓の看護を受けている。

 傷自体は大分治ったらしいが、なかなかヴァチカンに戻ろうとしないらしい。

 それどころか、日本駐留騎士になる、とか豪語しているようだ。

 何故か梓もそれに同意し、二人でネロ教皇にお願いしている最中だそうだ。

 なんか、すごぉく気になる。

 だが、聞くには野暮ったい感がかなぁりするので、悶々とした日々を送っている。

 警視庁に戻った印南さんは、直ぐに人員を見直し、今まで集めた隊員達の半分を元の部署に戻した。

「俺もまだまだ未熟。そんな俺が指導しようなど、奢り過ぎた」

 そう言って、地力がある者のみを残留させ、隊員達のレベルアップの為に、それぞれ高名な霊能者の元に勉強させに行かせているらしい。

 石橋先生の元にも数名お願いしたようだ。

 北嶋さんにも頼もうとしたが、思い直してやめたらしい。

 正解だと素直に思う。北嶋さんが指導なんか出来る訳が無いから。

 葛西は王牙と言う鬼神の王を使役しようと、猛特訓中らしい。

 鬼神の王を使役する事は簡単な事では無い。毎日毎日命の危機にあっているようだ。

 心配するソフィアさん、松尾先生を袖にし。

「これで北嶋を倒せるんだ!!テメェ等はすっ込んでろ!!」

 そう、解り易い本当の目的を語っているようだ。

 宝条さんは石橋先生と共に警視庁から来た隊員達を鍛えている。

 指導する事により、自らも高みに行ける。

 事実、指導者側になった宝条さんは、剣技のレベルが上がったようで、石橋先生も目を丸くしたらしい。

 宝条さんは意外と指導する側に向いているようだ。

 休憩用の飲み物を持って裏山を歩く私。

 北嶋さんは現在、新しく柱になった憤怒と破壊の魔王と黄金のナーガの御社建立で、せっせと汗を掻いている最中。

 飲み物は差し入れなのだ。

 他の四柱は好きな所と言う訳で、バラバラに位置しているが、新しい二柱は東南に座ると決めてくれ、資材運搬や重機移動で結構楽らしい。

 同じ東南とは言っても、それぞれのテリトリーが広いから、やっぱり結果は同じだと北嶋さんはグチグチ言っていたけど。

 因みに海神様は北東、死と再生の神様は南、地の王は南西、最硬の神様は北に座っている。

 東南に近付いて行くと、硫黄の匂いと湯煙が立ち上がっているのが目に入る。

「大分出来て来たねー」

 ご機嫌良く北嶋さんに飲み物を差し出す。

 それに気が付いた北嶋さんが飲み物を受け取り、プルトップを開け、一気に飲み干した。

「あー。黒蛇の所はもう少しで完成だが、キングコブラの所はまだ手付かずだけどなぁ」

 汗だくになり、ボヤく北嶋さん。

 そりゃそうだ。

 憤怒と破壊の魔王は、温泉を湧かせたから、熱くて熱くて仕方ないのだ。

 あの日、健康ランドから帰って北嶋さん達は、最硬の神様の加護のある日本庭園で宴会の続きを行った。

 その時に気が付いた憤怒と破壊の魔王。

――おい、何だあの池は?何で淡水に海の生き物がいる?

――あれは我が勇へ加護をと湧かせた奇跡の泉。奴は本来は加護を必要とせぬが、あれならば喜ぶからな

 得意気な海神様。

――あの丘の果樹園はなんだ?気候、風土、四季を無視した果物が実っているがよ?

――私が北嶋 勇に齎した加護だよ。奇跡の泉と対なす場所の予定だったが、まさか他にも柱が現れるとは予想外だったがね

 まさかそれ以外の加護が増えるとは思わなかった、と、死と再生の神様。

――なんでキノコと筍が一緒に生えているんだ?時期が間逆の筈だろうが?

――俺の社が建立した場所が、偶然にも竹林と松林が一緒になっている場所だったのでな。ついでだ

 あくまでも『ついで』を強調する地の王だが、狙って行ったのはみんな知っている。

――で、この場所だ。花が咲き乱れ、苔の絨毯が敷き詰められているのは、まぁ有り得るが、時間の流れが遅く感じるのは何故だ?

――勇殿もそうだが、より守らねばならぬのが奥方様。ならばと某が奥方様の意に沿った加護を与えた場所なのだ

 集まる場所は主に中心にある休憩所だが、宴会を行うには一番相応しい場所だと付け加え、自慢気に語る最硬の神様。

 それを聞いて唸る憤怒と破壊の魔王。

――面白く無ぇな…健康ランドって所で騒いで少し愉快になった気分がぶっ飛んだぜ…

 そう言って日本庭園から姿を消した憤怒と破壊の魔王。

 暫くすると、東南の方向から湯煙が立ち上ったらしい。

 何事だと北嶋さん達が駆け付けた先に居た憤怒と破壊の魔王が、ニヤニヤしながら、したり顔を向けた。

――この俺様がオメェみたいな人間に加護を与えるのに凄ぇ抵抗があるが…健康ランドは面白かったしなぁ。ありゃ温泉だろ?地から溶岩を噴き上がらせる事が可能な俺様には、こんな事造作無ぇのさ!!

 憤怒と破壊の魔王は他の守護柱に対抗するべく、温泉を湧かせたのだそうだ。

 それに歓喜した北嶋さん。

「黒蛇!お前なかなかやるなぁ!!ただ威張っていただけじゃなかったか!!」

――随分な言われようだが、まあいい。おら、人間共!健康ランドの続きだ!!!

 僅か50センチ程に溜まった温泉に足湯で楽しむ北嶋さん達。

「こりゃ露天風呂になったら最高だぜ!!」

「全くだ!!ケンコーランドに限りなく近い!!」

「ビールも進むな!!ちゃんとした設備になったら、生乃も入りたがるに違いない!!」

 その時北嶋さんの脳裏には、生乃も入りたがる。つまり女性も入りたがる。つまり…

 と言う方程式が出来上がったようだった。

 その日の内に重機を借り、早速露天風呂制作に取り掛かる北嶋さん。

 手伝わされる可能性100パーセントと察知した葛西は、ソフィアさんとロゥを連れてそーっと家から逃げ出し。

 アーサーはヴァチカンに報告をとグリフォンで飛び立ち。

 印南さんは宝条さんを送るのと、自らの仕事の報告にと生乃と三人で八咫烏に乗り、飛び立ち。

 つまり、北嶋さんが気が付いた時には、みんな既に帰った後だった訳だ。

「ふざけんなよお前等っっっ!!飲み食いしに来ただけかあああ!!!」

 叫んだが、既に後の祭だった。

 気の毒に思ったのか、リリスが、「良人、工場費用くらい私が出しますから」と、申し出るが。

「自分の家の工場費用出して貰うっつーのは違う…かなぁり惜しいが、気持ちだけ頂いておく…」

 そう、泣く泣く断って、結局自分一人で着工する事になってしまった。

「い、いいのかい神崎?私としてはお礼も兼ねての申し出だったのだが…」

「やっぱり自分の家の事だしね。作業手伝いなら歓迎するけど、費用を貰うのは筋が違うから」

 それなりに筋を通す北嶋さんだから、リリスの申し出を断るのは当たり前だ。

 リリスも納得しながらも、やはり何か心苦しそうだった。

 露天風呂は案外簡単に出来た。

 排水溝に少し手間取ったが、そこは北嶋さん。三日程で温泉を露天風呂に引き込む事が出来たが、なにしろ温泉が熱過ぎて入浴ができそうもない。

「黒蛇、少し温度下げろよ」

――ああ?俺様にはあれが限界だ。あれ以上下げる事は出来ねぇよ。水入れろよ

 そう、水道に向けて首を向ける。

 足湯にした時は確かに水道水を入れた北嶋さんだが、天然に拘ってしまい、それは嫌だと我が儘を言い出した。

「それくらい妥協しなさいよ…まだ憤怒と破壊の魔王の御社も御神体も出来ていないのよ?」

「あの…いくら何でも、外で服を脱ぐのには抵抗があります。せめて脱衣場と休憩所を…も、勿論費用は私が…」

「神体は手配済みで、社は何度も作ったから一日ありゃあ出来る。脱衣場は洗い場と一緒に作るから心配ない」

 …何か鼻の下がやたら伸びている北嶋さん。

 混浴混浴とブツブツ言って作業していたのを、私もリリスも知っている。

 何より、露天風呂が出来るまで帰るなとリリスに言った事で、邪な考えを見抜いてはいたが。

「でも、このままじゃ熱くて入れないわ」

 北嶋さんがうーん、うーんと頭を抱えて悩んでいる最中、隣のナーガのテリトリーからゴーッと何かが流れ落ちる音が聞こえた。

「何の音かしら…?」

「川?いや、滝?」

 首を捻る私達。

 その時、水が足元に流れて来た。

「あれ?水道出しっぱなしだったか?」

 そう言って蛇口を見たが、水は出ていない。

 おかしいと思い、水が流れてくる先を歩く私達。

「…なんか川になってきているような……」

 憤怒と破壊の魔王の露天風呂に流れて来た水が、徐々に小川のように流れが早くなり、深さも増してくる。

 そして黄金のナーガのテリトリーに差し掛かった時、信じられない物を目撃した。

「滝…だ?なんで!?」

 リリスは勿論、私も北嶋さんも目を丸くした。

 そこは裏山整備初期の頃、出てきた比較的大きな岩を置き、ただ山積みにした場所。

 掘削残土と共に埋めようとしたが、北嶋さんが庭石に使えるかもしれない、と、ただストックしていただけの場所…

 そこから水が湧き出て、滝を作っていたのだ!

「水はここから流れて来たのかよ…」

 驚嘆する北嶋さん。重ねた岩山の周りには、それとなく木々が生い茂り、見た目本当の滝のよう。

 証拠にマイナスイオンが発生しているように、癒やされる…

 私達が清々しい気持ちになっていると、ナーガが目を細めながら滝の裏側から姿を現した。

――勇さん、聞けば水を欲していた様子。自分にはこの程度が限界ですが、お役に立てればと思いまして

「おおお!!お前すげぇなぁ!!助かったぜ!有り難い!!」

 天然水を温泉にと渇望していた北嶋さんの願いを、裏山の主、黄金のナーガが叶えたのだ。

 歓喜し、ナーガの頭をグリグリ撫でる北嶋さん。

「そ、そう言えば、ナーガは元々水神…豊穣を司る神でもある…」

 一人納得するリリスだが、水神だからと言う訳では無いだろう。

 北嶋さんが望んだから、結果水を湧き出しただけに過ぎない。

 ナーガは北嶋さん有りきの神。

 元々神だった他の守護柱とは違う、純粋な『北嶋の守護神』だから。

――岩山の頂上にある湧き出した泉は二つ。片方からは硬水、片方からは軟水、そして混ざり合って落ちて滝となったら中硬水になります。どうぞお料理などにも役立てて下さい

 ますます気が利くと御満悦な北嶋さん。

 だが…

 まさかその水を私に汲んで、用途に合ったお料理を作れとか言わないでしょうね?

 と思い、微かに右拳に力が入った。

「キングコブラのおかげで、天然水で温泉を薄めると言う、ささやかな願いは成就された!黒蛇の所が終わったら、速攻でこっち作るから、待っていろよ!」

 テンションが上がった北嶋さんは、早速水を温泉に入れる水路を作り、熱過ぎた温泉を程良い温度にする事に成功。

 続いて脱衣場と休憩所を作り上げる。

 混浴混浴と鼻歌を歌いながら。

「本当に私達と共に入るつもりなのかな…」

 凄い不安な表情のリリス。

「大丈夫。阻止するから」

 グッと右拳を握り固めてリリスに向けて翳す。

「…頼りにしているよ、神崎……」

 少し残念そうな感じもしたが、やはり安堵の方が大きかったようだ。

 それから私とリリスは終始笑いながら露天風呂の完成を楽しみに待っていたのだが…

「リリス、用事出来ちゃって帰っちゃったから、露天風呂には入れないね」

 残念に思い、休憩所の椅子に座り、私も飲み物のプルトップを開ける。

「本当だよなあ!!チキショー無表情が!!あの野郎、絶対に許さんからなぁ!!」

 半泣きして御社建立の仕事に再び戻った北嶋さん。グチグチグチグチと文句を言っている。

 あの後、ヴァチカンのアーサーからの依頼が入った。

 イギリスに悪魔が出たが、何かおかしいから調べてくれないか、と。

 だが北嶋さんは混浴の為に露天風呂建設で忙しいから無理!と、普通に豪快に断った。

 その時。

「悪魔関係ならば、私が役に立つだろう。良人の代わりに私が行こう」

 名乗り出たリリス。

 ヴァチカンが自分を許してくれたと聞いたリリスが、今までのお詫びとお礼を兼ねて、その案件を請けると言ったのだ。

 イギリスはプロテスタント。ヴァチカンの命が届かない所もある。

 万が一命を落とす危険があるからと断ったアーサーだが、リリスはそれを受け入れなかった。

「拾った命。友達と言ってくれた君達の為に使えるのならば嬉しい事は無い。それに、私は死なないさ。何より、死にたくないからね」

 笑って、直ぐに出発してしまった。

「あああ!無表情本気でムカつくなあ!!」

 苛立ちながら作業を進める北嶋さん。

――おいオメェ!雑に造るな!心を込めて、丁寧に造れ!そこは俺様の家だぞ!!

「解ってるわ!!こんなに心を込めて造ってんのは初めてだ!!」

――邪心だろうが込めてんのはよ!!

 この日、やいのやいの言い合いながらも、憤怒と破壊の魔王の御社が完成し、御神体が鎮座された。

 憤怒と破壊の魔王のテリトリーは、前面が露天風呂、その後ろに御神体を鎮座させた御社を置いた。

 向かって右側に洗い場があり、それはドアから脱衣場へ繋がっている。

 向かって左側には休憩所。

 露天風呂の周りには竹で作った一応覗き防止柵がある。

「旅館の露天風呂みたいだわ!!」

 感動した私。

――オメェにしちゃ上出来だ。俺様の家にしちゃ少し小さいが、まぁいいだろ

 憤怒と破壊の魔王も結構気に入った様子。

「早速ひとっ風呂と行きたい所だが、キングコブラの所も気になる。混浴はそっちが終わったらだな」

 珍しく、直ぐに仕事に取り掛かる北嶋さん。

 お掃除を私に託して重機をナーガのテリトリーへと走り出す。

「ま、最後のお掃除くらい引き受けましょう!」

 張り切って腕捲りをし、多少残ったゴミや切り屑を集める。

――あの野郎、んな働き者だったか?

「やる時はやる、やらない時はやらない。それが北嶋さんよ」

――なんだそりゃ?適当な野郎だな?

 自分の御社を見ながら笑う憤怒と破壊の魔王。

 永い間、氷に閉じ込められ、現世から隔離されていた存在。

『自分の家』が出来た事、必要とされた事が嬉しいのだろう。

 悪態を付きながらも笑っているのが、その証だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 黒蛇の所が終わったので、重機を自走させ、キングコブラの居場所に移動させる。

 キングコブラが滝の真後ろからヌーンと顔を出して出迎える。

――予想よりも、お早かったですね

「馬鹿お前。ちょっと本気出しゃあんなもんだ」

 腰に腕を当てて鼻高々となる俺。

――流石は勇さん。で、この滝、どのように活用なさいますか?

 うーむ、と、ザッと滝を見る。

 岩山(っつーか、ただ岩を重ねただけの小山)の中央付近から、二つの水が湧き出しているのが見える。

 つーか、頂上は確か結構広かった筈。解らんから岩山に登っていく俺。高さ3メートルって所だ。

「おー。やっぱ広かった!!」

 頂上は重機が座り安くする為に、平らな岩を敷き詰めたよーな感じにしたから、安定もしている。

 左右離れた場所に窪みがあり、そこからかなりの水量の水が湧き出している。硬水と軟水の湧き水だな。

 湧き出した水が、これまた多少の窪みの道を伝わり、滝の手前で一つになっている。

「うん、お前の社はここだ。」

 滝の上に社や神体を置く手前が面倒臭ぇが、ここは見晴らしも良い。

――自分は勇さんに従いますから、ご自由にどうぞ

 キングコブラは目を細めて頷く素振りを見せた。

 岩山の頂上に行く手段として、岩山を削って階段を作り、滝から石畳を敷き詰めて、足を濡らす程度の川を作る事にした。

 温泉に引っ張り込む為の水路は既に作ってあったので、それも踏まえて石畳を敷かなければならない。

 石畳は面倒臭ぇから既製品を買うが、岩山を削るのはめっさ骨が折れる作業だ。

「虎の社よりキツいかも知しれん…」

 自分で決めて、早くも後悔する。

――勇さん、辛いのであれば、ご無理はしませんように…

 キングコブラが心配そうに俺を覗き込む。

「あー?辛いんじゃなく、面倒なだけだ」

 本音過ぎる程本音を吐きながら、削岩機で岩を削って階段を作っていく。

 喉が乾いても、直ぐ傍に飲み水があるので、嬉しい事だ。

 ガリガリガリガリと削って行く。

 階段は2日程でそれなりに完成し、残すは仕上げのみとなる。

――いや勇さん!予想以上の早い作業!本当に驚きました!

 キングコブラはビックリして目ん玉を剥き出す。

「意外と柔らかかったからな。仕上げは取り敢えず後だ。次は石畳を敷くぞ」

 水が無造作に流れて川を作っている今の状態を、重機を使って流れを作り、その上に石畳を、これまた重機で敷いていくと言う作業。

 ハッキリ言う。

 一人ではキツい!!

 素直に業者呼べば良かった!!

 俺は泣きながらも、黙々と作業を進めて行った。

 石畳を敷いて行く中、滝壺に波紋が広がった。

「ん?小石か何か落ちたか?」

――山女魚が跳ねましたね

 成程、山女魚か。

「………山女魚???」

 めっさ驚き、キングコブラを見る。

――自分は裏山の主ですから。裏山に生きる全ての生物は自分が守ります

「いやいやいやいやいやいや!守るとかじゃなく、何で山女魚がいるんだよ?」

 滝が出来たのは、ほんの数日前。

 階段を作っている最中も、水路を引き込んだ時も、山女魚は愚か、魚なんか居なかった。

 キングコブラは目を細めて頷いた。

――龍の海神様の池にいた淡水魚を移して貰いました。淡水魚は滝の方が良かろうと、快く応じて戴きました

 はぁ~、と呆ける。

 つか、池に山女魚が居た事すら知らんかったし。

 彼処は海の生き物のテリトリーとばかり思っていたからなぁ…

 だけど、海水魚と淡水魚は共存できんのでは?

 いや、確か塩分濃度を0、9にすれば共存可能だとか何とか。大昔、淡水魚と海水魚は共存していたと言うし。

 ともあれ、渓流釣りも楽しめると言うミラクルが起こった訳だ。

 そうと決まれば、早く工事終わらせて遊ばなければならない。

 俺は黙々黙々黙々黙々と作業を続けた。

 三日掛けて石畳を敷き詰めた川が出来た訳だが、滝の頂上に社建立すると言う、実に面倒臭い作業が残っている。

 汗を大量に掻きながら材料を頂上に運ぶ。

「こ、これは…マジ辛い……」

 思えば資材運搬は全て機械を頼っていた。

 だが、石の階段を歩ける重機などない。

 クレーンは金が掛かりすぎるから、神崎から却下されたし…

 更には神体も運ばなければならないと言う重労働が待っている。

 神体は石だからめっさ重いんだが、どうしよう?

 あれこれ考えながらも、資材を頂上に運び、そこで組み立てる。

――何か心苦しいのですが…勇さんにここまでして戴きながらも、手伝う事ができないとは…

 嘆くキングコブラだが、亀もそんな事言っていたから、やっぱり何か理由があるんだろう。

「資材運搬が終われば、後は組み立てるだけだから問題ない」

 一応気を遣って答える俺。

 社は何回も作っているから、既に身体が覚えている。

 社建立は一日で終わった。

「後は神体かぁ…」

 背負うか?重くて死ぬわ!!

 一人で突っ込んでみるも、イマイチいい考えが浮かばなかった。

 一晩考えた作戦は、神体を油圧ジャッキで階段を一段づつ上がらせ、頂上に到着したら、コロで転がさせて鎮座すると言う、まぁ、普通な運搬方法だ。

 普通にユニックか何か借りれば直ぐに終わりそうだが、今回は二体。既に予算は食い尽くしている。

 タマなんかここ数日姿を見せてないし。

 絶対手伝わねーと言う反抗的な態度が垣間見える。

 あの小動物、後で絶対に説教だな!!

 憤りながらも、一段一段、神体を運んで行く。

 超地道作業だが、絶対に落としたりしてはいけない。神体がぶっ壊れたら、また金掛かっちゃうし。

 キングコブラが頑張れ頑張れとエールを送るが、充分頑張っているっちゅーねん!!

 休憩も取らず、昼飯も食わずに慎重に階段を上らせる。

 そして日が暮れ始めた頃、漸く頂上に神体を上げる事に成功した。

――ご苦労様でした勇さん。今日はもう遅いので、また明日お願い致します

 本当に嬉しそうなキングコブラ。

 俺はお言葉に甘える事にした。本当に疲れたからだ。

「明日で全て終わらせる。もう少し待て」

 実際明日で終わらせなきゃ身体が辛い。

 俺はフラフラになりながら、家に帰った。

「ただいまぁ~…」

 超ヘロヘロで汗だくな俺は、真っ直ぐ風呂に向かう。

 途中タマが居間から顔半分だけ出して俺を見ていたが、俺と目が合うと『シュッ』と姿を消した。

「こぉの小動物があ!!」

 ムカついた俺は居間にズカズカと入り、タマを追っかけた。

 タマは必死で逃げ回る。

「この北嶋 勇を相手に逃げ切れると思ってんのか小動物!!」

 ガシッと捕まえる。タマは逃げようと必死に俺の手をガシガシ咬んだ。

「ふははは!!効かねーなぁ!!悲しいなぁ小動物!!」

 そのまま風呂に連れ去る。

「たまには愛玩動物らしく飼い主を癒せタマ」

 タマはクワーッ!クワーッ!と叫ぶが、勿論無視する。

 取り敢えず頭からお湯をぶっかけてみる。

「クワーッ!!」

「ふははは!!嬉しいかタマ!!飼い主と風呂なんて久しぶりだしなぁ!!」

 犬用シャンプーで頭をガシガシ擦ると目に入ったのか、クワーックワーッと暴れながら叫ぶタマ。

 対して俺は『ペットを綺麗に洗う』と言う大義名分の優越感に浸り、タマをグリグリと『優しく』洗ってやった。

「…随分ボロボロになっているわね…」

 晩飯のテーブルに着席するなり、タマを見て溜め息を付く神崎。

「仕方ねーだろ。風呂が嫌だと暴れるんだからさ」

 コップに注がれたビールをゴブゴブ飲みながら話した。

「タマの言い分だと、シャンプーが目に入ったから暴れた、らしいけど?」

「それは知らん」

 タマの言い分など聞かない俺は、めっさ腹が減っているのでモリモリと飯を食う。

 昼飯抜きで労働したんだから当たり前だ。

「おっ、そうだ。滝に山女魚がいたぞ、山女魚!!」

「へぇ?本当?綺麗な清流みたいだから、山葵も生える、と地の王も仰っていたわ」

 山葵も生えるってか!!こりゃ益々楽しみだな!!

 つか…

「いずれ完全自給自足できそうな勢いだが…」

 米と肉ができれば、それも夢じゃない気がする。流石に稲作までやる気は無いが。

「裏山は余所様には絶対に見せられないわね…もう一枚結界を張ろうかな…」

 真剣に考える神崎。まぁ、それには同感だ。普通の人間に見せたらパニックになりそうだし。テレビ局にでもチクられたら面倒な思いしそうだしな。

 まぁ、その結界は神崎に任せて、今は飯をバクバク食う事に専念しようと思った。

 朝が来た!!

 労働しなきゃいけない朝が来たー!!

 面倒だが、終わらせなければ金ばかり掛かってしまう。

 朝飯をしっかり食い、最後の仕上げに向かう。

 工事をやれば、神崎が率先して神体掃除をしてくれるので有り難いっちゃー有り難いが。

 つか、殆どサボっているけど。

 今日は嫌がるタマを無理やり引っ張って仕事に来た。

 キングコブラの姉貴分だと言うからには、しっかりと手伝って貰わなければならない。

――妾は重い物は持てぬからな!!

「お前は尻尾振って掃き掃除しろ」

 つか、岩山故に穴掘れとかは流石に言えないが。

 俺達が滝壺に着くと同時に、キングコブラがヌーンと姿を現す。

――おはようございます勇さん。本日は姉様もご一緒ですか

――む、まぁ、姉として弟分の社に来ぬ訳にはいくまい

 何か調子こいて、ムッフーと鼻息を荒くするタマ。

「んじゃやるか。ほらよ」

 そう言ってタマに縄を掛ける。

――む?何をするのだ?

 首を傾げるタマを無視して、神体にも縄を掛ける。そして社に向かってコロを置く。

――ま、まさか!!

「お前が引っ張るんだよ。俺が神体押すから」

 神体鎮座の作戦は、タマに引っ張らせながら俺も押し、良い感じで鎮座させると言う、実にシンプルな技だ。

――ふざけるな!!妾は重い物は持てぬと言っておろう!!

「だから持たせないから引っ張れと言ってんだ。おら、弟分に格好いい所見せろ」

 タマは『うっ!』と言う表情をし、ギリギリと歯を食いしばって神体を引っ張り出した。

 今度からキングコブラをダシに使おうと、俺は密かに心に誓った。

 キングコブラの神体を無事社に鎮座させた頃には、既に昼飯時間となっていた。

「ちょうど飯時だ。あまり役に立たんが、まぁよくやったタマ」

――ゼェゼェ…何たる言い草!!!か弱き小動物の妾に、こんな石の塊を引っ張らせた労いの言葉がそれか!!

 ヘロヘロだから飛び掛かってくる事も無く、ベシャッと岩に倒れ込んで抗議するのが精一杯なタマ。

――ね、姉様、大丈夫ですか?

 キングコブラが湧き出している泉にタマをズリズリと引っ張って水を飲ませようとする。

 歩くのもキツそうなタマを気遣っているのだ。

 うむ、美しきかな姉弟愛。

 一人感動し、ウンウン頷く。

 丁度その時、神崎がビニールシート持参で昼飯を持って現れた。

「お昼持って来たよー」

 滝壺付近から頂上の俺達に向かって手を降る神崎。

「おー。つか頂上に来いよ。ここでみんなで食おうぜ」

 神崎は『そのつもり』と頷き、階段を鼻歌を歌いながら上がって来た。

 頂上に着いた神崎は改めて感動していた。

「へぇ~…いいじゃんいいじゃん!!湧き水から清流に、そして滝に、か…御神体も無事納めたのね!!」

――わ、妾が頑張った故に…

 ぐったりしながら手柄を名乗るタマ。

「だから、いなり寿司いっぱい作ってきたから」

 神崎は笑いながら重箱を開ける。いなり寿司がギッシリ詰まっているのが確認できた。

――い、いなり寿司は…好物故に…

 フラフラ立ち上がり、重箱に寄ってくるタマ。全く、誰に似たんだか、食い意地は張っていやがる。

 昼飯を堪能した後は、本当の仕上げ作業だ。

 神崎もそのまま残り、神体を拭いたり、ゴミを拾ったりしている。

 タマはダメージがデカかったようで、昼飯を食って直ぐ寝てしまい、未だに爆睡中だ。

 叩き起こして手伝わせようとしたが、神崎に止められ、キングコブラからは頼まれて、仕方無しにそのまま寝かせてやる事にした超優しい俺。

 俺は階段を丁寧に削り、表面仕上げをしていく。

 そのままずーっと下がる。

 削岩機で削った段階でもそこそこな仕上がりだったので、本当に大した手間では無い。

 だが時間は掛かる。

 そして夕方になった頃…

「終わったぞお!!」

 夕日を浴びるように、身体いっぱい使って伸びをして叫んだ。

「お疲れ様。今回は二柱だから、大変だったよね」

 神崎もニコニコ笑って労ってくれる。

 タマは…

 頂上でキングコブラと談笑していやがった。

 起きたら手伝えばいいのに、シカトしていたのか。

 まぁ、後で説教喰らわすとして、取り敢えず労働から解放された喜びに浸る事にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その日の深夜。

 沢山昼寝した妾は、変に目が冴えて一人、裏山を散歩していた。

 裏山の入り口は海神の池に繋がっている。

 早速妾の姿を見かけた海神が話し掛けてくる。

――何だ?夜の散歩か狐

――それ以外に何があると言うのだ

 池で泳いでいるイカを掬い、モグモグと食う。

――北嶋の守護柱は六柱になり、裏山もだいぶ賑やかになったな。黄金のナーガの滝に淡水魚を移したおかげで、この池には海の魚類しか居なくなったが

――モグモグ…貴様もナーガに気遣いをするとは、見直したぞ

――ふっ、飼い主にそっくりになったな

 笑う海神だが、妾は『ガーン』となって口をあんぐりと開いた。

 妾が、あんな愚か者にそっくりになっていたとは!!

 思えば、以前ならば、イカが泳いでいるのを見付けても、狩って食う事などしなかった。

 余程あの愚か者に毒されておるようだ。

 もの凄く落ち込んで項垂れる。

――何をそんなに嘆く事がある?勇に一番近い所で仕えていると言う証ではないか

 クックッと笑う海神。

 逆に言うと、一番被害を受けている証拠でもあると言うのに。

 反論をする気力も失せた妾は、そのままトボトボと立ち去ろうとした。

――む!?

 いきなり海神が夜空を見上げた。

 ピクピクと妾の耳も反応した。

――客が来たようだな………!!

 一斉に姿を現す北嶋の六柱、

 それぞれ、夜空の向こうにいる『客』を『視て』いた………!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

北嶋勇の心霊事件簿13~始まりの男~ しをおう @swoow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ