第1話

 村は火の手が上がり、空は真っ赤に染まっていた。

 だだだ、だだだという小刻みの大口径ライフルの銃声が、炎に包まれた村のそこかしこから聞こえてくる。

 立ち並ぶ家のほとんどは銃撃により外壁が穴だらけになり、中には派手に火の手が上がっている家もあった。

 みずからの手で掘った穴の中に蹴り落とされ、懇願もむなしくアサルトライフルによる容赦無い掃射を浴びせられる男たち。老人は壁の前に並ばせられて機銃掃射で撫で斬りにされ、風に煽られた立て看板の様にばたばたと薙ぎ倒される。子供たちは家の中に押し込められ、家の周りに念入りに撒かれたガソリンに火をつけられて家ごと焼き殺されていた。

 窓から上半身を乗り出して、窓枠の上で体をふたつ折りにしたまま燃えている死体もある。

 その原因は想像する必要も無いだろう――脱出しようと窓から身を乗り出したその瞬間、家の周囲に撒かれた大量のガソリンの燃える炎と黒煙によって昏倒したのだ。

 村の中央附近にある今でも現役の井戸には、手酷く痛めつけられた村人たちが次々と投げ込まれている。その合間を縫って、井戸のそばに控えた兵士たちがポリタンクに入ったガソリンを井戸の中に流し込んでいた。

 兵士に引っ立てられた若い男が、あられも無く泣き叫んでいる――大口径のライフルで撃たれたのか片腕が吹き飛び、右脚と脇腹の肉がごっそりとえぐり取られて、その激痛で抵抗もままならない。

 おそらく兵士たちの隙を衝き、なんとか逃げようと試みたのだろう――そして広場に何台か止められたピックアップ・トラックの荷台に定置式の対空機銃を固定した簡易的な火力支援車輌テクニカルの射手に発見され、雨のごとき銃撃を浴びて斃されたのだろう。服に焦げ目があるのは、着弾をわかりやすくするために普通弾ボールの中に混ぜられた曳光弾トレーサーの曳光剤で衣服の繊維が燃えたからだ――炎自体はあっという間に出血で消火されたが、それが彼にとって幸いだったのかどうか。

 秋冬用の茶系の目立つ迷彩戦闘服を着た黒いバラクラバ帽をかぶった兵士は失血のせいで動きの鈍い若者の体を引っ立てて、そのまま井戸に突き落とした。

 もう何人目になるか――ポリタンクの中身を井戸にぶちまけていた兵士が中を覗き込んで肩をすくめると、後から続いてきた兵士に向かって何事か声をかけた。こちらは春夏用の森林用迷彩の戦闘服を着ており、統一されていない。

 腰の曲がった老女を無理矢理引っ立てていた兵士がそれを聞いて何事か言い返してから、老女の体を井戸に放り込んだ。

 戦闘服に統一性が無いのは、彼らがもともと統制された軍隊ではないからだ。季節がバラバラなだけでなく、同じ秋冬用でも迷彩模様パターンが異なっている。様々な国から支援物資として供給されたもの、あるいは奪取したものを部隊ごとに統一するでもなくそのまま使っているからだ。彼らは暫定政府軍の兵士ではあるが、ただ単なる正規軍気取りの武装民兵でしかない。

 制式の銃も無い、軍服が統一されているわけでもない、交戦規則R O Eも存在しない。あるのは多数民族マジョリティとして少数民族マイノリティを虐遇する、薄汚れた悪意だけ。

 生きた人間を棄てる場と化している井戸の近くに、角ばったワゴン車が一台止まっている――近くに止まった別のトラックとは、車種もメーカーも塗装の色も違う。火力支援車輌テクニカルにされているほかのトラックが民間向け車輌を改造したものなのに対して、車高に対して異様に最低地上高が高い四ドアの軍用ワゴンで、屋根の上に十五ミリ口径の対戦車用機銃が突出している。RE-05斑猫パンサー、近隣の共産主義国家から暫定政府軍に供給された火力支援車輌ガンビット仕様の軍用ワゴン車の一種だ。

 車のそばに蹲っていた少女が兵士たちに引っ立てられてくる村人たちの中に見覚えのある顔を見つけたのか、何事か叫んでいる――呼びかけられているのに気づいたのか、若い女が少女のほうに視線を向けた。

 それに気づいたのだろう、兵士のひとりが若い女のほうに視線を向ける。この兵士だけは釣りに使う様なポケットがいくつもついたメッシュのベストを着て、太腿に自動拳銃を一挺固定していた。ライフルで武装していないのは、彼らの中では序列が上なのかもしれない――実際にこの虐殺でみずから手を染めているわけではないのだ。

 おそらくは指揮官級であろうその兵士が、高慢さの感じられる頭ごなしの態度で女性を引っ立てていた兵士に何事か声をかけた。

 兵士がうなずいて、抵抗しようとする女性の体を引きずって少女の目の前に放り出す。飛びつこうとした少女の動きは、右腕を軍用車のホイールの一部に固定したプラスティカフによって阻まれた。

 兵士が女性の体を上から抑えつけ、そのまま服の胸元に手をかける――煤で薄汚れた女性が自分がよりにもよって娘の眼前でなにをされるのかを悟って暴れ出し、それを見て自分も参加することにしたのか別な兵士が女性を抑えつけるのに加わった。

 屈強な兵士ふたりがかりでは、女性ひとりがどんなに暴れても意味を為さない。あっという間に着ているものを剥ぎ取られ、胸のふくらみを下着の上から乱暴に揉みしだかれて泣き叫ぶ女性から視線をはずし、彼女をそんな目に遭わせることを命じた兵士は井戸のほうに向かって適当に手を振った。

 その手振りとともになんと命じたのか、井戸のそばにいた兵士がいくらか距離を取った。

 四歳くらいの男の子を引っ立ててきた兵士が、ライターを手にした兵士を手招きする――彼は泣き叫ぶ男の子の体を無理矢理持ち上げ、腰からふたつ折りにして井戸のへりに引っ掛けてからその背中を手振りで示した。

 それで意図を悟ったのか、ライターを手にした兵士が男の子の背中に火をつけ――薄汚れたぼろぼろの衣服が燃え上がり、背中を焦がす炎の熱さに男の子の叫び声が一層激しくなる。

 それを無視して、兵士は男の子の体を井戸に突き落とした。ほぼ同時に井戸の中から噴き出してきた炎が、とっさに身を離したふたりの姿を赤く染める――男の子の服につけられた炎が立ち昇ってきたガソリンの蒸気に燃え移り、一瞬で炎上したのだ。

 ガソリンの量そのものがたかが知れているし、井戸の中には水がある。水中に潜れば焼死はしないだろうし、水の冷却作用と酸欠によってじきにガソリンの火は消えるだろう――ただし炎が井戸の中の酸素を根こそぎ奪ってしまうから、井戸の中で仮に生き延びたとしても待っているのは窒息死か溺死のどちらかだ。

 口々にあがる叫び声を無視して、兵士が再び母子のほうに視線を移した――兵士のひとりが娘の目の前で母親の両腕を抑えつけ、もうひとりが彼女の脚を無理矢理開いて自分の下半身を押し込み、がくがくと腰を前後させている。

 自分の母親が目の前で凌辱される光景に、女の子が泣き叫んでいた――それがどういう行為かはまだ理解出来なくても、それが自分の母親を貶め辱める行為であることはわかるのだろう。

 だが、母子にとっての地獄はまだ訪れていなかった。井戸に火を放った兵士ふたりが軍用車のホイールに手首を括りつけられていた少女に歩み寄り、彼女の体に手をかけたのだ。

 まだ五歳か、六歳か――母親よりもさらに抵抗は難しかっただろう。少女はあっという間に着ているものを剥ぎ取られ、そのまま母親の目の前で純潔を奪われた。

 自分がされていることの意味はわからないのだろうが――幼い秘裂に異物を捩じ込まれて激痛に泣き叫ぶ娘の姿を目にして、母親が再び暴れ出す。上膊を抑えつけていた兵士が腕をはたかれて腹を立てたのか、彼女の顔へと拳を落とした。

 二度それを繰り返してから、取り出した自分のものを母親の口元に押しつける。拒否している母親の頭を髪の毛を掴んで引きずり起こし、兵士は平手で彼女の頬を張った。さらに頭をこめかみから両手で地面に叩きつけ、それで抵抗を止めた母親の口の中にいきり立った自分のものを押し込んで、兵士が腰を前後させ始める。


 射殺するのは、簡単だが――胸中でつぶやいて、彼は母親の口に自分のものを突っ込んでいる兵士の頭部から照準をはずした。

 狙撃を念頭において一体式減音器インテグラルド・サプレッサーを銃身に組み込んだロングバレルに交換され、フレームに鋼板を溶接して剛性を高めたうえで光学照準器を取りつけたサーヴィス・ウルティマ・レティオ・サウンド・リデュース狙撃銃だ――これならすぐにこちらの所在が露見することは無いが、今銃撃を加えるのはこちらの存在を叫んで回る様なものだ。それでは作戦をしくじる。

 小さく舌打ちを漏らし、彼はてんこう代わりにしていた壁の穴から突き出した銃口の角度を変えて虐殺の現場になっている村の中央部、井戸のある広場でひときわ高い建物――教会の尖塔ミナレットへと照準を向けた。

 この地方の土着宗教の形式によくみられる、鐘楼を兼ねた尖塔だ――その尖塔のてっぺんにある窓から、ひとりの人影が姿を見せていた。

 尖塔の最上階で篝火を焚いているために、それが逆光になって容姿はわからない。だが二メートルを超える恵まれた体格を持つ、顔の下半分を髭に覆われた禿頭の男であることだけは判別出来た。

「ブラック・ワンよりブラヴォー指揮所ゼロ・ブラヴォー――応答されたし」

 超小型無線機の送信センドボタンを押してそう囁くと、ややあってバンダナの様に頭に巻きつけたヘッドセットが空電雑音ヒスノイズとともに抑えた声を発した。

「ゼロ・ブラヴォー」

「ブラック・ワン――標的ターゲットと思わしき人物を発見。だがここからでは確認出来ない」

「ゼロ・ブラヴォー了解。どこにいる?」

「ブラック・ワン。教会の尖塔だ――背後で篝火を焚いていて、それが逆光になって顔が陰になって見えない」

「ゼロ・ブラヴォー了解。ブラック・ワン、フォアを除く全ブラック、教会の尖塔を視認出来るか?」

「ブラック・ツー否定ネガティヴ

「ブラック・スリー否定ネガティヴ

「ブラック・ファイヴおよびシックスは移動中フォックストロット――待機せよスタンバイ」 ややあって、

「ブラック・ファイヴ――肯定アファーマティヴ。教会の尖塔の頂上の窓から、標的が見える」

「ゼロ・ブラヴォー了解。近づけるか?」

「ブラック・ワン否定ネガティヴ。村の中央部を突っ切るのは無理だ、数が多すぎる。第二プランを試みる」

「ゼロ・ブラヴォー了解。十分注意せよ、以上アウト」 それでいったん指揮所ゼロとの通信を終え、彼はかたわらにうずくまった同僚とうなずきあった。

「ブラック・ツーよりブラック・ワン」

「ブラック・ワン」 返事を返すと、ザッというノイズに続いて屋外にいる仲間の警告がヘッドセットから届く。

「ブラック・ツー――気をつけろ。敵兵エクスレイ二名が徒歩で接近中フォックストロット」 頭蓋骨を通して直接伝わってきたその声に、彼は手にしたライフルを音も無く足元の藁の上に置いた。

「ブラック・ワンRog了解――方向と距離は?」 超小型無線機の送信ボタンを押し込んで、小声でささやく――首にマジック・テープで巻きつけたスロート・マイクは圧電ピエゾ素子で声帯の振動を拾い出し、音声信号に変換して出力する。普通なら一メートル離れれば聞き取れない様な小声でも、問題無く聞き取れるはずだ。

「ブラック・スリー――西側、その家畜小屋から出て右手だ。距離は約十五メートル」

「ブラック・ワンRog了解」 抑えた声で返事をして、かたわらでうずくまっていたもうひとりの若い兵士の膝を軽く叩く――警戒を促したつもりだったが、当然向こうも聞いているだろう。彼はこの狭い飼育小屋の中では邪魔にしかならないアサルトライフルを剥き出しになった地面に横倒しになって息絶えた牛の屍に立て掛けると、代わりに太腿に括りつけたホルスターから銃口部分に長い減音装置サプレッサーを取りつけた大型の自動拳銃を引き抜いた。

「ブラック・ツー――制圧可能」 その返事を聞きながら、彼は右太腿部に手を伸ばした。自動拳銃のホルスターと一緒に固定した、ナイロンとカイデックスで作られたシースから、パラシュート・コードを巻きつけた簡素な握りの大型ナイフを音も無く引き抜く。

「ブラック・ワン、Rog了解――ブラック・フォアはこのまま待て。ブラック・ツーへ――エクスレイの陣形は?」

「ブラック・ツー――ふたりが横に並んでいる」 その答えを聞きながら、彼はナイフのグリップを握り直した。ふたりが指示によって巡回しているなら、連中が戻らないことで敵の警戒を促すことになる可能性がある。殺さずに済むのなら、それに越したことは無いが――

「ブラック・ワン、Rog了解――奴らがこちらに気づかない様ならやり過ごす。俺たちのいる家畜小屋を除いたり入ってくる様なら、手前の奴は俺が殺る。そっちから近いほうを殺れ」

「ブラック・ツー了解」 その返事を最後に、彼はナイフを逆手に握って飼育小屋の入り口近くの壁に張りついた。西側から接近してくるのなら、こちら側に潜んで迎撃するのが理想的だ。

「ブラック・スリー――飼育小屋の入口まであと三メートル」 ささやく様な小さな声に、彼は一度小道をはさんだ向こう側に視線を向けた。阿呆どもが面白半分で対空機銃の銃撃でへし折った、樹齢数百年ものの巨木の残骸。無惨に半ばからへし折られた巨木のその陰に、ブラック・ツーとスリーが潜んでいる。

「あと二メートル。一メートル……」 そこまで来たときには、すでにふたりの話している声が聞き取れる様になっていた――もっともスラング、というか訛りが酷すぎてさっぱりわからないが。

「ザラマーダ――」 ちょっと待て、という意味だ――ちょうど彼が張りついている壁の向こう側でそんな声が聞こえ、続いて口髭を生やした男がにゅっと顔を出して小屋の中を覗き込んだ。別に敵の存在を看破していたわけではないのだろう、たまたま彼と目が合った兵士が一瞬ぽかんと口を開ける。

 そのときには、彼は行動を起こしていた。

 敵兵が反応するよりも早く、兵士の胸元に巻いた布を掴んで引き寄せる。下半身を残したまま上体だけで小屋の入口を覗き込んでいた兵士は上体を引きつけられて簡単にバランスを崩し、そのまま地面に引きずり倒された。

 そのまま首に巻いた布を掴んだ手を捩じる様にして締め上げながら、拳を喉に押しつける様に押し込む――兵士が一瞬の恐慌から脱し、取り落としたライフルの代わりに拳銃を抜き出そうとしているのがその眼差しでわかった。

「――!」

 なにか叫ぼうとしたのだろう――だがその絶叫は喉笛を押し潰されて声にならない。そしてそれよりも早く、彼は手にしたナイフの尖端を肋骨の隙間から脇腹へと刺し込んだ――全長は三十センチほど、牛刀の様にも見える凶悪な形状のナイフの尖端が服を、皮膚を、筋肉を、肺を突き破って、大動脈をいくつか切断しながら心臓に達する。

 電撃に撃たれた様に全身を硬直させた兵士の首元から手を放すと、彼は今度は左手で兵士の口をふさいだ。そのまま首元にナイフを当てがって、水平に滑らせる――ぱっくりと裂けた頸動脈の切れ目から噴き出した血は、すでに心臓を破壊されて血圧が下がっているためにさほど多くない。左右の頸動脈と気道を切断されて、一瞬で血圧の下がった兵士の体がショックで痙攣を始めた。

 視線を向けると、もうひとりの兵士もすでに死んでいる――サプレッサーつきの自動拳銃の射撃を胸部と眉間に一発ずつ撃ち込まれて、その場に倒れ込んでいた。

「ブラック・スリー――ターゲット・ダウン」

「レクサー、死体を片づけるぞ――こいつを奥へ」 待機していたもうひとりの兵士に声をかけると、レクサーと呼ばれた兵士は音も無く立ち上がってこちらへと近づいてきた。敵兵の体をかかえて飼育小屋の奥へと引きずっていく音を聞きながら、戸外で倒れたもうひとりの敵兵の体をかかえて飼育小屋の中に引きずり込む。

 本来は牛を飼っている小屋だったのだろうが、連中が対空機銃で掃射でもしたのか、大口径の銃弾で外壁が穴だらけになっている――もちろん飼育小屋にいた生き物も一緒に蜂の巣だ。十五ミリの大口径の機銃で全身をズタズタにされた牛の死体に躓かない様に注意しながら、彼は飼育小屋の適当な仕切りの中に敵兵の死体を放り込んで上から藁をかけた。

 どのみちぱっと見て簡単に見つからなければそれでいい。彼らは何日もここに潜伏するわけではない。

「ブラック・ワンよりブラック・ツー――周辺の状況の確認を」

「ブラック・ツー――今は問題無い」

「ブラック・ワン、Rog了解」 彼はそう返事をしてから、敵兵が取り落としたアサルトライフル二挺を拾い上げた。簡素な木製ストックのついた七・八ミリ口径のライフルを、適当な仕切りの中に入れて上から藁をかける。

 飼育小屋から外に出る前に、敵兵を引きずり込んだときに乱れた地面を手でこすって均しておく――どのみちあと二十分で作戦は終わるが、ほかにも動哨がいないとは言い切れない。

 ブラック・フォア――レクサーが差し出してきた狙撃用ライフルを受け取って、彼らは視線を交わして小さくうなずき合った。

「行くぞ」

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