第46話 竹取(婚約破棄するかもしれない)物語2

 王子との結婚式が近付くにつれ、カグヤは王子と書かれた板さえも割るようになった。時々字を間違って玉子もあったが。


「ふんっ!」


 ――バキッ!


「せえやっ!」


 ――ガシャッ!


「王子の朴念仁!」


 ――ドガシャン!


 今日も庭でカグヤが板と瓦を衝動のままに割っていると、伯爵が近付いてきた。


「そ、それほどにカグヤは王子を厭っているのか?」

「……かち割りたいくらいですわ」


 答えになっていない答えを返しつつも、破壊の手は止めずにカグヤはひたすら武道に打ち込んでいる。

 脳天とは付けなかったのと、その時たまたま玉子と書かれた板を真っ二つに割った直後でもあったので、何かを激しく勘違いした伯爵が股間をそっと押さえたが、カグヤは気にしなかった。


「好きか嫌いかの二者択一だとすれば、私は……」


 やっと手を止めたかと思えば、カグヤは花のかんばせを歪め眉間を深めた。彼女のどこか悲しげな表情から伯爵が導いた答えは「カグヤは王子が嫌い」だった。


 ここまで嫌っているのでは、無理やり結婚させても良い事はないだろうと、そう考えた伯爵は婚約解消するしかないと決意する。


 政治的なバランスを考慮して組まれた縁談だったが、娘の一生を左右する問題なのだ。

 王子に嫁ぎたいちょうど良い家柄の代わりの娘など他にもいるので、カグヤではなくともいいだろうと伯爵は考えた。一時は妻との離婚の危機の原因となった程に思い入れのある大事な養女には、何としてでも幸せを掴んで欲しかったのだ。


 もしもこの婚約解消で家が断絶されようと、構わないとまで思っていた。


 そうなった時には長男を流した島にでも引っ越して、鬼と格闘の日々を送ろうとまで固く決意していた。

 きっと鬼との対面にカグヤは大喜びするだろうとの確信がある。

 しばらく会っていない長男も、マッチ棒だったのが嘘のように別人レベルのマッチョになったニヒルな写真を送ってきたので、正直ちょっとどころじゃなくどんな場所か気になっていたのもある。

 親しげに肩を抱いて一緒に写っていた南国系のセクシー美女が、息子と果たしてどのような関係なのかも気になっていたのもある。

 初孫の誕生も近いかもしれない。


 そんなわけで変に吹っ切れた伯爵は、後日、王子も出席するとある夜会で、カグヤと共に赴いて王子の前でいきなり跪いた。


「王子殿下、我が娘カグヤとの婚約を取り消させて頂きたい!」


 誰もが予想だにしない急な展開に、会場内がざわついたのは言うまでもない。

 傍に立つカグヤも心底驚いた顔で養父を見下ろした。


 突然の懇願に絶句した王子は、普段の柔和な雰囲気を珍しくも潜ませて、その場の空気をヒリ付かせた。


「その理由をお訊きしても?」


 努めて冷静に声を抑えての王子の問いに、伯爵は額を床に擦り付け、そのまま叫ぶようにした。


「カグヤが心から愛する相手でなければ、嫁がせたくないのです。そして同じようにカグヤを慈しんで下さる相手でなければ」


 王子もカグヤも伯爵の言葉を受け止めていたが、すぐに言葉が出て来なかった。


「政略結婚にそのような望みを抱くなど可笑しなものですが、婚約の話が出た当初は殿下はきっとうちのカグヤを好いて下さると思っておりました。ですから婚約を承諾したのです」


 それは詰まる所、大勢の衆目の前で王子がカグヤを、そしてカグヤが王子を愛していないと言っているも同然だった。


 いつしか会場内は水を打ったように静まり返っている。


「お父様……急にどうされたのです?」


 静かにしゃがみ込み、心痛を抑えた面持ちでカグヤは養父を支え起こそうとする。


 そんなカグヤの前に一つの手が差し出された。


 彼女が不思議に思ってその掌を、そして辿るようにしてその主の顔を見上げれば、王子のどこか寂しそうな表情に行き着いた。


「あ、の……?」


 怒ったり困惑するならまだしも、どうしてそんな顔をするのだろうか、とカグヤは疑問だった。

 だって伯爵の言うように、王子は別にカグヤの事を好きなわけではないのだ。

 王権の安定と、敢えて言えば世にも珍しい姫だから娶ってみたいだけなのだろうと、カグヤだってそう思っている。


「カグヤ姫、貴女は僕を嫌っておいでですか?」


 好きか、嫌いか。


 そんなものは……。


 カグヤは自嘲するように小さくわらった。


「空手の板のように感情もパッキリと割れれば宜しいですのに……」


(今の王子なんて、好きだけど嫌いで、嫌いだけど――……)


 この切ない恋心だけは出会った時から変わらずにあるなあと、カグヤは思い出していた。


 ――王子との出会いは、庭で日課の板割りを終え、物足りなくてこの国では珍しいと言われる竹林で竹をかち割っていた時だ。


 あの日、人の気配を察してカグヤは上手く身を潜めた。


『このような場所から生まれた得体の知れない娘など、放っておけば宜しいのです』

『そんな風に言っては駄目ですよ。既に婚約は決まったのですし。むしろどんな女性なのか興味が湧きます。きっと竹のようにスッと背筋の伸びた美しい人でしょう』

『殿下はまだ十五とお若い。これからを王家のために犠牲にしてほしくはありませぬ』

『王子としてではなく僕個人を案じてくれるのは、今や爺やくらいですね』


 近付く足音とともに交わされる会話から相手が誰かわかった。

 重なる竹の陰に上手く隠れて会話を聞く限り、王子の性格は悪くなさそうだった。


『こちらに散策に来ていると聞いてきましたが、どこに居るんでしょう……?』

『こうも広い竹林ですと見つけるのも一苦労ですなあ』

『その分姫を見つけた時の喜びもひとしおだと思いませんか?』

『ふう。全く、王子はいつもそのようなのですから……』


 その割に爺やの顔は綻んでいた。


(うーん、大自然とはいえ、所構わず歩き回られるのもちょっと困りますわね)


 この竹林はカグヤの誕生した場所、つまりは生家。

 無断で家探しされるようなものだ。


(それに、ここに生えているのは一応私の親兄弟姉妹ですし、万が一邪魔だとかでバッサリ伐られてしまうかもしれません。そうなれば不憫ですわ)


 家族ではあるが、あくまでも竹は竹。

 しかし、されど、竹でも、家族なのだ。

 とは言いつつ躊躇なくカグヤ自身は竹をかち割っているのだが。


 そういうわけでカグヤは王子たちの前に出て行く事にしたのだった。

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