第36話 アラジンと魔法のランプ

 魔法のランプの精――魔人はほとほと頭を悩ませていました。


「どーしよ、ほんとどーしよ。主変わり過ぎでしょ俺~」


 それも、空飛ぶ魔法の絨毯じゅうたんがいけないのです。


「メッチャ焦がしちゃったもんな~」


 うっかり蝋燭ろうそく立てを倒して気付かなかったせいで、無残にも絨毯には黒く焦げた大穴が開いています。


「大きめのクッション敷いて穴誤魔化したのが悪かったんだよね~。絨毯の端っこに座れって言ってんのに自分は主人だから真ん中に座るってきかなくて、みんな穴からすとーんって落ちてくんだもんな~。でも絨毯の代わりなんてないし~」


 以前砂漠の街の市場で幸運にも出会った魔法の絨毯だったのです。

 東方の島国原産の見事な織りの絨毯でした。

 絨毯的には魔法と言うより自分は付喪神つくもがみとか言うのだと主張していましたが。

 東方から遠路はるばる人から人の手を渡って長い時を旅して来たらしいのです。


「焦がしちゃってめんごめんご~」


 穴あき絨毯はひらりと全身をくねらせ、形ある物いつか壊れると意思表示、責める素振りは微塵もありません。


「いい奴だな絨毯は~。悟り世代~!」


 絨毯にそんな世代があるのかはよくわかりませんが、感動してひしと抱き合っていると、ランプの表面を誰かが擦りました。


 実はここは小さなランプの内部。

 ですが大きな絨毯だって入っちゃう、空間の概念がおかしな亜空間だったのです。


「お? おお? 新たな主の登場だよ~。じゃちょっと行ってくるわ~。また必要な時よろしく~」


 絨毯は四角の角っこで器用に敬礼し、魔人は呼び出しに応じます。


「呼ばれて飛び出てじぇじぇじぇじぇ~ん!」

「うわっ、びっくりした。際どい台詞だな。でも本当におじさんの言う通り魔法のランプだったんだ」


 ランプの細い口から煙になって魔人が飛び出すと、そこには一人の若者がランプを前に腰を抜かしていました。


「あなたが次のご主人様か~、しくよろ~」

「あ、ああよろしく。私はアラジンだ」

「お~け~アラジンアラジンっと。んじゃアラジン様、俺を呼び出したからには願いがあるんだろう? 願い事は三つまで叶えてあげられるよ~ん」


 ひょうきんな魔人が指で三の数字を表すと、青年アラジンは驚いたように目を丸くします。


「へえ、三つも。じゃあ単刀直入に言うけど、宮殿の姫と結婚させてくれ!」

「うひひひ兄さんストレートに欲望を口にする男だあね~」

「……言わないと伝わらないことだってあるだろ」

「まあね~ん。そういうとこ嫌いじゃないぜ~?」


 賛同し魔人がウインクするとアラジンは微妙な顔になりました。


「ちぇ~酷い」


 とか言いつつも全く傷付いた風もなくぞんざいに笑む魔人は主人の願いを叶える約束をします。

 国王の宮殿には絶世の美姫だと噂される姫が暮らしているのです。


「こんな願い朝飯前~。でも案外月並みな願いだったな~」


 聞こえないように呟いてチチンプイプイ☆

 次の日にはアラジンは宮殿から盛大な歓迎を受け姫の婿になりました。


 しかし、アラジンにランプの存在を教えた彼のおじと言う男が現れます。


「怖い魔人が出て来るって聞いてたけど、どうやら害はないようね。アラジンに呼び出させて損したわん」


 付け髪に付けまつ毛に濃いマスカラに真っ赤な口紅を塗った青髭丸出しの中年男です。

 さらさらと紗の布を翻して市場バザールを歩く彼ですが、女装が似合ってなさすぎて周囲からは完全に浮いています。

 道行く人は皆敬遠するように避けて通ります。


「ふんっ今に見てなさい、女を皆あたしみたいな青髭オカマ姿に変えてあげるんだから」


 彼の野望と言うか願いはそれでした。

 アラジンを訪ねたおじは、隙を見てまんまとランプを盗みます。


「これで願いが叶うわ」


「あ~れえ? 外が騒がしいなあ。ん? ああまたお呼ばれしたよ」


 擦られランプの外に出た魔人は主人がアラジンではない事に些か驚きはしましたが、長年の経験から落ち着いていました。急激な主人の変更はよくある事でした。


「今度はあなたが御主人なのか~い?」

「遠目でも見たけど、やっぱり魔人って男前!」

「それはど~も~。で、ご用件は?」


 余計な話に繋がる前にわかり切った事を訊く魔人です。


「早速だけど叶えて欲しい願いがあるの」

「三つまでなら」


 アラジンの安否を確認もせず魔人は応じます。

 主人が変わった以上前の主人に固執する意味はないのです。ああ世の無常。


「三つね、んーとそれじゃあ」


 体をくねくねさせて思案したおじは宮殿を根こそぎ別の地に移動させてしまいました。

 ちやほやされてんじゃないわよと姫も一緒です。


 一方無事だったアラジンはすっかり何もなくなった宮殿跡地に一人取り残されて砂を噛む思いでした。

 実際砂ばかりの国なので噛んでいたかもしれません。


「おじさんめよくも。姫を助けに行かないと!」


 決起したアラジンは「みっともないわねこれ」とおじによって放逐された憐れな穴あき絨毯と共におじのいる宮殿に乗り込みます。ただ途中何度も落ちて死にそうになりました。


 滲む冷や汗も乾かないうちに宮殿に到着したアラジンはおじと対峙します。


「宮殿ごと移動だなんてどうしてこんな意味不明な事をしたんです! 新しく造れって願えば良かったでしょうに!」


 アラジンの指摘におじは「あ」と声を漏らし「確かに……。その方があたし好みに色々とカスタマイズできたじゃない」と肩を落とし後悔しました。


「おじさんは一体何がしたいんですか!」


 すかさず問い質すアラジンです。


「あたしはあたしを嘲笑った皆を見返してやりたいのよ! だからこの世界の女を皆オカマに変えてやるわ!」

「それはやめて下さいおじさん! ここは折角の中東圏価値観なんだ! 私の合法ハーレムの夢が潰えるなんて冗談じゃない! もう既に可愛い下働きを沢山雇ったのに……!!」

「アラジン……お前そこまで必死だったのね」


 アラジンの血の滲むような必死の叫びにおじは胸を打たれました。

 何故なら彼にも心の底から望むものがあるのです。


 柱の陰でその主張を聞いていた姫は珍しく一途な男だと思っていた夫の真実を知り、さめざめと涙します。


「アラジンのお気にの子、絶対いびってやるわ」


 砂漠のハーレム内に壮絶な女の戦場が誕生した瞬間でした。


「おじさん思い直して下さい!」

「い、いやよ! さあ出でよ魔人! あたしの願いを叶えて頂戴!」


 ランプから出て来た魔人は間が悪くお風呂タイムでした。


「えっちょっとゆっくりさして~?」


 文句らしいものは垂れつつ、いやんと大事な部分はタオルで隠し周囲を見回す魔人です。


「きゃっあらやだごめんなさい。良い体……!」


 乙女のように頬を赤らめ、反面じっくりと観察し微塵も反省していないおじへアラジンは呆れた目を向けますが、好機だとランプを奪い取りました。


「ああっ返しなさい!」


 急いでランプを擦ります。


「魔人よ、これで私が再び主人となった。宮殿を元に戻してくれ! そしておじを……――美女にしてやってくれ!」


「な、にを言って……!?」

「心から世の女性をオカマ変えたいと思ってたなら、もうとっくに願ってたはずだ!」

「……っ。だからってどうしてあたしを女になんて願いを!?」


 痛い所を突かれたような顔をするおじは悲鳴染みた叫びをアラジンに向けます。


「おじさんはそう願っているのに、祖父さんと祖母さんを思って生まれ持った性を捨てられなかったんだろ! たくさん苦悩したんだろ! だったら私が根本から変えてやる!」

「アラジン……!!」

「もういいんだよ、おじさん……いや今度からはおばさんと呼ぼうか」


「ぐすぐすっい~い家族愛ですね~。それじゃ残り二つの願い叶えて差し上げまひょ~!」


 そうしてテキトー魔人はアラジンの願いを聞き入れ、宮殿は元の状態に。


「レディになったあなたはどうします~? 実質あと二つ願い事が残ってるけど~?」


 性転換して女性になったおじは左右に緩く首を振ります。


「あたしの望みはもうないわ。だって臆病なあたしの代わりにこの子が叶えてくれたから。残り二つは無効で」

「ラジャ~ボース」


 そうしてランプは役目を終え次の主人を求めて二人の前から消えました。

 もちろん穴あき絨毯も一緒です。


「私の知らない所で被害者が出るんだろうな。……どうせならおばさんに穴あき直してって願ってもらえば良かった」


 絨毯の危険性を身を以って経験したアラジンは独りちました。


 その後、一見平穏を取り戻した宮殿にはおじさん改めおばさんがよく訪れるように。

 彼女は主にアラジンの相談に乗ってあげていました。


「あらやだほっぺに手形くっきり付けちゃって。アラジンたらまた姫と喧嘩したの?」

「う、はい……。ちょっと女の子と喋っただけなんですけど。おばさん、女心ってどうしたらわかりますか?」


 今や第二の人生を謳歌おうかしているおばは意味深に微笑みます。


「じゃあアラジンもなってみる?」



おしまい

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