第35話 長靴をはいた猫

 ある所に一匹の猫を相続した青年がいました。


「猫カフェするにも一匹じゃなあ……」


 食料として食べるという冗談染みた選択肢が頭に浮かんだ時、その猫が慌てたように青年に訴えかけます。


「にゃーにゃーにゃにゃーにゃーお」

「長靴と袋がほしいだって? ははは袋一杯ネズミを獲りたいのかい?」


 猫の鑑だと頭を撫で撫でします。

 ごろにゃーんと猫も飼い主にすりすりします。

 猫好きな青年でしたし、飼い主を常に見ているようなストーカーちっくな飼い猫でしたので、両者ああ至福の一時。


 それを横目に見ていた青年の兄二人は「お前その動物言語理解能力で上手くやってけるんやないか?」とか思っていました。

 ですが青年自身は特別な事だと気付いていなかったので放置です。


 長靴を履いた猫は青年を出世させいい相手をめあわせようと世話焼きの親戚のおばちゃんのように考え、まずはウサギを狩りました。

 すげえ猫です。


 長靴姿で颯爽と王城へ赴き、人の言葉を喋れないので認めた書状を渡します。

 字まで書ける猫だったようです。


「何なに? このウサギはその方が仕える侯爵からの献上品とな?」


 国王は鹿でも猪でも虎でもなく、ウサギ一つで大いに喜びました。チョロイです。

 これで国王に印象付ける事を成功させた猫は次の一手です。


 青年を貴族に仕立て王様と会わせたり、その娘の姫に会わせたり、はたまたオーガとか言う怪物の城に行き……、


猫  「あなたこのままじゃ結婚できないにゃ!」

オーガ「え!?」

猫  「今すぐここを発って遠くの島国に行き、ネズミになって向こう百年地下の穴に暮らせばいい出会いがあるにゃ! 嫁やおむすびが降って来るかもにゃ!」

オーガ「ほっ本当か!? よしすぐに出発だ!!」


 とまあ姑息にも主人のために城を手に入れました。


 色々と画策する猫は雨の日も風の日も長靴を履き続け、犬のうんこを踏もうともめげませんでした。


 全ては愛する主人を一人前の男にするため。

 そしてついに姫と青年の結婚にまで漕ぎつけました。


 式の前夜、猫は一人密かにまたたび酒で乾杯です。

 酔っていたせいでどこからかの流れ者の牛糞を踏みました。

 正直くっせ~です。


 結婚式当日。


 会場は臭っていました。


「何かうんこ臭いな」

「お母さん今日はうんこの結婚式~?」

「どこからこの臭いが?」


 出席者の囁きは専らそれです。


「あなた、原因はあの猫よ!」


 看過できない事態に血眼で原因を特定した姫は青年に教えます。

 姫の形相に青年はかなり引いていました。


 泥酔していたせいでクソを落とすのが間に合わなかった猫はぎくりとしました。

 急ぎ出来るだけ地面に擦りつけて来たのですが無駄でした。


 主人の晴れ姿を見ていたい。

 けれどそれだと結婚式は皆にとってうんこメインの思い出になってしまいそう。

 去るべきか留まるべきかで猫が葛藤していると、


「ねえちょっと、式の間あの臭い猫を外に出せない?」

「それなら長靴を脱がせればいいんじゃないかな」

「わたくし犬派なの! 猫は邪魔よ!」

「そんな……」

「だからさっさと追い出して!」


 実は心ない姫はそんな提案と言うか命令をしてきました。


 猫が以前踏んだ犬の糞はマナーの悪い姫の散歩のせいでもありました。

 マナーは守りましょう。


 今までどこの誰とも縁談が纏まらなかったのはまあそれなりに理由があったようです。

 姫ってだけが取り柄の姫です。


 それでも言葉を受け当然だと猫がきびすを返そうとした時、


「ごめん姫、それはできない」


 青年はきっぱりと告げつつかぶりを振り、そうして愛猫を眺めます。

「この子と一緒じゃない式なんて……ん? あれ? お前まさか……」


 猫は長靴を……履き潰していました。


 穴の開いたボロボロの靴を間近で見て青年は鼻を押さえます。

 ……まあ近くに寄れば寄ったで臭ってきますからね。


「そんなになるまでお前は僕の事を……!」


 青年はいたく感激し、猫を抱き締めました。


「あの、あなた」

「ありがとう!」

「ねえちょっとあなた」

「お前がいたから僕はこれまで寂しくなかったんだよ」

「わたくしの声聞こえてる?」

「いつでもお前が一番だよ!」

「今まで一度だって誰にも無視されたことなかったのに!」


 花嫁なんてそっちのけで頬ずりとキスの嵐です。


「あ、姫ちょっとこれ持ってて」

「は? え?」


 横でキーキー喚いていた姫はそのうち青年から猫の臭い長靴を持たされすらします。

 完全無視され、扱いもぞんざい。


「こんな屈辱初めてだわ」


 姫はわなわなと震えます。


 長靴を地面に打ち付けました。

 靴裏のうんこが撥ねて純白のドレスに付きました。ぷーん。


「……っ」


 もう限界です。


「独身で猫を飼ったら最後ってよく聞きますけれど……わたくし、これで失礼させて頂きますわ!」


 醜く引き攣った頬、涙目の姫は皮肉を吐くと怒って帰って行きました。

 後日正式に結婚破談の通知が来ます。

 ですが青年は気にしていませんでした。


「猫への愛を受け入れてくれる大らかな相手を探すよ」


 猫を一心に見つめ決意します。

 どの道オーガの城を手に入れ金持ちになっていた青年のところには縁談話が引っ切り無し。


 猫と独身男の物語は終わりそうにありません。


「にゃあーん!」

「あはは、気落ちしないで」


 とは言え、努力が水の泡になった猫は、ちょっと泣きました。



――完

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