第30話 舌切りすずめ

 昔々ある所に心の綺麗なお爺さんと意地汚く欲張りなお婆さんがおりました。


 ……どうして二人が結婚なんてしたのか村人たちは心底不思議がっていたそうです。

 正反対、つまり自分にない物を求めるのでしょうか。

 謎です。


 ある日お爺さんは怪我をした一羽のすずめを助け、可愛がります。

 すずめの方もお爺さんにとても懐きました。


「ぴーちゃんや、怪我が治ったらおうちに帰るんじゃよ」

「チュンチュチュン!」


「ぴーちゃんじゃなくてチュン吉の方が合ってると思いますけどねえ? オスでしょう?」

「いいんじゃよ別に」


 呆れ顔のお婆さん。お爺さんはすずめに夢中です。


「朝も五月蠅いですし、増えないよう――去勢……しときますか?」


「チュピ!?」

「い、いやそれだと切りすずめになるから駄目じゃろ!」

「メタ発言はよして下さいよ」

「す、すまん……」


「でも腹が立ちますね。あたしよりもすずめだなんて。もういっそ不要なら切ってしまいましょうかね!」


「え゛っ!? どどどどこを? 誰のどこを!?」


 はさみを手に、にじり寄るお婆さん。

 すずめを肩に乗せたお爺さんは大恐慌です。

 自分のがやられる……!!と確信します。


「ちょっ待っ……早ま…っ、やめてくれええええーッ!」


 その時です。


「チュチュンピー!!」


 ジョッキン。

 お爺さんを庇い、間に割って入ったすずめが代わりに舌を切られてしまいました。

 そしてそのままどこかへと飛んで行ってしまったのです。


「あ、ああああぴーちゃん!!」

「あらあら追い払う手間が省けたわ」


 お婆さんは満足げ。

 お爺さんはすずめを心配して捜し歩きました。


「うう、ぴーちゃんごめんなあ。わしのせいでごめんなあ」


 捜しながら山の奥まで入ったお爺さん。

 そこでちょうど一軒のお宿を見つけます。


「何故にこんな所にお宿が?」


 すると、中から一羽のすずめが出てきました。


「ぴーちゃん!」

「チュピー!」


 感動の再会です。


 ハチ公物語に匹敵する感動シーンです。

 もうここで終わってもいいかもしれません。――完!!

 というかぴーちゃん中心パート完です!


 ぴーちゃんはお爺さんを宿に入るように促しました。

 中に入るお爺さん。


 すると、


「ようこそ、すずめのお宿へ。この度は怪我をしていたうちのすずめを介抱して下さり誠に感謝しております。私はすずめの長老。人語を解するのは私だけです。どうかこの宿でごゆるりと休まれて行って下さい」


 インコやオウム以外の喋る鳥に驚きつつもお爺さんは冷静に返します。


「いやいや感謝するのはわしの方じゃ。身を挺してわしのイチモツを護ってくれたのじゃから」

「それは何と……! 同じオスすずめとして誇らしい! ですがそれはそれ、私たちに是非ともお礼させて頂けませんか?」

「そ、そこまで言うのならお言葉に甘えて……」


 すずめの歓迎の宴は見事なものでした。

 曲芸染みた見事な舞が続き、目を楽しませてくれます。


 ただ、舌を楽しませてくれるはずの料理は、


「さ、さすがに椀一杯のミミズはちょっと……しかも活きのいい生って……」


 無理でした。

 気持ちは嬉しいのですが、鳥基準って……。


 そんなこんなで帰る頃になり、すずめたちが懸命に何かを運んで来ました。


 大きなつづらと小さなつづらです。


「私共の誠意です。どちらか一つお持ち帰り下さい」


 長老が告げます。

 ですがお爺さんは中々選ぼうとしません。


 やがて、言いにくそうに口を開きます。


「それはネズミの所にあったつづらの使い回しじゃ……?」


「え!?」


 長老をはじめすずめたちは愕然となります。


「ネズミって、彼らの穴倉にもつづらが!?」


「そうじゃ。それと同じように大きいつづらと小さいつづらがあると、おむすびを転がしてしもうた近所の爺さまから聞いた試しがあるでのう。だからもしかしてお古なのかと」


「――ちっがいますよ!!」


 長老すずめは激高しました。


「こっちは地上の空気の良い所に保管してあるつづらで、ネズミの所のは地下のじめっとして湿気の多い場所にあったやつでしょう!? 一緒にしないで下さいよ!!」


 ぷんぷんと頭から湯気を出して怒るすずめの剣幕に、お爺さんは「鳥が怒る所はちょっとだけ可愛いのう」と変なフェチに目覚めます。


「わかったわかった。ネズミの方とは違うつづらなんじゃな」

「そうです。わかって頂けたなら結構です。もうこうなったら如何に優れているつづらかをお分かり頂くためにも、どちらもお持ち帰り下さい」

「……ええと、持てんし、そもそも十二分に歓待してもらったしのう。更に土産までは要らんよ」


「そんな……っ、やはり心の中ではネズミ野郎のお古だと思ってるのですね!?」

「そ、そんなつもりはないんじゃが」


 今にも鋭くつっついてきそうな長老に顔の周りを飛び回られ、お爺さんもたじたじです。

 頼むから目はつつかんでくれよ、と内心ヒヤヒヤです。


「なら持って帰って下さい!!」

「も、持てる小さな方だけで勘弁しておくれ。後生じゃから」


 それでもしつこく両方両方と食い下がるすずめに、お爺さんは腰の調子が悪いからと言い張って何とか勘弁してもらいました。

 帰路に就くお爺さんはにこにことしながらつい声に出します。


「小鳥は可愛いのう」


 せっつかれていても実は愉しんでいたお爺さん。

 人の好い彼の中の唯一の灰色部分だったかもしれません。


 つづらを家に持ち帰ったお爺さんは、中を見てびっくり。

 大判小判や財宝がザクザクだったのです。


「……ああ、じゃから小さくてもあんなに腰にきたんじゃな。全部治療費に飛びそうじゃ」


 金属は重いですからね。


「まああっ」


 それを一緒に見ていたお婆さん。


「じゃあ大きいつづらをもらって来ていたらもっともっとお金持ちになっていたという事じゃないですか! 何て惜しい事をしたんですかお爺さんは!!」

「いやだって台車でもないととてもじゃないが無理じゃったし。過分な欲は身の破滅の元じゃし、これくらいでちょうどいいんじゃよ」

「そんなわけないでしょうに。あるだけあった方が良いに決まってます!」


 お婆さんは残念に思いましたが、良い事を思い付きました。

 すずめを見つけるとこれ見よがしに大声を出します。


「すずめのつづらよりネズミのつづらの方が良質って話だわ~」

「!?」

「さあこの話を皆に教えてあげましょう!」


 これを聞いていたすずめは一大事だと皆の元に飛んで行くと、すずめの長老からお婆さんを何としてでも連れて来いと厳命が下ります。


「ちょっと何だい! 袖を引っ張らないどくれよ!! ほつれるだろうに!!」


 何羽ものすずめによってすずめのお宿に連れて行かれたお婆さん。

 到着した時には着物はボロボロでした。


「うう、酷い目に遭った……」


 自業自得です。


「もうこれ以上すずめのつづらの評判を落とすような発言は止めて下さいよ!」


 すずめたちは敵意丸出しです。


「噂だよ噂。あたしゃまだ使った事がないから噂を信じるしかないじゃないかい?」


 すずめたちは集まって議論します。


「じゃああなたにもつづらをお渡ししましょう」


 目論見通り、大小二つのつづらが出てきました。

 当然お婆さんは二つとも持ち帰ります。


 自力で、何日も何週間もかかって家に戻ります。


「やっとこさ家に着いた。お爺さんただいま」


 家の戸を開けたお婆さん。


「ああ婆さんや今までどこに!?」


 声に駆け寄って来たお爺さんはポカンとします。


「ラ、ライザップ……」


 重いつづらを自力で運んできたお婆さんは、何と道中鍛えられ、とても逞しく締まった体つきになっていたのです。


「ああ、労働は楽しいですねえ!」


 連日の重労働にも関わらず、お婆さんは体を動かして仕事をする有意義さを見出していたのです。


「やっぱりつづらは返してこようかねえ」


 清々しい笑顔で訊ねます。


「ああ、それがいいそれがいい」


 お爺さんはいつか信じていました。

 どうして結婚したのかと親族に疑問を投げられた事だってありました。

 けれどいつかはきっと妻もわかる日が来ると、そう思って今まで一緒に暮らしてきたのです。

 念願の妻の劇的な改心に感動し、堪え切れず「うっうっ」と両目から溢れさせた涙を滂沱と流します。


「ぴーちゃんにも謝らないと」

「ああ、わしも付き合おう。一緒に謝りに行こうな」


 こうしてお婆さんはすずめと和解し、すずめのお宿のPR大使として尽力します。


 つづらを使ってこんなに大変身!!と銘打った宣伝は大反響。

 すずめのつづらは飛ぶように売れ、お宿はゲテモノが出てくる、と大繁盛しました。


 勿論、夫婦は仲良く暮らしましたとさ。




 めでたしめでたし

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