第29話 カチカチ山

※少し「第7話雪女」と関係しています。



「犯人は、君に決めた!!」


 ある所に色々と混ざっているようないないような探偵ウサギがいました。


 名前はホームズ。


「フ……強引だねそれは。この私を捕まえようと言うのかい? ホームズ」


 またある所に性悪タヌキがいました。


 名前はモリアーティ。


「どうして俺の名前を!?」

「君は何かと有名だからね」

「そっか。いやでもさあ、ややこしくなるからウサギ呼びで頼むよ、タヌキ」

「仕方がないな」


「あとさ、そのもろ出しの信楽焼しがらきやきスタイル、女子に見せるのはまずいんで服着て」


「……仕方がないな。己の欲望のままに犯罪をと思っていたのだが……」

「お前頭いいのに変な方向に振り切ってるよなー」

「それは褒め言葉と受け取っておこう」

「いや褒めてないし……」


 ウサギは嘆息します。


 このタヌキ、性悪でしたが極悪でもありました。


 ウサギの知り合いの老夫婦の畑を連日荒らすタヌキは、そこのマッチョのお爺さんに捕まって簀巻すまきにされたのですが、お爺さんが留守の間に暴挙に出たのです。


「金輪際もう悪さはしません。どうかお婆さん、私を助けて下さい」

「はうっ…! まあ何て良い男……!」


 お婆さんは、タヌキが化けた美青年に悩殺され、まんまと縄を解いてしまいます。

 その後はもうめくるめく世界……。


 お爺さんが帰宅するとお婆さんは変わり果てた姿に……。


「だ、誰だお前!? うちのかかあはどこに!? あとタヌキも」

「嫌ですねえ。あなたのかかあはここに居ますよ。けれど、離婚しましょうお爺さん。私は私の心をときめかすあの人を捜しに行きます」

「な? ええええ!? かかあなの!? 若返り過ぎだろ! ってかタヌキは!?」


「そんなものは最初からいなかったんですよ」


「なわけあるかー!」


 ともかく、どんなアンチエイジングもここまでの技術はないでしょう。

 色々と仰天のお爺さんでしたが、決意の固いお婆さんから捨てられてしまいました。

 彼女は心と共に遠い所へと旅立って行ったのです……。


 お婆さんを失ったお爺さんはウサギに泣き付きます。


「折角若いもんには負けんように筋肉だけは鍛えてきたのに……ううっ、ぐすっ!」


 さめざめと涙を流すマッチョなお爺さん。

 全く絵になりません。


 熟年離婚恐るべし……とウサギは話を聞いて思いました。


「そう落ち込むなよっちゃん。俺が仇を取ってやるから」

「おおぉ…頼むウサギどん!」


 そういうわけでウサギは犯人タヌキを探し始めました。

 手掛かりを元に聞き込みを重ね、そしてついに一匹のタヌキが浮上したのです。


 それこそが、モリアーティ。


 早速接触を試みたウサギは、会って開口一番に冒頭の台詞を叫んだというわけです。


「まあでも証拠もないしなー、取り敢えず山登っとく?」

「何故……」


 呆れるタヌキですが誘われて悪い気はしなかったので、承諾します。

 悪党は悪党なりに孤独だったんですねきっと。


「なあタヌキ、どうせなら周囲から浮かないように人間のおじさんにでも化けたらどうだ? 今結構登山する中年って多いだろ。俺たちみたいな野生動物だと警戒されると思うんだよな」

「君はどうする。化けられないだろう?」

「お前のペットで」

「……君には自尊心は…いや……わかった」


 そうして一人と一匹で登山です。

 山頂に白い物が見える結構標高のある山でした。


 当日、ウサギは何故か自分だけ防寒着を着て来ました。

 タヌキはノー防寒着です。


「俺、寒がりだからさ」

「そうですか」


 登る事しばらく、タヌキの背後からカチカチ、カチカチと奇妙な音がしてきました。


「何だこの音は?」

「ここはカチカチ山だから鳥がカチカチって鳴くんだよ」

「へえ」


 また背後からカチカチと聞こえてきます。

 中年男姿のタヌキが足を止めました。


「いい加減、もう下手な芝居はやめないか?」

「下手な芝居?」


 ウサギはタヌキの背中を見つめます。


「先程からのカチカチと言う音、君が火打ち石で私を焼き殺そうとしているなどお見通しだよ」


 タヌキが振り返ると、ウサギは表情を消しました。


「……これは俺じゃないよ。どっかで誰かが雪女に氷漬けにされてる音だ」

「氷…漬け……?」


 カチカチ、カチカチカチ。カチカチ、カチカチカチカチカチカチ……。


 タヌキはゾッとします。

 この音は、寒さに凍える誰かの歯の根の合わない音だったのです。


「そ、そうかだから君はあったかそうな防寒着を着こんで……! 私とした事が抜かった」


 ウサギはほくそ笑みます。


「因みにここの雪女はおっさん好きなんだよ。じゃ、頑張って」

「は? 何だって? おい!?」


 茂みに姿を消すウサギ。


 タヌキは自分の姿を思い出し、蒼白になります。

 だからウサギは化けろなんて言ったのです。


「ああ~ら、素敵なオジサマ。茂吉もきちさまは釣れないから今日はあなたで我慢するわね!」

「ひっ!」


 タヌキは背後に冷気を感じました。


「くっ、殺せ! 今回は私の負けだっ!」

「その台詞あなたが言っても誰も萌えないわよ」


 雪女は随分とご機嫌斜めな声で言いました。

 そんなにも茂吉と言う意中の相手が手強いのでしょう。


「覚悟してねおじさま?」


 ――うわあああああっ!


 カチカチ山に悲鳴がこだまします。


 タヌキが負ったのは、火傷というか凍傷でした。


 別の日、ウサギはタヌキを見舞います。


「この前は悪かったな。これ火傷とかに効く塗り薬と、ちょっと評判の味噌。あったかい味噌汁でも作って栄養付けろよ。それめっちゃ病み付きになるぜ?」

「……何か裏が?」

「あったらどうする?」


 ウサギは呑気に返して帰っていきました。

 警戒して調べた結果、どうやら薬に毒は入っていないようなのでホッとします。


「杞憂でしたか」


 タヌキは全身のヒリヒリを我慢して、もらった味噌で汁を作ります。

 そして一口すすった瞬間、全身の毛穴が火を噴きました。


「辛っ………………ですが、これはいい!」


 激辛味噌でしたが、ウサギの言う通りこの辛さが病み付きになる、と巷の若い女子のように辛さにマジハマりしました。


 しかし、体質に合わず胃を悪くしました……。


「確かな情報ありがとな、お医者のじっちゃん」

「いえいえ、独り者連合はいつでも同志の味方ですから」


 タヌキのかかりつけの医師(熟年離婚され独身)はカルテを手に好々爺然とした笑みで応じます。

 きっとこの腹黒さが離婚の原因だ……とウサギは密かに思いました。


 ウサギはタヌキの体質さえも掌の上。


「さて締めは……泥船、君に決めた」


 にやりとします。


 純真な正義の探偵の姿はどこにもありません。

 携帯電話を取り出し何やらどこかと連絡を取ります。


「ああ、ああ、そう。じゃあ、当日は頼むな」


 タヌキの傷が癒える頃を見計らって、ウサギはタヌキを釣りに誘いました。


「一そうしかないですね」

「え? だって一緒に釣るだろ?」

「……」


 正直タヌキは舟が二そうあってそのうちの一艘が泥船で、騙して沈めるつもりだろうと推測していました。

 しかし、予想とは違って泥船ではなさそうです。


「あ、この人船頭さんな」


 舟を操ってくれる人もいて、危険はなさそうです。

 のんびりと釣りが始まります。


「ところでタヌキさあ、これに興味ない?」


 ウサギがおもむろに差し出してきたのは一枚のチラシ。


 そこにはでかでかと「あなたも一口! 億万長者!」と書かれています。


 明らかに怪しい投資のビラでした。

 ウサギは嬉々としてその概要を説明し始め、結構長い間一人で喋っていました。


(まさか泥船というのはこう言う意味合いの……?)


 勘繰るタヌキです。


「で、どうだ?」


 ようやく説明を終えたウサギ。

 タヌキは溜息と共に嘲笑を浮かべます。


「いえ、やめておきます。私がそんな手に乗るとでも?」

「あ、やっぱり? だと思った」

「だと思ったって、君は……」

「ところでさ、婆さん寝取ったの反省してるか?」

「ハッ何故? 騙される方が悪いんですよあんなのは」

「ふうん、そっか」


 あっさりとウサギはその話を引っ込めました。

 糾弾されると思っていたタヌキは拍子抜けです。


「はあ~何かずっと喋ってたら咽渇いた。お茶飲みたい」


 舟を見回すウサギですが、湯を沸かす茶釜がありません。


「何だよー」


 不満たらたらでブーブー言うウサギは思い付いたように顔を上げます。


「なあ、茶釜に化けてよ」

「え…」

「いいだろ、なー。どうせなら黄金の~」


 しつこく食い下がってくるので仕方がなく化けるタヌキ。


 するとその茶釜をふん摑んでウサギは薄笑いします。


「俺がただの泥船を用意すると思ったか?」


 突然の豹変に茶釜はうろたえ震えます。

 タヌキ姿に戻ろうとしているのです。


 ですが、戻れません。


 焦ったように左右にゴロゴロと揺れる茶釜。


「ははっあの塗り薬にさ、変化へんげ解除に支障を来すような成分をたっぷり入れておいたんだよ。毒性はないから気付かなかったみたいだけど、呪術的な側面からだとかなりヤバい奴をさ」


 ガタガタと、茶釜は怒ったように震えます。


「――無駄だよ、ってか何で怒るんだよ? 騙される方が悪いんだろ?」


 ウサギは冷笑を浮かべました。

 まるでタヌキは自分の笑みを見ているようでした。


 ウサギは表情をからりとしたものに変えると振り返ります。


「おっちゃん、これでどうだ?」

「言う事なしです。これはとてもいい品ですよ。ではこれで商談成立ですな」


 船頭を務めていた男性が商人のような台詞を吐きます。

 と言うか男性は実は商人でした。


 彼から即金で結構な現金を受け取り、ウサギは舟を降ります。


 タヌキの黄金茶釜は、商人に箱詰めされ梱包材に沈みました。

 どこかへと運ばれて行き、その消息を知る者はいません。


 そして大金を手に入れたウサギはと言うと、


っちゃん元気出してこれで新しい出会い求めるなり婆さんを追いかけるなりしなよ。全部自由に使ってくれていいからさ。爺っちゃんの人生決めるのは爺っちゃん自身なんだぜ」

「ううっありがとうウサギどん……!」


 何を手に入れるかは、お爺さん次第。全額を彼の旅路費用に充てたウサギは、


「絶対にさ、笑って過ごせる未来ゲットだぜ!」


 旅立つ背中をしっかり送り出し、満足そうに微笑みました。

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