第二話 最強の人物

 おさげの少女が微笑む。こぶしを握り締めた。

「私、決めました。オークの力になります」

「チカラ、なる?」

「何かあったらおいでよ。怪我しか治せないけどさ」

 医者の女性は、手を振って二人を見送った。

 診療所しんりょうじょをあとにして、自宅へと向かうミウナ。ついていくオーク。

 日が高く、人影はまばら。まだ春は先。木々の多い、のどかな景色。なだらかな坂道をすこし上がる。到着した。

 村では一般的な、木造の家。

 魔力認証式まりょくにんしょうしきのセキュリティがほどこされている。ブタ顔の大男には、それを知るよしもなかった。

 彼には、人間社会についての知識がない。

 人間の家に初めて入るオーク。


「絶対に許さんぞ!」

「落ち着いて。モケスタ」

「そうは言うがな、イハナン。これはひどいぞ」

 ミウナの両親は、オークを人間として扱っていなかった。

「お父さんは、相変わらず頭が固いのね」

「なに? 頭の話はやめろって」

 モケスタに頭の話は禁句である。三十代後半にして、薄毛が進行しているためだ。

「カタい?」

「そう。もう少し、柔らかいほうが、いいと思うのだけど」

 三十代半ばのイハナンは、落ち着いていた。ふわふわした髪がなびく。

「とにかく、おれは認めないからな!」

「ヤワらかいほうが、いい?」

 オークは、服代わりのゆったりとした布を取った。鍛え上げられた筋肉があらわになる。

「そういうことじゃないでしょ!」

 十代半ばの少女は、ツッコミを入れた。

 その瞬間、母親が魔法まほうを発動。吹き飛ばされている途中のオークが、消える。

 オークが現れたのは、採石場さいせきじょうだった。

 切り立った斜面に激突する、ブタ顔の大男。大きな衝撃しょうげきが起こる。

 石を採取する手間がはぶけた。


 オークは、ミウナの家に戻ってきた。

 一瞬で庭に移動させられて、外に出てきた少女に土埃つちぼこりはらわれる。布を手渡され、身にまとう。

 空間を自在に操るミウナの母親。一般人とは桁違いの魔力まりょくだった。

「ごめんなさい」

「ダイジョウブ。ケガ、ない」

 おさげの少女に笑顔を見せる、オーク。もう家の中に入っている。

「なんだと!」

 ミウナの父親は激怒した。イハナンが穏やかに言う。

「寒い場所と、暑い場所。どちらがお好みかしら」

「ごめんなさい」

 モケスタは即座にあやまった。


「記憶をなくした人を、放っておけないの」

 少女は悲しそうな顔をしていた。

 ブタ顔の大男も、つられて悲しそうな顔になる。

「分かった」

 少女の父親が、優しい声を出した。

 お互いの顔を見て微笑ほほえむ、母娘。

「ただし、家で面倒を見るわけじゃない。村全体で、だ」

「ありがとう。お父さん」

「アリガトう」

 オークは、モケスタにつられて微笑ほほえんだ。


 ミウナと両親とオークは、昼食を食べた。

 食材がどこから調達されて、どう料理されたのか。微笑ほほえみを浮かべる中年女性だけが知っていた。

 いや、美しい女性だけが知っていた。


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