書籍版限定エピソードのお試し 「休日の救出」

 王都に戻って数日たったある日のこと、リヒトは街の大通りを一人で歩いていた。


「久しぶりの休みだしどこに行こうかなぁ。一人で出歩くことも最近なかったし」

 セシリアは訓練中、ロゼは国外にいる両親の名代でパーティー出席だとかで準備に帰っていた。


「とりあえず本屋でも行くかな。魔法書か医学書があればいいんだけど」

 とりあえずの目的を決め、大通りを歩いていると、なにやら人が多い。


「? あぁ。今日はお祭りがあるのか」

 今日はアルデバラン王国の健国祭だ。そのせいか道行く人々の顔はいつも以上に明るく見える。

 しかも今年はキリのいい節目の年らしく、今までにないほど大規模なのだとか。


「少し気になるけど一人で行ってもなぁ」


 気が向いたら覗いてみようかと頭の隅で考えながら歩みを進めるのであった。




 大通りから外れた裏通りの一角に佇む書店の前でリヒトは何かに引かれるように立ち止まっていた。

「お、あったあった。ここは古書店か。たまに掘り出し物があるんだよな」


 すえた埃の匂いがする店内に入っていくと、カウンターには誰もおらず、壁や通路には年代ものの本がズラリと並んでいる。近くにあった本を適当に一冊広げてみると状態も悪くなく値段も手頃だ。

 

「いい店を見つけたみたいだな。あのーすみませーん。どなたかいらっしゃいますかー?」

 店員がカウンターにも見当たらなかったために店の奥に声をかけると、程なくしてパタパタと小走りで走ってくる音が聞こえてきた。


「魔法書と医学書を探しているんですけ……ど……」

「はーい。お待たせして申し訳……あれ? リヒト君?」


 奥から小走りで出てきたのは、ハタキを片手にエプロンをかけて眼鏡をかけたソフィアだった。


「ビックリした。ソフィアってここで働いていたんだね」

 一瞬の硬直から抜け出して話しかけるリヒトに、ソフィアは知り合いに見られたからか、恥ずかしそうに目線を下げながら

「……ここ私のお祖母ちゃんのお店なんだ。今日は休みだからお手伝い」


「へぇ。偉いねぇ。俺も見習わなきゃな」


「……そんなことないよ。最近お祖母ちゃんの具合が良くないみたいで……変な話してごめんね。魔法書と医学書だったよね?」


 そう言うとソフィアは踵を返して店の一角へ向かって行った。




「……ここが魔法書であっちが医学書だよ」

「わざわざありがとう」

 

 お礼を言うリヒトにソフィアは笑いながら首を振ると

「……ううん。この店は見ての通り暇だから。少し奥の母屋にお祖母ちゃんの様子を見てくるからまた何かあったら聞いてね」

「そうするよ。じゃあ少し見せてもらうね」

「……少しと言わず好きなだけ読んでも大丈夫だよ。いつもお世話になってるお礼」

 そう悪戯っぽく笑いながらペコリと頭を下げるソフィアに手を振って送り出すとリヒトは文字の海に没頭していった。







「あ、もうこんな時間か」


 気がつくとかなり時間が経ったようだ。昼はとっくに過ぎて夕方にさしかかろうとしていた。

 カウンターではソフィアがパラパラと本を捲っている。


「長々と甘えちゃってゴメンね」

「……ううん。全然大丈夫だよ。面白い本はあった?」


 ソフィアは読んでいた本から顔を上げると小首をかしげながら微笑んだ。



「うん。かなり勉強になったよ。例えるなら別世界の知識? みたいな」

「……ふふ。面白い例えだね」


 実際リヒトは魔法はもちろん自分の常識とは違う捉え方をしている医学に興味をそそられていたのだ。


「とりあえず、この血統魔法論と魔術医学総論を買いたいんだけど、いいかな?」

「……もちろん。お買い上げありがとうございます。それにしてもリヒト君は難しい本を読むんだね。……あれ?」


 リヒトから本を受け取り会計をしようとすると困ったように頬をかいて向き直ると


「……リヒト君ごめんね。この本値段が貼ってないからお祖母ちゃんに聞いてきてもいいかな?」

「もちろん構わないよ。急いでるわけじゃないし待ってるから」


 申し訳なさそうにしているソフィアに笑いかけると、もう一度さっきの本棚に戻って本を開いた。


「……ソフィア遅いな。大丈夫かな?」


 ふと顔を上げて母屋に繋がっているであろう店の奥の扉を見た瞬間、慌てて走り出してくるソフィアの姿があった。


「だ、大丈夫? 一体どうしたの?」

「ハァハァ……り、リヒト君! お祖母ちゃんが……」


 その言葉を聞いた瞬間、リヒトはオロオロしているソフィアを落ち着かせるように優しく声をかけた。


「ソフィア。 お祖母ちゃんの部屋はどこ? あと状況を出来るだけ詳しく教えてくれる?」

「い、一番奥の部屋。寝てるのかなと思ったんだけどいくら声をかけても起きなくて……」

「わかった。ソフィアは治癒術師組合に連絡してもらえるかな? 俺はちょっと部屋に上がらせてもらうよ。」 

息を切らせながらもそう伝えるソフィアに頷くと、母屋へと駆け出したのだった。


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救命士転生 昨日死んだ俺は明日から異世界で生きていく~Paramedic.Reincarnation.Different world~ キタノコウ @kitanokou

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