第15話 来客と苦悩


 母さんに魔法を習い始めてから一月程経ったある日の朝、厨房にリヒトの姿があった。

 皿を洗っているのだ。それも手を使わず、スポンジや布巾等を風魔法を使って浮かべて行っている。

 強すぎず弱すぎず精細な魔力コントロールが必要な作業は確かに訓練としては理に適っている。

 が……これって別に皿洗いじゃなくてよくないか? 母さんが楽してるだけでは?

 よくよく思い返してみると……

 ①風魔法で皿洗い

 ②風魔法で落ち葉を集め火魔法で燃やす

 ③水魔法で風呂を洗い、水魔法と火魔法でお湯を溜める

 ④水魔法と風魔法で洗濯

 etc……

 「って! 全部家事じゃねぇか!!」

 目を背けていた事実を改めて認識したリヒトの悲痛な叫びがキッチンに響く。そんな平和な朝だった。



 洗い物を終え、さて。素振りでもするか。と木剣を持って廊下を歩いていると、客間の方で声が聞こえる。

 来客の予定なんてあったかな? 父さん達の友達は忙しいらしくウチにはなかなか来ないし誰だろう?

 そう思いながら客間を覗こうとすると扉が開き母さんが出てきた。

「リヒト。呼びに行こうと思ってたのよ。こちらにいらっしゃい。紹介するわ。」

「お客様ですか? でも僕は服が運動用の物なのですが……」

 お客様なら着替えねばと思っていたのに、母さんは「いいからいいから」と手をひいて客間に入っていく。


「お待たせしました。この子が先程話していた息子のリヒトです。」

「初めまして。リヒト・フォン・パイシーズと申します。」

 腰を折って挨拶すると

「おお。まだ幼いながらもなんと堂に入ったことか!」

 渋い声が耳を打ち、顔を上げると……執事がいた。執事服を着て白い手袋、片眼鏡をかけてカイゼル髭。

 うわー。THE執事だ! セバスチャンだ! 「ぼっちゃま。なりませんぞ」とか言いそう!

「ぼっちゃま。なりませんぞ。貴族たるもの足元にまで注意しなければ。靴紐が解けています。……おっと。失礼致しました。私はセバスと申します。お見知りおきを」

 言っちゃったよ! しかも名前セバスなんだ?!

「実はね。ウチは広い屋敷に3人暮らしでしょう? カイルは元々貴族じゃないから使用人に囲まれると緊張してダメだ! って言ってたんだけど……あなたも大きくなってきたし、私達も城に呼ばれたり忙しいと手が足りないことが多いのよ。」

 うん。まぁなんとなく解ってた。父さんは貴族っぽくないし、手が足りてたらレッスンとか言いながら家事を魔法でやる必要ないもん。


「だからね。お手伝いしてくれる方を募集していたの。セバスさんはね、昔王宮にも勤めていらしたのよ。」

「奥様……私のことはセバスと呼び捨てて下さいませ。使用人なのですから」

「そんなわけにはいかないわ! だって私が子供の頃から知っているんだもの。」


 そんな二人の会話を聞いているとコホンと咳払いが聞こえた。

「あ! ごめんなさい。紹介するのを忘れていたわ! リヒト、こちらが同じくメイドとして来てくれた方で魔法も得意だそうよ。お名前は……」

 スっとセバスの後ろに隠れていた女性が出てくると

「ぶっ!!」

 驚きすぎて思わず噴出してしまった。

 現れたのは流れるような金髪を頭に纏め、メイド服の上からもわかる人間離れしたプロポーション。慈愛に溢れた微笑。忘れるわけがない。

 いやいやいやいや。何してんの? あの人何してんの? いや……他人の空似って可能性も……


「ご紹介に与りましたノアと申します。リヒト様、宜しくお願い致しますね?」

 やっぱり本人だったー。

「あら? ノアさんとは面識があったのかしら?」

 母さんが首を傾げていると

「いえ。奥様。初対面ですわ。こんな可愛らしいぼっちゃん、会っていたら忘れる筈がありませんわ。」

 うふふ おほほ と笑い合っている女性陣

 ……腹黒い……絶対この女神腹黒い……


これから訪れるであろう面倒事に頭を抱えたくなる。そんな来客……いや、家族が増えた瞬間だった。

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